第12話「すれちがう、決意」:A2
先の戦闘から、一日が経過した午後。
昼食を取ってしばし支部内をぶらついていたイナへ、PLACEフォンを通じて招集がかけられた。
指定された場所は、司令室。
思えば昨日は日本支部司令の姿が見えなかったことを思い出しながら、イナは今度こそは遅れないようにと駆け足で向かい、それでもノックを忘れずにする。
「入れ」
扉の先からレイアの声が聞こえ、なんとなく嫌な予感がしながらも扉を開ける。
部屋の中は閉められたカーテンから漏れる陽光で薄暗い程度で、中心の宙には既に仮想画面が浮かんでいた。
その淡い光に照らされるようにして、アヴィナ・ラフとレイア・リーゲンス、そして厳かなデスクに釣り合わない白衣の青年、アーキスタ・ライルフィードがいた。
「……もしかしなくても」
「最後だねぇ」
にやけながら言うアヴィナに、思わずため息が漏れる。
一応、腕を組んだレイアの様子を伺うが、別に苛立っている様子もない。
その代わり、そもそも気にかけていないような気もした。
「構わん、特段責めることでもない。ではラル、早速始めよう」
「始める……?」
ドアを閉めて仮想画面に近づくと、そこに世界地図が表示される。
「例の作戦だ。PLACE全体にはあっても、我々にはもう大して猶予が残っていない」
イナは息をのむ。
先日の戦闘でそれは思い知らされた。また同じような策を取られた場合、確実に日本支部は壊滅する。
仮に対策を取ったとしても、連合軍の送り込む戦力次第では制圧されるのは一瞬だろう。
何せ修復中のエイグを除けば、もう本当に動けるエイグが3機しかないのだから。
「本当はもっとちゃんと段階を踏んで、しっかり考えてから答えを出してほしかったが――やってくれるか、ミヅキ」
「そ……それは」
できない、と思わず言いたくなる。
イナも本当に重い責務を、こんなにも唐突に与えられるとは思っていなかった。
だが。
――時間があったからと言って、その間ずっと真剣に考えているか。
――何かしら理由を付けて、後回しに、先延ばしにするだけじゃないか。
内側からの声がイナの心を締め付け、振り絞るようにして口を開かせた。
ためらいながらも、彼はそれに従い言葉を発する。
「……やる。やります」
あの時は、PLACE内での自身の在り方に悩んでいた。
組織が欲しているのはあくまでシャウティアなのではないかと。
しかし仲間たちとの会話を重ねていくうちに、シャウティアとイナは同一の価値があることや、自身にすべての責任が課されるわけではないことを知った。
それゆえか、速くなる鼓動の割に言葉は滑らかに紡げた。
「気負い過ぎるなよ。……だが、ありがとう」
小声ながらも、感謝の言葉はしっかりとイナの耳に届いた。
アヴィナも聞こえたようで少し驚きの色が表情に現れていたが、茶化すような真似はしなかった。
「話を戻そう。この間も話したように、反連合組織PLACEは膠着状態にあるこの戦争に無理やり幕を引くため、近々大規模な作戦を行う予定だ」
それは、イナもまだ記憶に新しい話だ。
「現在、各支部から代表の隊員が選出されている所だ。日本支部からは、我々三人で参加する」
「言いたいことは分かるが、とりあえず全部話してからな」
イナが疑問を口にしようとしていたのを見抜いてか、沈黙を保っていたアーキスタが釘を刺した。
そう言われては、忘れないようにしながら話を聞くしかない。
「予定されている進行ルートはこうだ」
レイアの発言に合わせて、アーキスタが卓上で何かを操作する。すると地図の上に日本を起点とした矢印が続けて数本描かれ、最終的にはアメリカの方にまで伸びた。
「輸送機で南米まで飛ぶ。あの地域はどちらの陣営のものでもなく、連合軍の駐屯地が数か所にあるくらいだ。そこを一気に解放しつつ、北上する。アメリカで他支部の部隊と合流し、我々が戦っている間に――イナ」
なんとか理解を追いつかせようと集中していたのが、逆に集中力が散漫になっていたらしく、イナはレイアに呼ばれたことに数秒気付かずにいた。
「な、なん……ですか?」
「お前が不意を突いて、ファイド・クラウドを拘束する。おそらく、それが最も安全で確実だ」
「………」
大きな期待をかけられているのはわかる。
だが、それはつまり。作戦の大詰めをイナに任せるということではないか。
「言いたいことは分かる。だから、そこに集中できるよう戦闘は基本的に私達で行う」
「作戦の概要は以上。だが、問題はいくらかある。ひとまず、ファイド・クラウドの拘束についてだな」
「これ、ウチが勝手にやろうとしてるだけでしょ?」
「その通りだ」
アヴィナの一言に、アーキスタが頷く。
「多分、本部かどっかも機動隊を送り込む。無駄足……で済めばいいが、犠牲が出るとなると無視できないものもある」
「だがミヅキのエイグの機能を使えば、安全にたどり着くことができるはずだ」
「……と言って納得してくれるかはわからん。よって、これは日本支部が独自に行うものとする」
「……いいんですか、それ」
「もちろん本部の司令には伝えておくさ。まあ、万が一の保険ということにしておく」
いずれにせよ、イナがやることは変わらないらしい。
今やれと言われてもできるかどうかが怪しい力だ。
――だからこそ、保険というわけだ。
頼られているのか情けないのかわからず、イナは小さく溜息を吐いた。
「はいはーい! ほんじゃ予定されてた質問しまーす!」
威勢のいいアヴィナが話の腰を折りつつ、元気よく手を挙げた。
「ここの防衛、どーすんです?」
「……ま、ある意味それが一番の問題だわな。むろん策はあるつもりだが、正直綱渡りだ」
正直、現状も綱渡りだと思うのだが。
ここから更に戦力の9割方を動かしたら、その直後に綱は切れてしまうだろう。
「強引ながら、エイグのカスタマイズを行う予定だ」
「カスタマイズ……?」
なんとなく改造するのだという意味合いなのはわかるが、具体的にどういうことなのかわからずオウム返しをしてしまう。
「ホラ、ボクや隊長さんみたいな感じにするの」
「具体的に言えば、搭乗者の戦闘スタイルに合わせた装備の最適化だ。私で言えば空中での高機動戦闘の為の推進器増設、アヴィナで言えば、後方からの支援砲撃や長距離射撃の為の武装や装甲の追加――と言った風に、通常のエイグでは限界がある部分を伸ばし、長所と短所を極端にさせる」
要するに、『専用機』を作るということだろう。幸い架空の世界で馴染み深い概念であり、イナにも理解は容易だった。
もっともエイグはもともと、各搭乗者の専用機というのがややこしいところだが。
「ただ、それを行うにはある程度蓄積された戦闘データが必要になる。おまけに戦闘の機会がこれまで誰しも平等に多くあったとは言えない。結果的に、エースの扱いを受けるわけだ」
「……むむ? どーしたのイーくん?」
「……なんでもない」
レイアはともかく、アヴィナも同様だというのはやや納得がいかない。いかないが、この現状が全てを物語ってしまっている。
今からでも遅くはない、彼女は嘘でも年上だと言ってはくれないだろうか。
などと思っていると、アーキスタが二度手を叩いて意識が其方に向けられる。
「はいはい、話を戻すぞ。……で、もう一つ問題がある。さっきレイアが言ったように、カスタマイズにはデータが要る。しかし他支部に比べて戦闘経験の乏しい日本支部では、その都合ですぐに候補者を挙げることができない」
じゃあ、ダメじゃん。
口には出さずとも、顔にはにじみ出ていた。
「まあ、そこはなんとかするんだが……」
アーキスタは腕を組んで、心底苦々しそうな顔をする。
まるで、更に何か問題があるかのように。
「そもそもぉ、こんなんじゃさすがに戦力送ってもらえるんじゃないんです?」
「……かけあってみたさ」
溜息交じりに応えるアーキスタから、すぐにその答えがわかる。
彼は言うべきか迷うように頭を掻いてから、諦めたように溜息を吐いて、もう一度姿勢を正した。
「上の人間いわく、目標はミヅキ君のエイグだそうだ。だから今になって日本が狙われたんだと」
「だから、それを動かせば大丈夫ってことですかぁ?」
「そんなわけねえのになあ……」
「……それにディータから聞いた話では、日本支部へ奇襲をかけたエイグはヒュレプレイヤーの確保を目的としていたらしい。プレイヤーがいる限り、連合軍には狙う理由があり続ける」
「んじゃいっそ、みんなでお引越しとか?」
「……現実的ではないな」
「だよねぇ~」
つまるところ、日本支部は味方にもほとんど見捨てられ、連合軍に攻撃を受ける可能性は十分にある。これは、イナがいようといまいと変わりないだろう。
(……囮)
ふとその一文字がイナの脳裏をよぎる。
それ以外に、今の状況を端的に表せる言葉がない。
(じゃあ、そもそも参加するのが間違いなのか?)
――どちらも正しくない。
参加しようが、しまいが、この支部の危機的状況に変わりはない。
イナにはどうすればいいのか、見当もつかない。
どこかで割り切るしかないのだろうか。それをアーキスタやレイアに任せていいのだろうか。それで誰も後悔はしないのだろうか。そんなことも言っていられないのだろうか?
思考が堂々巡りになり、おぼれかけていたところで――アヴィナに背中を叩かれ、意識を現実に引き戻す。
「ボケっとしてたぞっ」
「あ、ああ……ごめん」
「……ひとまず、日本支部は今ある戦力を増強する方向で行く。他支部の司令には、それが終わるまで作戦に参加できないとは伝えた」
「司令さん、それっていつごろなんです?」
「早くて来月。遅くとも年内だそうだ」
事情を知らないイナには、それがどれほどの意味を持つのか理解はできない。
だがアーキスタやレイアの表情からして、さほど余裕があるわけではないようだ。
「とりあえず、それに向けて訓練したり連携の打ち合わせしたり、各自準備しといてくれ。俺から言えるのはこれくらいだ」
「りょーかいでーす」
「りょ、了解です」
アヴィナの適当な敬礼に合わせて、イナもぎこちない敬礼をしてみせる。
アーキスタは特に何を言うでもなく、ただ苦笑していた。
冗談に付き合う余裕はそれが精一杯らしい。妙な羞恥心が湧いてくる。
「ま、元気そうで安心したよ。またなんかあったら……そうだな、アヴィナでも案外頼りになるぞ」
「案外だなんて心外ですねぇ」
アーキスタの冗談に、アヴィナがなんとも笑いにくい冗談で返す。
一方、イナは彼の視線が一瞬だけレイアに向けられたのを見逃さなかった。
その意図まで知ることは出来なかったが。
「ともかく、連絡はしたので解散!」
「はぁ~い」
「じゃあ……俺も」
特に何か言いたいことがあるわけではなかったので、イナはアヴィナに続いて司令室を出る。
だが、扉を閉めるその間際まで見えていたレイアの顔が、心なしか曇っているように見えたのが、やはり気がかりだった。
「どしたの?」
「……いや、その。レイアさんのことが気になってて」
言った直後に、アヴィナが茶化しそうな表現をしてしまったことに気づく。
訂正しようとしてももう遅く、彼女はもうニヤケ顔を浮かべていた。
「ほほぉ~、イーくんああいうのが好みかぁ」
「……違う」
スタイルの良い美人なのは認めるし、厳しい口調ながらに心惹かれるものがないわけではない。
ただ、それは彼女の顔つきに元の世界にいた幼馴染――悠里千佳の面影を感じてしまうからだ。
レイアの持つ青い瞳が、彼女とどことなく似ている気がするのだ。
気になるとすれば、それが原因だろう。
――ついでに、豊満な胸も。
(やかましい!)
「まぁ、冗談はとにかくさ。シー姉とディータのことっしょ?」
「……うん」
先日は結局、ツルギから望んだメッセージは来なかった。
代わりに、レイアは一晩医務室で過ごしたらしく、イナが寝るまでに部屋が空くことはなかったのだという旨のものは届いていた。
そのため、結局二人がいまどうなっているのかも知らないままだ。
「んじゃあ、さっそくかけてみよう」
「え」
「PLACEフォンなら確実っしょ? ――あ、もしもしもしもし?」
思い立ったらすぐ行動、反射を司る高次的存在なのではないかと思うほどの速度で、アヴィナは端末を操作し耳に当てる。
電話の相手は、ディータだろうか。
「だいじょぶ? ふんふん。いまどこ? ふんふんふん。じゃ、あとでね。ばーい」
本当に話しているのか怪しい速さで喋り、早々に通話を終える。
彼女の反応を見るに、ちゃんと返事は貰っているらしい。
ともあれ、アポイントを取った……という解釈で本当にいいのだろうか。
「じゃあ行こっか」
「……えっと、どこに?」
アヴィナへの信頼がどうとかいう問題ではなく、このままではどこに連れていかれるか分かったものではない。
ゆえに尋ねた、その答えは。
「シー姉の部屋」




