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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅱ《与えられた》居場所
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第10話「貴方が想う限りは」:A3

 翌日、起床し寝ぼけていたイナを覚醒させたのは、PLACEフォンの通知だった。

 ミュウの呼び出しか、あるいはアヴィナか、それとも――とにかく緊張感などないまま、早くも慣れた手つきで操作し、送られてきたメッセージを開封した。


 それは、レイアからのものだった。

 作戦参加の強制はしないとは言っていたが、そうもいっていられなくなったのだろうか。

 一抹の不安を抱えながらメッセージを見れば、どうもそうではないらしい。


 彼女からのメッセージを要約すると――日本周辺で、所属不明機の動きが確認されたという。

 それとは別にもう一件あり、そちらはエイグ乗り向けにかけられた招集だった。

 イナは急いで身支度を済ませ、部屋を出て指令室へと向かう。幸い、先日シエラに案内してもらったおかげで、迷うことなく辿り着くことができた。


 ただ今日の指令室はその時とは違い、黒いカーテンで日光を遮り、光源は部屋中央の巨大なモニターや、各デスクに置かれたソレだ。

 目が悪くなるのではないかと思われたが、薄青い照明が点けられており、対策はされているらしい。


 まだあまりエイグ乗りが集まっていないところ確認して、イナは遅れたわけではないと安堵した。

 ……が。


「お前が最後だ、イナ」

「え?」


 素っ頓狂な声を上げて、イナは改めて部屋を見渡す。

 レイアとアヴィナ以外、顔を知っているエイグ乗りは見当たらない。


「いやあ、なんせ動けるエイグってボクらのだけだからさあ。というわけで、この3人だけだよ」

「……ええと」


 状況が把握できないが、それをうまく言語化し質問できなかったため、イナは黙って二人に歩み寄った。


「こないだの戦闘で、よくわかんない攻撃でみんなやられちゃって。それがまだ治ってないの」

「エイグ乗りという括りだけならば、他にもいるにはいる。だが、足手まといになる可能性が高い」

「だから、俺達だけ……と」


 レイアが頷く。


「ミヅキ、メッセージは確認したか」

「あ、はい……敵が近づいてるとか、なんとか」

「まだ敵かはわからんがな」


 レイアが近くの隊員に声をかけると、中央の巨大モニターに日本周辺の地図が浮かび上がる。


「30分ほど前、PLACE韓国支部のレーダーに引っ掛かったらしい。現状、目立った動きはない」

「けど、こないだ来たばっかりだし、もしもがあったらこわいじゃーん?」


 イナは頷く。知識が足りねど、そのことくらいは確かにわかる。


「ただでさえ戦力不足が課題である日本支部はこんな状況だ。雑兵程度ならば我々でも十分対処できるが、相手次第では最悪の事態も考慮される」

「囮の可能性もあるし、近くまで見に行ってどうにかするっていうのは難しいワケ、あんだすたん?」

「あ、あんだすたん」


 アヴィナに応えると、彼女は満足そうに笑みを浮かべる。

 この余裕はどこから出てくるのだろうか。

 やはり素性を隠しているだけで、実は歴戦の猛者なのではないだろうか?

 そんな疑いをよそに、イナはふと浮かんだ質問をしようと、手を挙げた。


「どうした」

「質問、なんだけど。いいですか」

「そうかしこまらなくてもいい。なんだ」

「……見たところ韓国支部の方が近いし、そっちに対処してもらうっていうのは」


 知らないのかと言いたげに、レイアは目を閉じる。


「イーくんは知らないからしかたないね。韓国支部はほとんど戦力を持ってないんだよ」

「……?」


 イナは眉をひそめる。

 疑問を重ねたかったが、アヴィナがすぐに続けた。


「韓国支部の戦力は、でっかくてかったぁいバリアフィールドとめっちゃひろーい索敵範囲。いわば、PLACEの目であり耳であり鼻ってこと。エイグなーし!」


 アヴィナの用いる表現は稚拙だが、そのぶんわかりやすい。

 だからと言って、納得はしがたいが。


「……そのバリアのことはよくわかんないけど、危ないんじゃ?」

「んにゃ、ほんとびっくりするほど固いし何層もあるから、そう簡単には入れないらしいよ」

「だから、目的は俺達ってことか」

「そそ、まあ助けを求められたら行かなきゃかもだけど、まずないね」


 調子を直したレイアが頷く。


「そもそも、こうも短い期間に日本周辺に戦闘の種が生じることが異常だ」

「……異常、なのか」


 無駄に質問してもしょうがないと思い、イナは黙って解説を待つ。


「PLACE日本支部はハッキリ言ってお飾りだ。だが、エイグを持たない日本を守るためには、PLACEが必須となる」

「イーくんの世界はわかんないけど、日本も国連の一部なワケ。だから戦争になる前から、エイグを使うテロ組織への対処のために駆り出されようとしてたの」


 おそらくその辺りは、イナの知識と大きな差異はないのだろう。

 だとすれば、気になることがある。


「……日本の自衛隊は、武力じゃない」

「でも、まさに緊急事態だからねえ。エイグを導入して無理やり使おうとしたワケさ」

「加えて、戦争の影響でヒュレプレイヤーの存在が浮上し、貿易に多大な影響を与えられた」

「それはディータから、聞いたことがある」


 確か、ヒュレプレイヤーの実体化能力によって貨幣の概念が崩れ始めているとか、そのせいで日本は外国からの輸入が難しくなっているとか。


「貿易に関しては、日本が国連に協力しようがいずれ悪化の一途を辿っていた。我々がいなければ、どちらにせよ絶望的だっただろう」

「……ちょっと、難しい」


 ――それは、PLACEのせいで起きたことを、PLACEで尻ぬぐいをしているだけなのでは?


 日本がそのような状況になったのは、PLACEの出現が原因ではないのだろうか。

 それに、この世界の現在で日本という国に守るほどの価値があるとは、日本で過ごしたイナでもとても思えなかった。

 しかし自分が身を置く組織への悪意とも取られかねない上、その判断を下すには情報が足りていない可能性も十分にある。

 さすがに、その問いを口にすることは出来なかった。


「無理に理解しなくていい。とりあえず頭に入れておくべきは、この状況下で平和主義を掲げ戦争に参加しない日本がどうなろうと、国連は構わなくなったということだろう」


 確かにそれに関しては、揺らがない事実だ。


「ただそれってーのは、今までの戦力じゃどうにもなんないかもってことでもあるの」

「……戦うことが想定されてなかったから、日本支部にはエイグが少なかったってことか?」

「そゆこと。ま、PLACEのお掃除を目的にしたり、占領ってことになってる日本が裏切ったからとか、理由は今までもこじつけられたけどね」

「元々、綱渡りだったんだ。ラル――アーキスタ司令も常々本部に戦力の増強を打診していたが、私一人を送り込むのが精一杯だった」

「つまるところ……意外と、ピンチ」

「そゆことぉ」


 イナは実感が湧いていないだけだが、指を鳴らすアヴィナは本当にそう思っているのだろうか。


「まーまー、まだ何も起きてないし。下手に動いてそこ突かれたら意味ないし。いつでも出られるようにしといてねってこと」

「いきなり無理を強いることにはなるが、頼めるか」

「……え、ええと……」


 正直、それに強く返答できるほどの自信はないままだった。

 重い責任を負って戦うことは怖いが、支えてくれる者がいるのなら頑張る気になれる。

 だが――シャウティアが自分に制御できるのかどうかは、わからない。

 それでも、PLACEはもしもの時はイナを頼るしかない。自分に頼った失敗の責任を他人に投げることは、考えこそすれどきっと彼にはできない。

 ならば、自分にできることをするしかない。

 昨晩アヴィナとそう話していたのだから、わかってはいるのだが。


「隊長さん、イーくんこんなだし、いざってときはサポートに回ってもいい?」

「元より三機での連携を考えている。とは言っても基本的にミヅキのサポートが主になるが」

「ボクらでだいたいやって、イーくんがそのおこぼれをやる感じ?」

「あるいはその逆だ。ミヅキがシャウティアの能力を把握しきれていない以上、巧く使えないか、あるいは無意識的に使用することもあるだろう。イナに合わせて戦うことになる」

「いや、そんな……俺を無視して戦った方が」

「そういうわけにもいかん。この状況で、いつまでも一人で戦えないのでは困る」


 だとしてもと言いかけて、イナは結局逃げていることを悟る。

 それに彼は、有事の際には意識を切り替えて戦いに集中……できる。

 このことは一旦忘れて、直前のことに目を向ける。


「……わかった、がんばってはみる」

「うんうん、あとでえらいえらいしてあげるね」


 実際にやるのかは分からないが、アヴィナは満足げに頷く。


「ひとまずは、出撃に備えて過度な運動と食事のとりすぎには気を付けろ。いざという時に寝られてはかなわん」

「ボクがついてこっか?」

「お前を信頼していないわけではないが、念のためディータを付き添わせる」

「じゃあ、変人同盟だねぇ~」


 そういえばそんなものもあったと思うくらい、変人同盟で集まることも、特別何かをすることもなかった。

 ただ、彼女も忘れているわけではないらしい。


「では、ひとまずは以上だ。何か動きがあれば随時ここから連絡が来るはずだ、PLACEフォンを手放すなよ」

「りょーかーい」

「りょ、了解」


 慣れない調子で応答し、勝手を知らないイナはアヴィナの様子を伺う。

 彼の視線に気づいたのか先に部屋を出た彼女を追い、レイアへ会釈してから彼も続く。


「……あのさ、アヴィナ」

「なあに?」


 目的地も言わないまま歩きだした彼女に、イナは疑問を投げかける。


「こういうこと、もっと早く言うものじゃないか? 昨日とか、おとといでもよかっただろ」

「う~ん、そもそもエイグ乗りの新入りが来るとかあんまり考えてないしぃ。イーくんも言ってたけど、普段はめったに戦わないんだよ、ココは特に」


 だとしても、有事の際にいきなり言われるのと、事前に言われたのでは随分と違うはずだ。

 実際に経験があるわけでもないが、イナはそう思う。


「それに責任者が忙しいしぃ。隊長さんはこないだこっちに戻ったばっかだしぃ。まあいいじゃん、被害が出たわけでもないしさ」


 結果オーライということが言いたいらしい。

 納得はしきれなかったが、ここはあくまで軍隊ではないことを思い出し、追及を諦める。


 ――しかし、本当にこんな組織が世界と戦争できてるのか? 勝てる見込みは?


 イナへの期待は薄々なりとも感じてはいるが、彼が実際に力を発揮できたとして、勝てるものなのか。

 今さら後戻りもできないが、不安にもなる。


「テキトーなのは否めないけど、ボクはこういう風に考えてるなあ。イーくんは神様の遣いで、そんなイーくんが来るまで持ちこたえたボクらはここから逆転して勝つってね」

「……いや、さすがにそれは都合よすぎるだろ」


 呆れるイナに、わかってないなあとアヴィナは肩をすくめて首を振る。


「都合がめちゃくちゃなのに、今更そんなの通じないよう」

「いや、そうかもしれないけど」

「別に神様とか本気で信じてるわけじゃないって。ネガティブに考えても仕方ないっしょ?」

「それも、そうかもしれないけど……」

「実際すンごい力持ってるわけだし、それが自由に使えるようになれれば、一つのエイグが百万パワー! それまでお手伝いするし、ね?」


 うまく言いくるめられているような気もするが、悲観しても仕方ないのはその通りだ。

 不安を現実のものにしたくないのならば、努力で打ち消すほかはない。

 待つだけでは得られないものがある――それは、彼もあの時感じたことだ。


 ――でも俺に、あの力が制御できるのか?


 アヴィナが神という表現を用いるほどの力。

 加えて、それによって傷つけた者の悲鳴は。

 どんなに頑張っても、慣れそうにない。


「……頑張っては、みる」

「ふむふむ、じゃあちょっとしゃがんで」

「……?」


 人通りがないとはいえ、廊下で立ち止まるのは如何なものかと思ったが。

 イナは迷いながらも従い、アヴィナの前で膝をついた。


「ぎゅー。なでなでー。えらいぞー」


 瞬間、布団に包まれたかのような抱擁と暖かさ、小さな手で頭を撫でられる感覚が一気にイナを襲い、数秒間彼の思考は停止した。


「……え、あの、ちょっと」

「シー姉もディータもこういうことしないでしょ? ちゃんと褒めてあげないと、伸びるものも伸びないって」


 恥ずかしいからすぐに振りほどきたい。

 しかしそんなイナの理性は、直ぐに黙る。

 彼女の体は小さいが、この暖かさは心のどこかで求めていたものだ。

 思わず涙が出そうになるのを堪え、しばしそのままでいると――アヴィナが小さく声を上げて、イナから飛び退いた。


「わ、わ。ビリっときた」

「……静電気?」


 名残惜しそうにしながらも、イナは自分の服に触れてみる。

 そもそもいまは夏なのだから、脱衣の時でもなければそうそう起こるものでもない筈だ。

 アヴィナは自分の手を開いたり閉じたりさせながら、感触を確かめているようだ。


「ん~、そうかもねえ。ま、いいや。どーお、またしてほしい?」

「う」


 正直してほしいと言いたかったが、そう言われてしまうと恥ずかしくて答えづらい。


「言わないとわからないなぁ~」

「……勘弁、してくれ」


 顔が赤くなるのを感じながら、イナは立ち上がる。

 そんな彼の様子に、アヴィナは満足げだ。


「冗談冗談、またやったげるからさ」


 ――やってくれるのか。


 声にはせずとも、微弱ながらにイナの表情が明るくなる。

 アヴィナはそれに嬉しそうに笑みを浮かべて、また歩き出した。


「イーくんはかわいいなぁ」

「………」


 彼女は振り向いてはいないものの、元より大きな彼女の声を聞き逃すはずもなく、はっきりと耳に入った。

 しかしイナはどう返せばいいのか分からず、しばらく二人の間に沈黙が流れた。




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