Epilogue2「勝利への指導者」:A
「……はあ」
『聞いてたよ、ズィーク』
日本支部との通信を終え、溜息を吐きながら背もたれに体重をかけたズィーク・ヴィクトワールに、通信機を通して女性の声がかかる。
PLACEフランス支部を取り仕切る司令、アレット・バシュレだ。
「想定していたことだけど、いざ脅されると肝が冷えるね」
『へえ、あんたでもビビることがあるんだ』
「僕は流れを促したに過ぎないからね。彼の意思までは調整できない」
好きで悪役を演じているわけではないが、自分のほかに都合よく彼を促せる者がいない。
むろん、その役割も自分でやるために、今の役職に就いているのだが。
『ホントに寝返られたらどうすんだい?』
「神のみぞ知る。特に何も言われていないし、このまま彼は放置しておくよ」
頭の後ろで手を組んで答えると、アレットが溜息を吐いた。
『……あのさ。ずうっと当たり前のように神、神と言ってるけど。アタシはまだ信じてないからね?』
「僕だって信じてるわけじゃあない。けど、僕は神託に相当するモノを受け取っているし、その通りになっている。僕はそれに従っているだけで、実は大したことは一切してない」
『よく言うよ、その席に座っておいて』
「おや、まだ覚えてないのかい? 僕の役職はあくまでPLACEの副リーダーだ」
再び、溜め息が返ってくる。
もはや慣れた反応だが、ズィークも別に冗談で言っているわけではない。
自身の座る席には、本来もっと相応しい人物がいたと考えているのだ。
残念ながら、その人物はいくら探しても見つかるはずもないのだが。
『……アタシもこっそり、寝返る準備でもしようかね』
「言っておくけれど、僕を困らせても大した問題にならないよ。この戦争を終わらせる鍵は、間違いなくミヅキ君だ。彼がきちんと役割を果たしてくれたら、首でもなんでも差し出すよ」
『……その不気味なまでの悟りっぷりを見て、本気でやろうなんて思えないよ』
実際どう考えているのかなど、声だけでは判別の仕様もないが、先ほども言ったように大した問題ではない。
正直なところ、勝手に寝返ってくれた方が管理の手間も省かれるため、そうしてくれた方が助かるという気持ちがないわけでもない。
他支部の司令はともかく、末端の隊員のことまでは考えていられない。
『けど、やっぱり最初ほどの勢いもないし、結束力は弱まってる感じがするね。新入りの小僧っ子が大事なのはわかったけど、しっかりリーダーとしての役割も果たしてくれよ』
だが、まさかそんなことを洗いざらい言えるはずもない。
ズィークは顔が見えていないのをいいことに、これでもかと目を泳がせた。
正午を少し過ぎたくらいで、窓の外は快晴のようだ。
「本意ではないけど、任された身だ。やれるだけはやるつもりだよ」
『そうしてもらえると助かるね』
こういう時、『何を考えているかわからない』という印象を抱かれていると都合が良い。
アレットを嫌っているわけではないのだが、心労は少ないに越したことはない。
(……けれど実際のところ、余裕があるとは言い難いのは事実だ)
PLACEの士気低下や戦力不足は段々と肥大し、一方で勢いの衰えない連合軍。それに加え、表面化していない課題が襲い掛かるのも時間の問題だ。
シャウティアを手に入れたからと言って、現実的に見て楽観できるわけではない。
彼以外のPLACEは、壊滅寸前だと言っていい。
もっとも、連合軍が本腰を入れて攻撃を行えば、明日にでも壊滅するのだが。
手心を加えているのか。意図は不明だが、それで安心はできない。
(貴方がいたら、もう少し楽だったんですかね)
ふと、デスクの引き出しを開こうとして、意味のない行為だとその手を止める。
そこには、手紙が二通あるだけだ。
片方は自身に、もう片方はその人物の家族に宛てられたもので、自身に宛てられたものはもう何度も読み返している。
その書き手の名前も、むろん憶えている。
(アグール・ゼファンさん)
名前しか知らない、顔も人柄も、性別すらもわからない人物。
ただ一つ確かなのは――『ブリュード』と呼ばれ畏怖されている二人の片割れたるゼライド・ゼファンと、ファミリーネームが一致していることだ。
ズィークは単純に責任逃れがしたいわけではなく、彼ならばもっとうまくやれるだろうと思っていた。
むろん、会う術はないのだから、結局は自分でやるほかない。
ひとまずは自分にできることをするべく、ズィークは仮想画面を開いて補佐官を呼び出した。
「僕だ。韓国支部に掛け合った件はどうなった?」




