第11話「いま叫ぶとき」:A2
「お前は……!」
レイアが素早くライフルの銃口を向けるが、ゼライドはそれを手で制止する。
見れば彼の後方、海に着陸したエイグ2機も同様に、攻撃する様子はない。それにそのうちの片割れは、アヴィナと同様に重装備が特徴的な紅色のエイグだ。隣の一般的な緑色のエイグと比べれば、人の手が加えられた改造機であることはすぐにわかる。
「血気盛んなのは結構なことだが、別に俺らは戦いに来たんじゃねえんだよ」
「応答もせずに、よくもそんなことが!」
「ああ? そりゃこっちの――まあいい。ボウズ」
ゼライドとエイグ越しに視線が合い、イナはたじろぐ。味方ならば頼もしいだろうが、敵だと認識した時の彼はやはり、雰囲気だけでその強さを否応なく感じてしまう。
否、それはただ、イナが彼とは未だ戦う決心がついていないだけであるともいえる。
「まず一つ。こないだここで起こった戦闘だが、連合軍は関与してねえ」
「……それが、どうした!」
興奮気味のレイアは、今にもライフルの引き金を引かんとしている。
本来ならば撃つべきなのだろうが、ゼライドの目的が話すことであれば、その内容によっては聞かないことでデメリットになる恐れもある。
まず一つ、と言っているのも気になる。
「こっちはそのことで、お前ら日本の連中と事を構える気はねえ。お前らにとっちゃ嬉しい話だろ?」
レイアに動きはない。
自分がいまどうすべきか分からないイナは、息をのんで周囲を注意する。
(ミヅキ、動かずそこで聞け)
いきなり通信で声を掛けられ身を震わせてしまうが、そこから意識して動きを止める。
(本当にただそれだけを伝えに来たのなら、『ブリュード』など寄越すはずがない。いつでも逃げられるようにしておけ)
(逃げろって……)
レイアの声からは、これまでにない焦りと緊張感が感じられた。
おぼろげながら、彼女が過去にゼライドらと繰り広げた苦戦のイメージも見える。
そこまでされては、イナも自信がないからと否定することもできない。
「ま、いい。どうせ今から話す方が大事ってわかってるんだろ」
むしろ自分の方から開示しているような口ぶりだが。
ゼライドは肩をすくめながら、その目をイナに向けた。
イナはその視線に、妙な――いわば、嫌な予感を感じていた。
「ボウズ、お前にかかってた疑いが晴れた。連合軍は冤罪を認めて、PLACE滞在のことも無視してもう一度復興の為にエイグを利用することを認めるとさ」
「な……」
困惑したままのイナは、そんな声を出すことしかできない。
状況が目まぐるしく変わり、うまく頭が回らない。
だが――脅迫されていることだけは、なんとなく読み取れていた。
「お、俺は」
「戦力に乏しいPLACEに強いられ、大して戦えもしねえのにこんなところに連れてこられたんだろ? こっちに戻ってくれば、もうそんなところに居なくていい。なんなら俺が守ってやる」
守ってやる――彼の口から出たその言葉は、どこかで求めていたものだ。それに頼もしさもある。
だが。
やはりどうしても、拭えない疑念を抱いていた。
しかしそれを口にした瞬間、この場はどうなってしまうのか。
レイアが激しく警戒するような者に加え、エイグが2機。おそらく紅色の方には、彼の相棒たる女性、イアル・リバイツォが搭乗しているのだろう。未知数ではあれど、ゼライドに匹敵する力を持っているはずだ。
イナもシャウティアを制御できているわけでもないため、おそらく勝てはしない。すぐに決着はつくだろう。
であれば。
(俺は……)
嘘だと分かっていても、その要求を呑めばこの場は収まるはず。
そんな思考が頭の中を埋め尽くそうとした、その瞬間。
水の一滴が落ちて波紋を生み、イナの中で何かが澄み渡った。
それはイナを信じた者達の顔。
彼を受け入れた、日本支部の面々。
そしていま、イナの傍で彼の答えを待つ者達。
ここでゼライドの申し出を受け入れ場を鎮めたところで、彼女らは納得してくれるだろうか。感謝してくれるだろうか。
例えそれがイナの一時の嘘だとしても。
「答えな、ボウズ。ちんたらするのも自分を追い詰めるだけだぞ」
「…………ああ、そう、みたい……ですね」
俯いていたイナはゆらりと体勢を直し、ゼライドに鋭い視線を向ける。
恐怖の中で、それでも覚悟を決めた薄緑の瞳で。
「俺は……」
心臓が高鳴る。このまま破裂して死んでしまいそうなほど。
そのまま死んでしまえと体の中から叫ばれているような感覚。
イナは呼吸を整えながら、それでも言葉を紡ぎ、そして大きく息を吸った。
「……俺はぁッッ!!」
イナの絶叫と共に、鋼鉄同士が強く小得した音が、静寂を打ち破った。
それは、彼が勢い任せに突き出した拳を、ゼライドの腕が受け止めた音。
「それが答えか、ボウズ!」
「これが答えだ、俺のッ!!」
イナが手を引くと同時に、ゼライドが拳をはじく。
それが、皮切りだった。
後方で備えていたアヴィナとイアル、それぞれの重装備エイグの砲が火を噴き、互いの敵に巨大な弾丸を放つ。
まず狙われたレイアとイアルはその場を離れ回避し、イアルの傍にいたエイグも動き出す。
仲間が動き出す中で、イナはゼライドの出方を伺っていた。
おそらく下手に手を出しても、軽くいなされて終わるだろう。
だから、まずは。
(……まずしっかりと、正面の相手の動きをよく見る。どれが武器かを確認して、何が狙われているのかを考える)
構えられたゼライドの拳や脚を注意深く観察しながら、頭を働かせる。
それは、かつて彼に僅かな時間の中で教わったことだった。
エイグの格闘において目に見える弱点である顔を狙うだろうか。それとも体勢を崩すために足や胴を狙うだろうか?
いずれにしても、ゼライドのスピードに対処できるとは思えない。
ならば。
(逃げることに、集中する……)
その中で隙を見いだせれば、ゼライドも相手にできるだろう。
さすがにそこまでうまくいくとは思えないが、彼女らが警戒する相手を少しでも足止めできるのなら、それも立派な貢献と言えるはずだ。
「どうした、ボウズ。啖呵切っといて手は出さねえのか」
「……自分の力量くらいは、わかってるつもりです」
「駄目だミヅキ! そのエイグは私が相手を――」
「いいえ、貴方はすっこんでなさいな。フェスレイリア」
「な……」
ゼライドとイナの間を割って入ろうとしたレイアを、緑のエイグが飛び込んで阻止する。
その手に握られていたのは、細身の剣。
鋭くリーチの長い斬撃を警戒し、レイアは咄嗟に身を引いた。
「さて、イアルもあのチビッ子とおっぱじめるようだし……タイマンだ。お前がやらなきゃ、オシマイってこった」
依然として動かないゼライド。
言われなくてもわかることだ。だが、それでも責任の重圧が積み重なる気がした。
イナの精神を乱すことが目的なら、十分に効果がある。
「言っとくが、俺はそこらの素人に負けるとは思ってねえ――あの時とは違う、今度は実戦だ。お前も覚悟を決めた。なら、寸止めじゃあいけねえよな?」
ゼライドは妙に、喋りすぎだ。
自身の動揺を誘うのか、時間稼ぎにしろ、イナは段々と苛立って待つことができなくなっていた。
そういう意味では、この駆け引きはゼライドの勝ちだった。
しかし……この先もそうだとは限らない。
「シャウティング――バスタードォッ!!」
イナは心の赴くままに叫び、その手に光を収束させ、剣を実体化させていく。
あの日と同じだ。
だがゼライドがそれをただ見ているだけな筈がない。彼はすぐにイナとの距離を詰め直し、素早く拳を突き出す――否、違う。
その手にはいつの間にかナイフが握られ、イナの、シャウティアの首元が狙われていた。
完全な予想外。
しかしそれは、あくまでイナの予想外だ。
「らァッ!!」
「! ……ほぉ」
実体化中で刀身の足りない剣でナイフを受け止める。ほとんど反射だった。
「そう簡単にそんな早く動けるワケがねえ……もうエイグと仲良しってことか!」
「《バスタード》ッ!!」
彼の独言にも構わず、イナはシャウティングバスタードを構えて斬りかかる。
ゼライドは軽く身をひるがえしてそれをかわし、そのままイナに再び斬りかかる。
今度は、肩の辺り。それを反射的に察知したイナは、後ろに跳んで回避する。
「仲良しやってるっつっても、悪かねえ動きだ。だが……妙だな?」
ゼライドは戦いの最中だというのにもかかわらず、顎に手を当てて考えるようなそぶりを見せる。
イナは今度はやり返すように、構わず斬りかかる。
だが――またも軽々しく避けられる。
「ボウズ、お前なんで防御なんかしやがる。聞いた話と違うじゃねえか」
「はあ……?」
何を聞いたのかはわからない以上、勝手に違うと言われても困る。
「触れたものは何でも溶かすってんだろ。なら、おかしいよなァ」
どこから聞いたのかはわからないが、確かに防御の必要はない……本来なら。
前回、ゼライドの一方的な攻撃を受けた際、シャウティアのバリアは正常に働かなかった。その原因が不明である以上、致命傷でもバリアに頼って防御しないわけにはいかない。
「……まぁ、いい。どっちにしろここで――厄介な芽を摘めるってことだなッ!!」
眼光が鋭くなったと気づくと同時に、ゼライドの、彼のエイグの顔が光の粒子と共に眼前に迫っていた。
頭突きをする気なのだと悟ったその瞬間、イナの脳裏にイメージが過る。
シャウティアのバリアによって、彼の頭が文字通り削られてしまう、という。
「ひっ……」
「オラァッ!!」
イナは咄嗟に目を閉じてしまい、回避も防御もかなわない。
素直に彼の攻撃を許し――鈍い音が響く。
「っく、う……!」
目の前がチカチカするような感覚におそわれ、イナは額を押さえてなんとか倒れないように態勢を整える。
「隙だらけだなァ!」
だがそれは彼の言う通り、大きな隙だ。ゼライドはナイフを投げ捨てて、再び手に光を収束させていく。
次の瞬間そこにあったのは、黒い球体。
ゼライドはそれを軽く握り、イナに向かって投げた。
イナが慌てて弾き返そうとして――シャウティアが咄嗟に警告する。
《ダメ、それは!》
彼女がその言葉の先を伝えるのは一瞬だった。
しかしイナの体は、それより速くは動けない。
「――ボン!」
ゼライドが口で鳴らしたよりも、はるかに激しい音と熱の奔流がイナに襲い掛かる。
ちりちりと肌が焼かれるような感触に、イナは歯噛みする。バリアが正常に作動していないせいだろう。だが動きを止めるほどではない。
すぐに後退して体勢を立て直そうとして、しかし爆炎を割いて現れるソレに気づく。
ゼライドは既に、再び目前に迫っていた。
□ □
「なぜ、貴様が私の……名を!」
イナがゼライドと交戦を始めたその一方で、レイアも未改造と思しきエイグと戦い始めていた。
空戦用の装備を備えるレイアは既に宙へ逃げ地の利を得ているものの、それで戦いが決しているわけではなかった。
レイアのエイグ『シフォン』は、高機動戦闘を可能にする大型スラスターの他、全身に小型のスラスターを備えている。それにより陸上での戦闘が主となる戦場において有利に動けるものの、携行する二丁のライフルはそれだけではエイグの装甲を貫く威力は持っていない。
それは基本的にはその機動力とともにライフルで牽制、徐々に距離を詰めて至近距離で露出したエイグのボディを直接攻撃する戦法を取る都合による。
つまるところ今も同様に、対峙するエイグには最終的に接近しなくてはならない。
問題は、相手が近接戦用の装備――細身のサーベルを扱っていることにある。
むろんレイアもエイグに改造を施されるだけの経験やセンスがあるため、距離を詰めずともボディを狙えないわけではない。
ここで新たに加えられる問題が、相手が手練れである可能性が高いということ。
注視してみれば、カスタマイズとは言わずとも、装甲がいくらか削られているのが確認できる。
軽装の騎士にも見えるこれも、レイアと同様にカスタマイズされたエイグと言っても差し支えない。
「あら、貴方はとても有名人ですもの。……いいえ、正確には貴方のお父様が」
「!」
エイグの搭乗者――女性の言葉を受けて、レイアは明らかに動揺していた。
過去の記憶がフラッシュバックし、一瞬だが動きが疎かになる。
(隊長ぉさーん!)
アヴィナより声がかけられたその刹那、敵エイグの後方から砲撃されている事に気づく。
今から回避するのでは遅い。
しかしそれと同時に、迫りくる砲弾は爆炎によって掻き消された。アヴィナの砲撃によって相殺されたらしい。
(ぼさっとしちゃだーめ!)
(あ、ああ、すまない……)
珍しくアヴィナに怒鳴られてしまい、自分がそれだけ動揺していたことを自認する。
だが、疑問は依然として抱えたままだ。
(父を知っているだけなら不思議ではない。だが、私の名や、その娘であることを知っているとなれば……話は別だ)
レイアは自身の本来の名とともに、身内にはPLACE隊員であることを隠している。
それを知る手段は、かなり限られているはずだ。
「あらあら、随分とお困りのご様子ですわね。そんな調子で、私と戦を紡げるのかしら?」
聞けば聞くほど鼻につく、高飛車な敵。
無駄な動作も相まって、搭乗者の姿が目に見えるようだ。
だがその動作がどうにも引っ掛かる。
まるでその振る舞いの通り、高貴な家の出であるようではないか。
《レイア、今はいい。最低でもミヅキ君に他の敵が向かわないようにするんだ》
(しかしそれでも、ミヅキの負担は大きい!)
《彼の力が本物ならば、邪魔をしない方がいい》
(何を……そんな博打をしていられるものか!)
人知を超えた高速移動だとか、すべてを防ぐバリアだとか、レイアにはにわかには信じがたいものだった。
それにそもそも、搭乗者本人が扱いに慣れていないと言っているのだから、それを主軸にして考えることに賛成はできなかった。
「どうしましたの、ぼうっとなさって。――それなら、こちらから行きますわよッ!」
「っ」
シフォンのAIと会話をしているうちに、それを隙と見た軽装騎士が跳躍し襲い掛かってくる。
レイアもすぐに対処しようとするが、後方よりアヴィナの放ったミサイルが複数迫っていることに気づく。
その軌道に合わせて、ミサイルを盾にするようにしてライフルを構えるが、軽装騎士はミサイルを気にも留めずレイアに近づく。
気が狂ったのかと思ったレイアは驚愕したが、次の瞬間にはミサイルはもれなく撃ち落とされていた。
後方の紅色のエイグ――『ブリュード』の片割れによるものだ。
レイアはすぐにライフルの引き金を引く。しかし軽装騎士は素早く剣を振り、銃弾を弾くとともに、ライフルの先端を軽く切断した。
「悪くない反応ですわ。しかしそれで終わりだと思って?」
「……くそっ!」
悪態をつきながら、レイアは先端を切られた右手のライフルを投げつける。
苦し紛れだが、そこで追撃を食らうよりはましだった。
軽装騎士がそれを切断すると同時に、レイアは前方にスラスターを噴かせて距離を取る。
(器用な……!)
宙できりもみ回転しながら着地する軽装騎士には、余裕すらうかがえる。
単純に空中に居れば有利ということでもないようだ。それどころか、レイアは武器を奪われている。
だからと言って、距離を取りすぎてはイナの攻撃に加わる機会を与えてしまうこととなる。ならばやれることは、本当に足止めくらいだ。
(……くそ……ミヅキ!)
不意に、イナとゼライドのいる方向から聞こえた爆発音。
心配の視線を向けることもかなわない。
(また、私は誰かを失うのか)
脳裏に蘇る、いくら封じても封じきれない忌まわしい記憶。
あの時の後悔をエイグに乗せて、自身を戒めているはずなのに。
(……そんなこと、させてなるものか!)
相手の力量がレイアと互角かそれ以上であるのなら、ここで勝利することは難しいかもしれない。
せめて兄の言った通り足止めになることを願って、レイアは左手のライフルの引き金を乱暴に引いた。




