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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
Ⅱ《与えられた》居場所
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第10話「貴方が想う限りは」:A1

 結局、その日イナは特段何をするわけでもなく。

 気の向くまま眠りについては、ヒュレ粒子による実体化の練習をして小腹を満たしていた。

 誰かに呼び出されるわけでもなく、自分のペースで生活リズムを刻み、その一日がいま終わろうとしていた。


(……一人暮らししてるみたいだ)


 シャワーを浴び終え、タオルに首を撒いたイナはしみじみと思う。

 防音がしっかりしているのか、周辺に人がいないのか、部屋には物音の一つも聞こえてこない。

 うるさくされるよりはいいのだが。やはりどこか、拭えない寂しさは自覚していた。


(とは言っても、もういい時間だし……シエラを呼ぶわけにはいかないし、アヴィナももう寝てそうだし)


 PLACEフォンのデジタル時計を見ながら、イナは嘆息する。


(今日は寝るしかないかなあ)


 ぼふ、と贅沢にふかふかのベッドに身を投げ、天井の照明を見つめる。

 なんとはなしに手を伸ばすが、むろん照明には届かない。

 まるで、答えが掴めないでいる架空のキャラクターのよう――そんな思考が過り、イナは鼻で笑った。


(いつから俺はそんなのになっちまったんだ)


 そういったものを見過ぎたせいで、妙にリアルな夢を見ているだけだと言われた方がまだ信じられる。

 だがここで感じた空気、温度、質感のどれもが確かで色濃く残り、たとえ目覚めたとしても、それを夢だと思ってしまうかもしれない。


(……どっちも、夢みたいなもんか)


 イナにとっての現実。

 それは、彼の双眸を彩る薄緑色によって歪められたものだ。

 居場所はない。信頼できる者はたったひとり。


 その現実が自分の帰るべき場所かと問われれば、いくら時間がかかっても嘘で塗り固めた答えしか出せないだろう。


(……どうして、戦おうと思えたんだろう)


 架空の世界で描かれた若い戦士たちの姿を思い浮かべる。今すぐにそれを参照することは出来ないが、イナの記憶にはそれなりに残っていた。

 ある者は家族の遺志を継ぎ、世界の征服を企む者に立ち向かい。

 ある者は状況に流されるも、自分が戦わなければ守れないと覚悟を決めた。

 またある者は、身近な人を失ったことへの復讐のために。

 ざっと思い出すだけでも、そのいずれもがただならぬ事態の中で下された決断であることは変わらないことがわかる。


(でも……俺はそんなんじゃない)


 親に使命を与えられたわけでもない。シャウティアは突然現れ、自衛のために搭乗したのだから。


 PLACEには既存のエイグがある以上、自分がいなければまったく守れないということもない。手が足りないときに要請されれば勿論出るが、自分がいなければ戦いにならないということは考えにくい。そうでなければ、とっくにこの日本支部は壊滅しているはずだ。


 連合軍に大切な誰かを殺されたわけでもない。シエラや他のエイグ乗りを助けることはできたが、仮にそのまま死んでいたとしても、罪悪感と義務感に復讐心は負け、戦うことはでいないだろう。

 はっきり言って、PLACEの面々とはそこまで親密ではないのだから。


(あの時出撃なんかしなかったら……)


 そう思いかけて、レイアやシエラ、ディータ達とのことを思い出す。

 結果的にはそれが正しかった。快く思わない者もいたが、称賛されることをしたことに違いはない。


(なんでこんなことに……)


 無駄だと思っても、過去の自分を責めずにはいられない。

 もっと賢い方法があったはず――具体的なことは思いつかなかったが、そんな考えがまとわりついてくる。

 こうなったイナは負のループに入ってしばらく抜け出せない。

 頭を抱えこのまま寝てしまおうかと考えた時、いきなり部屋のドアがノックされ、イナは電流を流されたかのようにびくりと体を起こした。


「だ……誰、ですか?」


 おずおずと扉に近づきながら、扉の先の人物に声をかける。


「んあ、遅くにごめんねえ。ボクだよ、アヴィナアヴィナ」


 聞くだけで不思議と眩しく感じる、アヴィナ・ラフの声。

 顔を合わせた時間はわずかだが、名前を聞いてすぐにその時のことを思い出せるくらいには、強い印象が残っていた。

 イナは扉を開け、彼女の姿を認める。彼女は小学生くらいの少女が着ていそうな、可愛らしいパジャマを身に纏っていた。


「やあやあ、起きててよかった。寝るなら出直すけど」

「いや……大丈夫だけど。何か用でもあるのか?」


 どういう風に接していたか思い出せず、なんとなくで探るようにしながら話し、彼女を部屋に招く。


「いやん、そんなスムーズに部屋に入れたりしてぇ」

「……閉めるぞ」

「ああん嘘だよう。折角だから入れて、ね?」


 ――どこでこんな知識を身に着けるんだ。


 見た目通りだったりそうでなかったりの差が激しく、さっきまでの悩みはとうにどこかへ吹き飛んでいた。

 彼にとって必要なことの一つが、苦悩する暇を与えないことであることがわかる。


「それで、用は」

「んもう、そんなにせっかちだと息が詰まっちゃうぞっ。焦んなくても話したげるから」


 駆け足で部屋に入るなり、アヴィナは備え付けのチェアにのしかかるようにして座る。

 よもや彼女がイナと同じく、エイグに乗って戦う兵士であるとは今でも信じがたい。


「まず最初にぶっちゃけておくと、ボクはえら~い人たちの指令でここにやってきました」

「えらいひと……?」

「司令さんとか、隊長さんとか。ディータにも言われたなあ」


 おそらく、司令とはこの日本支部司令のアーキスタ・ライルフィードのこと。隊長とは、レイア・リーゲンスのことだろう。

 そのような者達から指令となれば、内容は粗方予想ができる。


「隠し事は嫌だからね、どうせ話してても勘繰られるだろうし。でもこれ、大事なことだっていうのはイーくんもわかってるよね?」

「……まあ」


 イナはベッドに腰かけて、俯きながら答える。

 ディータにあれだけ言葉をかけてもらっておいて、そんなことはないと嘘でも言えるほど愚かではない。

 あのね、とアヴィナは話し始める。その一言で、何か調子が変わった気がした。


「イーくん。戦いたくないならいいんだよ」

「……いや、そうは言うけど」

「だってそもそも関係ないじゃん。イーくんよその人なんでしょ?」

「そう、だけど」

「なら逃げちゃえばいいじゃん。エイグもあるし、ヒュレプレイヤーだから隠れて生きることもできるよ」

「………」


 膝に両手で頬杖をつくアヴィナの言葉は、どれも正しい。

 要するに――命がけで責任の重い作戦が嫌なら、ここから出ていけばいいと。

 正しい、それはイナも分かる。だが。

 過去にそういう経験を重ねてきたからだろうか。イナにはどうしても。


「そんな寂しそうな顔しないの。ボクは出て行けなんて思ってないよ」

「いや、でもさ……」

「嫌だけど、どこかでそれがイヤだって思う気持ちもあるんだよねえ、わかるわかる」


 アヴィナの口調だと本当にわかっているのか怪しいが、妙に深みを感じてしまう。


「……あのさ、ちょっといいか」

「なあに、トイレ?」

「違う。……アヴィナはどうして戦おうと思ったんだ、その……」

「まだ子供なのに」


 なんとなく触れてはいけない所である気がしていたが、アヴィナはあえて言葉を継いだ。


「そりゃあ死にたくないし、ボクがうっかり取りこぼしでもしたら無駄に人が死ぬかも知んないよ? そんなリスクの高いこと、フツーはやんないよ。狂気の沙汰ってヤツだよ」


 それは自分が狂人だと言っているようなものではないか。

 同時に、イナはまだ狂人ではないと言われているような気がした。


「でもイーくんはこっち側に立ちたい気持ちもある。そのためには、何かしらそうしなきゃいけないって気持ちが欲しいんだよね」

「そう……なのかな」


 振り返ってみれば、シエラの為に出撃した時のことはよく覚えていない。よくわからないが、夢中だったのだ。

 悩む暇すらないほど滾る思いがあったのだ。

 自身の過去の気持ちもわからず眉間にしわを寄せていると、アヴィナが人差し指を立てて、その先端をイナに向けた。


「はいここでかくにーん。イーくん別に戦うのが嫌なわけではないんだよね?」

「そ……そうだな」


 戦いたくてシャウティアに乗り込んだわけではないが、PLACEの仲間を守るためなら戦うことも選べる。

 あの時も考えていたことだ。


「つまり、責任が重すぎて自分には無理と」

「……俺をよく思わない人もいるし」

「まーまー、失敗したら大ごとだもんね。ボクだって一人でやりたかないよ」


 でもね、とアヴィナは少し語気を強めて続ける。


「みんな一緒だよ。ボクも、隊長さんも、他の支部から参加する人も。イーくんだけが頑張るわけじゃないよ。することが違うだけ」

「……でも、要ってことだろ」

「そこ!」


 びし、と再び指先をイナに向ける。


「よーく考えてごらんよ。一回……二回だっけ? しかエイグに乗ってないイーくんに、イッキトーセンの戦いを期待すると思う?」

「…………しない、な」


 言われてみればその通りだ。

 素人同然のイナが戦力として期待されているとは考えにくい。


「そ、なんかよくわかんない機能ついてるらしいけど……そんなのあてにしなくても、ボクら強いよ? 少なくともシロウトよりはね」


 確かにシャウティアの機能を使いこなせれば、戦いを有利に持ち込めるだろうが……それ以外に役割があると考えた方が、納得できる。

 それが何なのかは、やはり分からないが。


「ボクらだけじゃない、他の支部の人たちも見えない所でサポートしてくれる。まだ詳しいことはわかんないけど、イーくん一人でやる作戦じゃないのは確かっしょ?」


 イナは控えめに頷く。


「そうしなきゃいけない状況とか命令とか、なきゃ動けないっていうのは分かるけど、欲しがるもんじゃないよ。それって多分、言い訳が欲しいだけじゃない?」

「う……」


 自分は重い責任を負いたくない。

 だから自分から進んで何かをすることを拒み、その上でどうしても自分が必要な状況になれば応じるが、失敗した時は誰かに責任を押し付ける――臆病を理由にしても、あまり良いスタンスであるとは言えない。


「まあぶっちゃけ、もともと責任取るのボクらじゃないしぃ。それでもいいと思うけどねぇ」

「……でも、待ってるだけじゃいけないんだろ」

「わかってるじゃない」

「わかってはいるけど……」

「どうせ取りたくても取れないんだし、取ろうとしなくていーの。もっと肩の力抜いて生きてこーよ。人間、自然に変わるもんだって」


 ディータも言っていた、急激な変化は体が拒んでしまうと。


「怖いのはいっしょいっしょ。背中押したげるから、いっしょにがんばろ」


 アヴィナは立ち上がり、優しい力加減で背中を叩いてくれる。

 その衝撃が、イナの中にあるしこりを和らげてくれるような感覚があった。

 彼女はそれを確かめたかのように笑みを浮かべ、手を叩いた。


「はい、じゃあこの話はここまで。明日からまた、やれることやろーね」

「あ、ああ……」

「ばいば~いっ」


 今が夜であることを忘れるほどの元気を振り撒きながら、アヴィナはさっさと部屋を去っていく。嵐のようだ。


 ――言動だけは子供っぽいのに、変に大人っぽいんだよな。


 本当はレイア達よりも年上なのではないかとは思ったが、考えたところで仕方がない。


「……あ」


 ――そういえば、結局なんでアヴィナは戦ってるんだ?


 問いはしたが、それを聞き出すことは出来なかった気がする。

 自然とイナの話にすり替えられていた。


「……まあ、いいか」


 もしかしたら、話したくないことがあるのかもしれない――などと、他者を気遣える余裕が生まれている辺り、アヴィナとの会話が良い影響を与えているのが分かる。

 ともあれ、イナは先ほどまでよりは気が楽になっている。


(踏み出せるかな、俺に……)


 それでもなお残る不安を胸に、イナは眠りに就いた。





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