第11話「いま叫ぶとき」:A1
展開した格納庫の天井や地下通路から出撃した3機のエイグ。
その内、宙に薄緑の軌跡を描くシャウティアの中で、イナは息をするのも忘れていた。
時折思い出したように呼吸を再開しては、それだけ緊張していることを自覚し胸を抑える。
もっともシャウティアの体で胸を抑えたところで、鋼鉄同士が軽く当たるだけで特に意味はないのだが。
そんな彼を心配しているのか、レイアとアヴィナが頭の中で通信を繋げてきた。
(――どうした、ミヅキ)
(ぽんぽんいたいのー?)
(い……いや。緊張してる)
(安心しろ、最悪逃げ回るだけでも構わん)
いつものように冷たく突き放すように聞こえてしまうが、通信を介しているせいか、彼女の暖かい心情も読み取れた気がした。
(……心強いけど、情けないな)
(そう思うなら少しは努力することだ。我々はお前の働きに期待している)
(んもー、隊長さんはまたそんなプレッシャーなコト言ってぇ。ちゃんとサポートするから安心してちょ?)
アヴィナは相変わらず、言葉でイナの背を支えてくれる。
それでも自分で自分を不安で責め、緩和しきれないのは彼の悪い癖のままだが。
(……他のことでも考えていればいい。ミヅキ、作戦の復唱を)
(え、あっ、え……)
授業中、いきなり教師に当てられたような形となり、イナはあたふたとする。
これで答えられなかったら、たとえ聞いていても授業を聞いていない扱いを受けられるので、彼は好きではなかった。
《落ち着いて、イナ。私の中に記録されてるから》
(あ、ああ……ええと)
シャウティアに示されたデータは、脳内で展開されて、『見る』ことができた。
イナは視界が2つになったような感覚にも慣れたように、それを読み上げる。
(に、日本海からまっすぐ日本支部に向かってきている所属不明機1機の偵察。直接の呼びかけに応じない、または抵抗された場合は攻撃も視野に入れる……)
(そうだ。機影や大きさからして大型輸送機だが、エイグを備えている可能性はある。もっとも、事前の呼びかけにすら応じないところを見るに、敵対勢力の物と考えていいだろうがな)
断定しないのはなぜかと思うと、それも通信に乗っていることを忘れており、直後に応えたアヴィナに少し驚く。
(エイグ持ってるのって連合軍とPLACEだけじゃないワケ。PLACEが特別でかいってだけで、似たようなちっちゃいのは他にもいるの)
(そ、そうなのか)
(とはいえど、併合しないことから実質的に敵対組織と考えていい。……さて、そろそろ視認できる距離だ。私は少しずれる)
(りょーかーい!)
(りょ、了解。――ん?)
(む……)
(ぬぬぬ?)
レイアの背が視界から消えていくと同時に、会話を終えようとしたとき。
脳裏に何かノイズが走った感覚を覚える。どうやら他の二人も同じようだった。
(なにいまの?)
(……ひとまず異常は見られない。目の前の作戦に集中しろ)
何か引っかかるものはあったが、レイアの言うことに従いそのまま飛翔する。
数秒ほどして、雲の間に何か黒い輪郭が見えた。
脳裏に浮かぶレーダー曰く、それが目標の機体だった。
(各機減速、着地およびその場で停止。アヴィナは後方で狙撃準備。武装はまだ構えるなよ)
(りょーかーい)
(りょ、了解)
なんとか体勢を整えて減速し、イナは海辺の森林に着地する。
周囲を見れば、散乱したゴミや倒壊した建築物だらけであることが確認できた。
(災害……津波の跡……?)
(エイグの入ってた隕石だねえ。近くの海に落ちたから、これで済んだんだって)
確か、ドロップ・スターズという事件だったか。
(授業なら後にしろ。――向こうから通信要請が入った)
(あ、ああ)
イナが機影の方に向き直る。
「我々は反連合組織PLACEの隊員である。日本はPLACEの占領下にあり、事前の告知なき侵入は認めていない。所属を名乗っていただきたい」
近づく機影、レイアの言う通り大型の輸送機だったそれから、返答はない。
いよいよ戦闘かと身構えるが、しかしあれをどう行動不能に陥らせればよいのかすぐには思いつかない。
緊迫した空気が流れる中、輸送機が動く。
遠くで正確に見えない為に何が起きているのか分からない――と思っていると、視界が拡大した。
シャウティアが調整したらしい。
(……なんだ? なにか開いてる……)
目を凝らしていると、開いた先で何かが動いているのが見えた。
それが何なのかまでは、さすがに判別できない。
「――まずい! すぐに撃てッ!」
「えっ……!?」
急な命令に戸惑うイナの一方で、後方のアヴィナがその重武装から次々に弾丸を発射していく。
いずれも正確に、輸送機のコンテナと思しき場所の周辺で爆発を起こす。
しかし爆炎の中から、輸送機は再び姿を見せる。
コンテナをパージした状態で。
「ミヅキ、下がれ!」
「――遅ェ!」
状況が把握しきれず混乱するイナは、すぐに行動に移せない。
そんな彼の下目がけて、爆炎の中から飛び出した3つの機影のうち、1機がイナの近くに着地した。
ソレは大きさからしてエイグだ。カラーリングは、アヴィナのものより深い青色。
装備は非常に簡素で、両手に何か持っている様子はない。
一見すれば手ぶらの無防備なエイグにしか見えないというのに、妙な威圧感を放ちながら立ち上がるその姿は。
ゼライド・ゼファンの駆るエイグ、ヴェルデだった。
「よう、ボウズ。……それに日本のアマっ子ども」
□ □
「ちょっと、誰か!」
困惑の色が漂い淡くざわつく格納庫に、あどけない少女の声が響いた。
自身のエイグが傷つき出撃できない隊員の一人であったシエラ・リーゲンスは、喧騒の中でその声に気づき、声の主の下へとすぐに駆け寄った。
「どうしたの、ミュウ」
「よかった、シエラ。さっき……レイア達が出撃した少し後から、レーダーの調子がおかしいの。そのせいで長距離の通信もできないし、支部の付近はともかく、レイア達がどこにいるのかもわからない」
「そ、そんな!」
機械に強いミュウの言うことだ、間違いでもないのだろう。
しかしそれを伝えられたからと言って、シエラにはどうすることもできない。
それに、味方の居場所が分からないということはつまり。
(敵の居場所もわからないってこと……?)
もしもいま、狭まってしまったレーダーの外から敵が接近しているとしたら――そんな最悪のシナリオが、彼女の中で恐ろしいほどの速さで書かれていく。
あくまで想像にすぎないと言い聞かせるも、仮にこの現象が敵の意図的なものだった場合。
戦えるのは、誰だ?
「わ、私」
「シエラ? ……まさか、乗るつもり!? 駄目よ、まだ治ってないんでしょ!」
ミュウの制止も振り切って、シエラは自分のエイグに駆けていく。
高鳴る鼓動を潰すように握りしめ、彼女は心の中でコアの開放を命じる。
「お、おいシエラちゃん、何を」
近くの隊員に声をかけられるが、彼女は耳を傾けずコアへと飛び込む。
装甲が閉じ暗闇に包まれる中、立ち上がって静かに愛機へと命じる。
(……開けて)
自身のエイグを得て間もない彼女は、疑似人格AIの元となる人物を設定せず、また名前も決めていなかった。
愛着があまりないというのもあるが、誰かを機械に、あるいはその逆にするというエイグの仕様に納得がいっていない。
それでも自分の盾となり矛となる鋼鉄の体に身を預けなければ、誰かを守れないことは理解している。ゆえにこうして、恐怖に呑まれながらもここにいる。
《――搭乗者をコア内に確認。BeAGシステムスタンバイ》
「あ、ぁあっ! くあああっ……!?」
エイグと繋がれたその刹那、突然体の各部に複数の穴が開いたような感覚と痛みに苛まれ、苦悶の声を漏らす。
この痛みはあくまでエイグ側のダメージに過ぎないことを確かめるため、自分の体を確認しようとするが、その前に視界がエイグの者に切り替わる。
《警告。イメージとリアリティの乖離を確認した場合、BeAGシステムに不調をきたす恐れがあります》
脳裏に響くAIの音声も、痛みのせいであまり耳に入ってこない。AIもそれを理解したのか、脳に情報を刻んで彼女に理解させる。
「だけど……これはあくまで、あなたの痛み……!! っ、ぐぁ!」
自分に言い聞かせるように言いながら、彼女は全身に力を込めて体を動かす。
『な、何してんだ、シエラちゃん!』
『レーダーの不調で、敵が接近してたら分からないのよ! だからってあんな無茶……!』
胸元にいる隊員とミュウが何か話しているのが聞こえるが、痛みのノイズがうまく聞き取らせてくれない。
震える足でなんとか足元の装置を作動させ、出撃用の昇降機を作動させる。
(痛い……)
力を込めて誤魔化そうとしても、そうして意識すればするほど痛みはじわじわと広がっていく気がしてならない。
あの時は一瞬だった痛みが、連続して常に襲い掛かってくる。
《警告。意識・身体ともに異常を確認、戦闘は困難と判断し、即時システムを――》
(……やめて! そんなことしたら、絶対に許さないっ!!)
《警告。この状態を維持すれば、脳・神経に障害を残す恐れがあります》
(そんなの、みんなが死ぬよりいいッ!!)
《――エラー。不明な要求が繰り返されています。回答要求の為、しばらくお待ちください……》
よくわからないメッセージを残して、AIは沈黙した。痛みや耳ざわりにならない程度のアラート音はそのまま、依然として動けることを確認する。
次第に感覚も麻痺してきたのか慣れてきた彼女は、地上に辿り着いてなんとか一歩踏み出す。
「この場所は……私が守る……!」
いま、ここにいない仲間の為。
そしていま、ここにいる仲間の為。
もっとも未熟な少女が、いま皆の盾としてそこに立った。
存在も分からない、どこにいるかもわからない敵に対し――彼女は、目を光らせた。
杞憂で終われば、それでいいのだが。
その直後、激しい警告音が響いた。




