第11.5話「幕間②」:A1
反連合組織PLACE、日本支部司令の肩書をもつ青年、アーキスタ・ライルフィード。
「ただちょっと優秀そうだから」という理由で選出された彼は、未だに自分が適任だとは思っていない。
だが代わってくれる者がいるわけでもなく、疲労を積み重ねながらもなんとかこなせてしまっているのが難しいところだ。
結局、彼を任命したPLACE本部、イギリス支部司令のズィーク・ヴィクトワールの判断に間違いなかったということを自身で示してしまっているからだ。
さて、彼は先の戦闘の間何をしていたのかというと――レイアに現場の指揮を任せ、未明の時間帯から基地を離れ、日本の内閣総理大臣との密談に出席していた。
世間的には日本はPLACEに占領されたということになっており、仮にこの情報が洩れてもただの交渉ということで収められる。
だが実際は、その一言では済まされない情報交換が行われていた。
PLACEは――正確には日本支部は、日本と一応の互助関係にあるためだ。
「……先日の戦闘から推察されることとしまして、再度の襲来が予測されます」
ローテーブルを挟んで向かいの椅子で対面する二人。
アーキスタの視線の先には、日本の内閣総理大臣たる壮年の男、敷島新が眉間にしわを寄せている。
彼はしばし沈黙したのち、諦めたように溜息を吐いた。
「かねてより懸念はしていましたが、つまり。いよいよ、日和見ばかりしているわけにはいかなくなったのですね」
「……そうなります」
「しかし、なぜ今になって。国連がわざわざ日本を狙う理由はないでしょう」
確かに世界全体から見た日本は、はっきり知って虫の息だ。
国の主幹を成す貿易はほぼ壊滅状態で、物資も食料もほとんどPLACEに頼っている。
国連での立場も最低と言ってもいい。何をするにもPLACEの作為を疑われ、話を聞くだけのようなものだ。
そんな状態の日本に、やはり大した価値はない。
であれば、理由は明快だ。そして、互いの為に隠し事をしてはいられない。
「考えられる理由としてはまず、PLACEの運営と日本の支援に不可欠な存在……ヒュレプレイヤーに目を付けたか」
敷島は黙って頷く。
「または、占領されていることになっている以上、常に向こう側に武力を持ち込む理由があります」
「……しかし、我々はあなた方の人質ということになっています。向こうも下手に手出しはできないはずでしょう」
「いえむしろ、これまで強行しなかったのが不思議なくらいです。自衛隊が相手であろうとエイグならば容易く対処できます。考えられるのは先ほど言ったように、ヒュレプレイヤーが目的である可能性です」
まさか、と敷島が少し声を大きくする。
「解放の名目で占領し、日本人からプレイヤーを探すつもりで?」
「ない、とは言い切れません。手中に収めるプレイヤーが多ければ多いほど、その国は豊かになります」
事実、PLACEのようなただのテロ組織がここまで豊かに大きくなれたのも、ヒュレプレイヤーの力によるところが大きい。
PLACEよりもはるかに規模の大きな連合軍やその加盟国が、少しばかりのプレイヤーで満足できるとは思えない。
「それと」
「……まだ、何かあるのですか」
うんざりしたような敷島に、アーキスタは視線を逸らし逡巡する。
隠し事はすべきではないだろうが、あと考えられることと言えば、日本支部が不利になるようなことばかりだ。
素直に話しすぎて心象を悪くし、自棄になられても困る。
まさか、新入りのせいで攻め込まれているかもとか、戦力はほとんどアテにできないとか、言えるはずもない。
エイグは強力だが、その搭乗者は不意を突けば簡単に制圧できる。
たとえば、自衛隊の機動隊などが一挙に日本支部へ攻め込めば、案外簡単に制圧できる。
その他、工作員の発生を予防する意味も込めて、これまでPLACEに自衛隊員を参加させてはいなかった。一応、彼らも日本は占領されているものと聞かされているのだから。
しかし、一度口に出した以上は何か言わねばならない。
思考を整理するふりをして、アーキスタは眼鏡をかけ直した。
「……いえ、物資の件です。来月も同様でよろしいでしょうか」
「ええ、構いません。其方に頼ってばかりでは、戦後が恐ろしいですので」
なんとか話題を切り替えることに成功する。
確実に以前よりも豊かさを失ってしまった日本だが、これを機に消費者の意識が見直され、半端な消費スタイルの是正が図られている。
ドロップ・スターズの余波による多少の人口減少も相まって、案外と少ない支援で賄っていけているらしい。
「とはいえ、国民には厳しい生活を強いていることに変わりありません。あまり言えた立場ではないのは分かっているつもりですが」
「……もちろん、引き続き本部に掛け合います」
「頼みますよ」
実のところ、政府にはPLACEの力をやや誇大して示している節がある。
そのため、真っ向から戦っても勝てる見込みがないとは言いづらい。
あくまで敷島は、PLACEの勝利を信じて協力してくれているのだが。
(いや……やっぱり、俺達には何のメリットもない)
なぜ日本支部など作ったのか。
精々、得をするのは日本くらいだ。PLACEとしては大した恩恵を受けている気はしない。
ただの慈善と考えることもできるが、それだけとは考えにくい。
だが、だとすれば。
(避雷針……)
その可能性が濃厚になる。
しかしそれが分かったからと言って、アーキスタにはどうしようもない。
呼吸を無意識に止めてしまい、額に脂汗が浮かぶ。
「……どうかしましたか?」
「えっ、ああ、いえ……少しお手洗いに行きたいかな、と。特段伝えることもなければ、今回はこの辺りでよろしいでしょうか」
少し早口になっているのが余計な怪しさを醸し出している気がしないでもなかったが、敷島もそれを了承し、密談は終了した。
その別れ際、敷島がアーキスタに声を掛ける。
それぞれの組織の代表としてではなく、一人の人間として。そんな風に見えた。
「どうか、なさいましたか」
敷島は何も考えていなかったのか、言うことをためらったのか。
数秒口を開けたまま、彼は何も言わず。
「……いえ、どうかご無理はなさらぬよう」
「もったいないお言葉です」
自分よりも、もっと危険な場所で無理をし続けている者達がいるのだ。
自分の無理くらいは、大したことではない。
「では、本日は失礼します」
「ええ」
腹痛のふりをしていたことも忘れて、アーキスタはその場を去る。
もっとも、PLACEフォンまで障害の影響を受けていたことを知らなかった彼が戦闘のことを知るのは、彼が基地に戻ったとき――イナ達が帰還して直後のことだった。




