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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅱ《与えられた》居場所
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第10話「貴方が想う限りは」:A4

「遅くなりました、申し訳ありません」

「ごくろーさん。これで変人同盟が揃ったねえ」


 格納庫の隣にある研究開発室、そのうちの一部屋――変人同盟基地の中にディータが訪れ、その構成員がすべて揃った。

 アヴィナはもはや癖なのか、玉座風の椅子に足を組んで座り、無意味に足を組み直す。


「僭越ながらこのディータ・ファルゾン、レイア様の命によりしばしの間同伴させていただきます」

「うーむ、くるしゅうない」

「……で、なんでここに集合なんだ?」


 イナはいまいちこの空気に馴染めていないが、だからと言って二人についていくには難しい。

 ので、とがめられない限りは平常運転で行く。


「意味は特にないよ、誰かの部屋に集まってもしょうがないし……それにほら。ミュウがいるしぃ?」


 おそらく隣の部屋にいるであろう、桃色の髪をした白衣の少女。

 アヴィナの口ぶりからすれば、ただ彼女と戯れたいだけなのだろうが。


(俺としては、研究の進捗がすぐにわかる。それに格納庫に近いから、いざってときも対応できる――意図的なら凄いと思うけど)

「おまけにヒュレプレイヤーが二人! 食料には困らないね」

「立て籠もりでもする気かよ……」


 実際、できてしまうようなのが困ってしまうところだ。


「するにしたって、なにもしないのも退屈だしねえ。なんかする?」

「なんかするったって……」

「では、ミヅキ様のシャウティアを制御する方法の模索……というのはどうでしょう」

「はいお茶番どうも」


 うんざりした様子で扉を乱暴に開け放ち、現れたのは件の少女、ミュウ・チニ。

 両手には既に開かれたノートPCがある。

 彼女の言うように妙に段取りがいいが、予定されていたのだろうか。


「私の方からご連絡させていただきました。把握していることが少なくとも、何かの助けになればと」

「ま、私としても自分なりにまとめたい所もあるし……」


 ちら、と彼女の視線がイナに向けられる。


「……とりあえず、実験の協力でわかったことをまとめたわ」


 近くの段ボールを重ね、端末とプロジェクターを繋げて仮想画面を宙に映し出す。


「アンタのエイグ――シャウティアは、独自のエネルギーで動いている」


 画面に、AGアーマーを纏って宙を舞うイナの画像が表示される。

 足の裏や背部の翼から、薄緑の光を放っている。


「推進剤はほぼなく、このエネルギーの放出でフライボードのように飛行する。で、これがそのエネルギー」


 言って、ミュウは白衣のポケットから同じ薄緑色の液体が入った試験管を取り出す。

 軽く振れば、水のように滑らかに形を変えた。


「いろいろ反応を調べてみたけど、ユラユラするばっかりで目立った反応はないわ。触れても害はないし……ひとまず、確認されているいかなる物質でもないことはわかった」

「じゃー、どこにあんのそれ?」

「空気中に存在する、という可能性もあるけれど……まだわからない。けれど、それっぽい仮説が一つ浮かんだわ」

「――ヒュレプレイヤー、ですか」


 ディータが静かに発した一言に、ミュウが頷く。


「プレイヤーの能力には不明な点も少なくないわ。液状の未知物質を連続で実体化させ、機体の体積を超える量を放出している……と、考えられなくもない」

「そんなの、できるもんなのー?」

「できてもおかしくはないわ。実体化現象自体、脳波がヒュレ粒子に作用してるっていうのが定説みたいだし……細かいことは置いといて、粒子濃度が観測できればいいんだけどね。残念ながら、そんな設備はないし」

「………」


 話についていけないイナは、黙っているディータの方を見やる。

 彼女はよほど興味深いのか、試験管の中の液体をじっと見つめている。


「ソレが実体化されたものかどうかも、判別する方法はないしね」

「ほんで、大丈夫なのそれ?」

「まあ、とりあえずはね……」


 と、ミュウは以前の画像――先日、イナが戦闘した時のものが映し出された。

 薄緑色の光を纏うシャウティア。その身に触れたものは、いずれも消滅している。


「おそらくは、シャウティアの表面にも同じようなエネルギーが展開されているんだわ。そしてそれによるバリア機能は、アンタの意識に反応して……聞いてる?」

「え、いや……一応」


 とぼけた返事をするイナに、ミュウはため息をつく。


「……まあいいわ、シャウティアが聞いているでしょうし――エネルギーはアンタの意識に反応しているから、よほどのことがない限りは大丈夫なはず。それに、たぶんだけどAGアーマーやエイグに搭乗していないと、効果はなさそう」


 なぜそんな話をするのか分からなかったが、平時にうっかり触れたものを消滅させるのでは、イナも周囲の人間も穏やかには過ごせないだろうとすぐに思い至る。


「ひとまずこのエネルギーに関しては、エイグ同様出自の不明な技術により発生する、思考制御が可能で柔軟なもの、とするわ」

「ざっくりしてるんだな」

「前例がないってヤツだから。とりあえずは使っても問題なさそう……で、こっちだけど」


 次に、爆発するコンクリートの写真。

 高速移動状態での攻撃は、倍になって現在に干渉する、というものだったが。


「一々面倒だから、この現象をシャウト・フェノメノン――『絶響』と呼ぶわ」

「ゼッキョー? 叫ぶやつ?」

「それもあるけど、計測した時に信号の受け渡しを確実にしたことを考えると……音速以上、光速未満ということになる」

「つまり、響き――音を絶する現象ということですか」

「そういうこと」


 絶響。

 彼女の造語の筈だが、イナはなんとなく既視感のようなものを覚えていた。


「けど、そんな速さで動いたなら、周囲や自身への影響はもう少し顕著に出てもいいと思うけれど……そこは、まだよくわからないわ」


 解明できずに悔しいというよりは、八方ふさがりで困っているといった様子だ。


「でもたぶん、戦闘時でなくても、アンタの意思に応じて起こすことができる。諸々の条件は分からないけど、制御はできないわけじゃない」

「……いやでも、自分でもよくわかってなくて」


 自信なさげに頭を掻くイナに、苛立ちを隠せていないミュウがびしっと指さす。


「その態度よ。アンタの意識のエネルギーがこの機体を動かすのなら、自信がないとか、そういう考えが既に制御できない要因になりうるってワケ」

「ふうむ、なるほどねえ」


 アヴィナが納得したように腕を組む。

 イナとて言っていることは分かるが、すぐに心を入れ替えることはできない。


「……つまりは、俺の気の持ちよう?」

「可能性は高いわ」

「AIの補助を頼るのも一手でしょう。意識的に使えるのであれば、戦闘も優位に進められるはず」

「なあんだ、じゃあ案外ラクショーってこと?」


 ――俺がやれさえすればな。


 周囲の期待ムードに胃がキリキリと軋みを上げている気がして、イナはやや前かがみになる。

 そんな彼に、アヴィナはすかさず背中を叩いた。


「んまぁ、丸投げはしないから安心しなって。そういうのはぁ、のちのちのちのちー」

「ええ、やれる限りでいいのですよ」


 身を屈め、イナに視点を合わせてディータは優しく告げる。



 ――しかし、こうも簡単である理由は何だ。シャウティアが強すぎる……戦えば必ず勝利できであろう力を備えるシャウティアの存在理由は。


 ――イナがシャウティアを制御するのも時間の問題だろう。AIの挙動に不審な点があるのは確かだが。


 ――もしや……この戦争は。



「……イーくん? おーい、イーくーん」

「ミヅキ様、聞こえますか」

「え? あれ、俺……」


 アヴィナとディータの声で思考が止まっていたことに気づいたイナは、顔を上げて周囲を見渡す。

 ミュウだけは端末を片付けつつ視線を向けるだけであったが、顔を覗き込む二人と同様、顔には心配の色が滲んでいた。


「どしたの、いきなり糸切れのおにんぎょさんになっちゃったりして。宇宙から電波受信しちゃった?」

「いや……」

「……はいはい、私が迂闊でしたよ」


 自罰的に溜息を吐くミュウ。

 イナがまたも、シャウティアに乗っている自分を見て自分でなくなるような恐怖に怯えていると考えたのだろう。


「違う……違わなくもないけど。少し立ち眩みでもしたのかもしれないだけだ。気にしなくていいよ」


 精一杯に誤魔化すイナを見定めるようなミュウの視線。

 こんな考えなどお見通しと言わんばかりだが、何か納得できない所もあるらしく。

 そのまま三人に背を向けて、奥の部屋の暗闇へと去っていった。


「む~~。なんかすれ違ってるぅ」


 皆の気持ちを代弁するアヴィナは頬を膨らませ、立ち上がる。

 そのままミュウの後を追うかと思いきや、一度イナの方を振り返った。


「ホントに立ち眩みかはさておき……ミュウはイーくんの為に研究してるし、イーくんが少しずつでも慣れようとしてるのは、ボクら知ってるから」


 表情に大きな差は見られないが、声の調子から普段と違う意義を含めているのが明確にわかる。


「んじゃ、ミュウはボクがなんとかするのでぇ、ディータはイーくんよろしくね~っと」


 かと思いきやいつもの調子に戻り、アヴィナは今度こそミュウを追っていく。

 二人残されたイナはディータの手を借りながら、アヴィナの座っていた椅子に腰かける。

 彼女用に作られたのかやや小さく感じたが、見た目よりは座り心地が良い。


「大丈夫ですか」

「ああ……うん」


 彼女はパントマイムと手品を掛け合わせたように、実体化によって水の入ったグラスをその手に持っていた。

 イナはそれを受け取り、彼女に小さく会釈する。


「ありがとう」

「いえ、これくらいのこと。……しかし、本当に大丈夫なのですか。シャウティアのことは」


 水を飲むイナを見ながら、ディータは話題を切り替える。

 先日、AGアーマーを纏った時に特に悩みもしなかったのは、敵がいなかったせいでもあるだろう。

 胸を張って大丈夫だとは言えないが。


「……役に立つためには受け止めなきゃいけないことだし、ミュウ……だって、俺の為にもやってくれてるんだろ。なら、やらないと」


 それに、作戦の参加に比べればまだ気が楽だ。


「……であれば、私から言うことはありません。今回は少しばかり、巡り合わせが悪かっただけなのでしょう。それに、チニ様にも悪意があったわけでもありませんから」


 分かっていても、イナはそれだけで納得はできない。

 せめて何かの償いをしなければ、気が休まらない。


「今度、できることしてみるよ。ミュウの好きな物……とか、知らないか?」

「そうですね。やはり普段から頭を使う都合でスイーツを好まれるようです。特に、かけらが零れないものが良いかと」

「かけらが……」


 条件に当てはまるものは何だろう。どんなものなら彼女が喜ぶだろう。

 そんな思いを巡らせようとした、その直後。


「――ッ」


 PLACEフォンと同時に、警報が鳴り響いた。

 あたふたとすることはないが思考が硬直したイナの肩に、ディータがそっと触れる。


「落ち着いて。ご自身のエイグの下へお向かい下さい。そして、PLACEフォンでメッセージのご確認を」

「わ、わかった」

「おーっし、いくぞーイーくん!」


 これからピクニックにでも行くつもりなのか、両拳を振り上げながらアヴィナが戻ってくる。

 服や手を引っ張られたわけではないが、さっさと駆けていく彼女を追うイナはそういう風にも見えた。


「え、えと……」


 周囲に気を配りながら、PLACEフォンが受信したメッセージを開く。

 連合軍の物と思しきエイグの小隊が接近中とのこと。

 数は三機。大型輸送機によって移動中らしい。


「なんかすくなくない?」


 格納庫へ入り、転ばないように速度を落としながらアヴィナがそんな感想を漏らす。

 少ないのかどうかイナにはわかりかねたが、少なくとも彼より経験のあるアヴィナからすればそうらしい。


「よくわかんない武器を持ってるにしても、こないだそれを持ったエイグがたくさん来て、イーくんに全部やられたわけでしょ。こっちのダメージを考慮して追いうちするにしても、すくないってこと」

「な、なるほど……」

「もしかしたらもっとすごい武器を持ってるのかもしれないし、目的が別にあるのかもしれないし」


 正直少しは気楽になっていたのだが、急に重荷を背負わされた気がする。

 だがいずれにせよ、警戒するに越したことはない。


(……それにしても)


 ちら、とイナは周囲に並ぶエイグを見やる。

 整備員が診ていない傷のないものや、何か補修材のようなものを付けられているエイグもあるのが確認できた。

 前者は搭乗者がいないか戦闘には向いていない者の機体で、後者は先日の戦闘で傷を負い、未だ完全に修復されていない機体だろう。


(数はあるのに、実態を知ると本当に少なく見える)


 おそらくエイグという機体は最初に乗り込んだ者を、自分以外の機体には乗せられないのだろう。

 でなければ、こうも戦力不足を嘆くこともないはずだ。

 この実感が、先ほどまでの会話を今ようやく理解させてくれる。


「お、ミヅキ。俺達の分まで頼むぜ」


 ふいに、近くにいた男――ザックに声をかけられ立ち止まった。

 彼は出撃できないが、もどかしい気持ちがうまく整理できないためにこの場にいるのだろう。

 イナはここで生活する人だけでなく、戦えない者の為にも戦わなければならない。

 それを改めて痛感し、彼は重々しくもザックに頷いた。


「正直頼りないと思ってたが、少しはましになったな。ほれ、行ってきな」

「……はい!」


 ザックの笑みに、イナはしっかりと応える。

 どうやら近くでアヴィナも立ち止まって見ていたらしく、目が合うと少し気恥しく感じられた。

 だが彼女は茶化すわけでもなく、また駆けだす。


「――じゃあ、ボクはここで」

「あ、ああ」


 いつの間にかアヴィナは自分の青い重装備エイグの下に辿り着き、通路の柵から飛び出すようにして胸のコクピットに乗り込む。

 いきなり何をするのかとひやっとしたが、エイグを信頼しているからこそできることなのだろう。

 そんな彼もいま、シャウティアの胸元へと到着した。


(……まだよくわからないよ、お前のこと。先のこと。何が正しいのかも)


 イナと同じ薄緑の瞳が光る顔を見上げながら、彼は心中で独白する。

 シャウティアの瞳は、此方を見ているような気がした。


(だけど、少しくらいは頑張りたい。俺の為、俺を信じる人の為に。だから応えてくれ、シャウティア!)


 響きのない求めが聞こえたのか、シャウティアは胸の装甲を開いてイナを心臓部へと迎え入れる。


 まだ彼は恐れている。失敗や、自分が自分の手を離れるような感覚に。

 けれどもそれは、決して完全に消去し克服できるものではない。それに彼が気づくのは、いつになるだろうか。




 イナは緊張や不安を喉奥で抑え込みながらゆっくりと柵を開いて、装甲に足をかけた。





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