第9話「未知の海の中で」:A2
「すげえ、広いな」
「さすが首都圏の私立大って感じよね」
陸上用競技場らしきところに入り、イナが辺りを見渡しながら感嘆の声を上げる。ミュウもどこか自慢げだ。
「今日は別の競技場でトレーニングしてるらしいし、ここは貸し切り」
「いや、こんな広いところ貸し切りにされても……」
面積だけならエイグの格納庫とそう変わりない。トラック1周を全力疾走してもイナの体力では1分以上かかりそうだ。
彼はそれほどの面積は、シャウティアを実際に動かすのならまだしも、等身大のAGアーマーで動く分には不要であると感じていた。
「AGアーマーとは言っても、実際に起こす現象は大して変わらないはずよ。シャウティアすら何を起こすかわかってないんだから、これくらい余裕を持っておかないと」
いちおうはその言葉に納得はしたものの、やはりこの場所に二人だけというのは寂しいものが感じられた。
そんなイナを差し置いて、ミュウはキャリーケースを開いてノート型のPC端末を用意し始める。
「じゃ、早速やるわよ。準備して」
「えと……アーマー着けたらいいのか?」
そうよ、と片手間に応えるミュウ。
しかしイナは、改めて装着しろと言われると、どうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
おそらく念じればいいだけなのだろうが、ポーズを決めて掛け声をしなければならない気がしてしまう。
(……シャウティア)
《言いたかったら言ってもいいんだよ?》
(勘弁してくれ……)
冗談を言う愛機に呆れつつ、イナはAGアーマーの装着を要請する。
すると今までと同じように、彼の体を鋼の鎧が覆っていき――次の瞬間には、等身大のシャウティアになっていた。
落ち着いてこの姿になることがなかったため、イナは手を握って感触を確かめる。多少は体が重く違和感がないわけではないが、思った通りに動いてくれる。
装飾の過剰な厚着をしている、と彼は感じていた。
「じゃあ、そこのトラックに立って、軽く準備運動」
「準備運動……って、体操でもすればいいのか、この姿で」
「したけりゃしてもいいけど、まだその姿に慣れてないでしょ。走ったりして、感覚をつかんでほしいのよ。ついでにデータも取るから」
確かに、イナが不慣れなせいで正確なデータが取れない可能性もある。
とりあえず腕のストレッチをしながら、トラックの上に立つ。
「じゃあ、まずは100m走。普段の記録は覚えてる?」
「ええっと……確か、16秒、17秒とかだったような」
他の生徒と一緒に計測することが難しく計らなかった時もあり、最後の記録もいつのものかも定かではない。
ただ、一般的にそこまで速い記録でないことはなんとなく知っていた。
ミュウの顔色をうかがいながら答えたものの、彼女は端末に打ち込みをしているだけで遅いと馬鹿にする様子などは特になかった。
「オッケー、じゃあ3カウントで合図するから、準備して」
言われ、イナはスタートラインに足を合わせて身構える。
「サン、ニ、イチ――どん!」
銃声代わりの張り上げた声で飛び出すも、イナは鎧の重さで思うように走ることができない――かに思われたのは、最初の一瞬だけ。
鎧が段々と身体に馴染み、常に追い風を纏っているように感じられ、気づけばイナはとっくに100mを走り切っていた。
「はーい、戻ってきてー!」
スタート地点で手を振るミュウの下に、駆け足で戻る。やはり動いていないときより体が軽い。
「――記録は8秒34。ざっくり2倍の速度で走ったことになるわね」
「……他の人も、そんなもんだったのか?」
「そうね、基本的な部分は変わらないと見てよさそう。私もよくわかんないけど、AGアーマーを装着して体重はかなり増えてる筈なのに、運動能力は格段に上がってる。例えるなら、人間が車や重機に乗ったみたいに」
イナにその例えはいまいちピンと来なかったが、ミュウはそれが適切な表現と考えているらしい。
「んじゃ、次はアンタが自分でタイムを計測して」
と、彼女はポケットからストップウォッチを取り出しイナに手渡す。
受け取りはしたものの、なにを計測するのかさっぱりわかっていない。
「もう一度100mを走って。ただし、例の高速移動を使うこと」
「……使い方もよくわかってないのに?」
無意識ながら、シエラ視点の映像によってシャウティアがその現象を起こしていたのは無理やり理解したものの、自在に使えるとは微塵も思っていない。
単純に叫べばどうにかなるものとは考えにくい。
「AIに聞くなりして試してみて頂戴、できないならそれはそれで記録するから」
はい、とミュウがポケットから取り出したストップウォッチをイナに手渡す。
「それ持って自分で計測して」
「……えーと、それって意味あるのか? こっちで測ったら記録変わらないんじゃ」
「この端末とソレが同期するよう細工してあるのよ。じゃ、私は衝撃波を食らいたくないから少し離れるわよ。好きなタイミングで初めてちょうだい。走り切ったら高速移動は解除すること」
衝撃波なんて出してる覚えはないのだが、とイナは怪訝に思いながら、キャリーケースを転がしながら施設内に入るミュウの背を見送る。
(……で。俺、どうやってたんだ?)
《どうって言われても、機械的なオンオフスイッチがあるわけじゃないし。私の方でうまく調整するから、イナは身を任せて》
(よくわからんけど……まあ、頼む)
《うん。いつでも、いくらでも》
微笑みかけるチカの顔を幻視しつつ、イナはストップウォッチのボタンに指を添えて再び身構える。
「――シャウトォッ!!」
心の底から湧き上がる絶叫とともに、ボタンを押し、駆けだす。
先ほどとしていることは変わりないはずと思っていたイナだったが、ふとあることに気づく。
向かい風がないのだ。風景の動きの変化はよく分からないが、空気が止まっている気がする。
先ほどよりも更にスムーズに走れている感覚と共にイナは走り切り、忘れずに計測を止める。
同時に、周囲に時間が再び流れ出したような感覚を覚える。そんな彼の背に、少し強めの風が吹きつけた。
自分でも未知の感覚で、イナはしばし空を見上げて呆けていた。
「はーい、データが取れたわよ!」
興奮気味に走ってきたミュウが、息を切らしながらイナに再び画面を見せる。
画面に表示されていた計測結果は――
「――ゼロ?」
「いいや、開始と終了の信号はちゃんと受け取ったわ。ただ、その間がそこらの端末じゃ計測できなかったと考えられるわ」
「えーと、つまり……」
「電卓で大きな計算をする時に、幅が足りなくて計算結果を表示しきれないようなものよ」
「てことは、0.000000000……ってレベルの速さってこと?」
「加えて、ストップウォッチと光速で通信しているわけでもないから、タイムラグを考慮するともっと速いかもしれないわね。ちなみにそっちの記録は?」
いまいち理解が難しいと眉根を寄せつつ、イナはストップウォッチをミュウに返す。
記録は7秒03だった。
「どうかしたのか?」
それを見た彼女は、目を閉じて難しい顔をしていた。必死に頭を働かせているのだろうか、邪魔はすまいとそれ以上は声をかけないでいると、不意に彼女が溜息を吐いた。
「もしかしたら、空気抵抗がないのかしら……? いや、だとすれば地面との摩擦は……」
ブツブツと独言する彼女は、答えを出せずに眉根を寄せていた。
「……まあ、いいわ。少しは分かったこともあるし。次に行くわよ」
答えが出せなかったことで目に見えて不機嫌になっているようだ。
八つ当たりされないことを祈りつつ、イナは彼女からの指示を待った。
「じゃあ、そこにコンクリートの壁かブロックを作ってもらえる?」
「簡単に言ってくれるけど、俺まだよくわかってないんだからな……」
とは言えど、リンゴを出現させたのは間違いなく現実で起きた現象だ。
その時のことを思い出し、イナはコンクリートに関する知識を脳内から引っ張り出す。
固さ、質感、色、雨が降った後の独特の匂い……。
あとはその立方体を想像し、《出す》ことを念じる。
するとイナの前に光の粒子が集っていき、イナが想像した通りのコンクリートのブロックが形成された。ミュウが壁とも言っていたせいか、イナの身長よりも少し高い。
「少し大きいけど、まあいいわ。実体化にも慣れてるみたいだし」
自身にその実感はなかったが、見慣れているであろう彼女が言うのなら間違いはないのだろう。
「じゃあ、さっきのを踏まえた実験をするわ。私はまた中に入って見てるから、高速移動の状態でその壁を殴って頂戴」
「お、おう……?」
実験の意図はやはりわからないものの、再び彼女を見送ったイナはぎこちなく拳を構える。
頼む、シャウティア――心の中で愛機に要請し、イナは息を吸い込む。
「シャウッ……トォ!!」
絶叫と共に拳を突き出す。
等身大と言えど、先ほどの様にAGアーマーによって体が強化されているのなら、砕くこともそう難しくない筈、そう思っていたイナはしかし、予想外の固さに目を丸くした。
「あ、あれ……?」
コンクリートには傷一つすらついていなかったのだ。
(こ、こんなもんなのか……?)
怪訝に思いながら、イナはもう一度拳を固め、突き出す。
腕を伝って衝撃と音は響いてくるが、ほとんど無音でいまいち手ごたえがない。
何かおかしいのではと、今度は更に力を入れる。だが、結果は同じだった。おまけに固いものを何度も殴ったせいか、少しばかり痛みを感じていた。
実験の方法に不備があったのではないかと、ミュウを呼ぼうとシャウティアに元の状態に戻すように命じた――その瞬間。
コンクリートは、爆発した。火を噴いたわけではなかったが、舞った土煙と四散した瓦礫はそう比喩するのが適切だった。
何が起こったのかまったく理解できないでいたイナは、自分の拳と砕けたコンクリートを何度も見返す。
「うーん、大体予想通りとはいえ、すさまじいものね」
若干引き気味なミュウが戻ってきて、四散した瓦礫をしゃがんで拾い上げる。
「えっと……説明してくれないか」
行為者にもかかわらず置いてけぼりを食らうイナが、ミュウに求める。
彼女はしゃがんだままイナを見上げ、彼の手を指さした。
「何回殴ったの?」
「え、ええと。3回くらい」
ふむ、とミュウが端末に打ち込んでいく。
「説明はしてあげるから、とりあえずあともう1回同じことをして。同じくらいの大きさのコンクリートを、今度は通常状態で」
「……?」
疑問を感じつつも彼女の指示に従う。結果と言えば、ヒビを入れ部分的に砕きはしたものの、先ほどのような爆発は起きなかった。
(そりゃそうだ、今度は3回殴って……ん?)
頭のまわらないイナでも、さすがにあることに気づく。
壁を3回殴ったという行為はまったく同じだ。にもかかわらず、高速移動状態と結果が異なっている。
「これは……」
「要するに、アンタが高速移動をしている時は、その結果もとてつもないスピードに上昇――というより、時間が圧縮されているという表現が正しいかも知れないわね」
「圧縮?」
「たぶん、アンタが高速移動をしている時、他の物体は全部置いてけぼり。私や機械からはアンタが目に見えない速度で移動していることになるし、アンタから見れば、私とかは時間が止まったように見えるんじゃない?」
「言われてみれば……そう、かも」
「であれば、たぶん。簡潔に言えば、アンタの1秒と、その他の1秒にはかなりの時間差があることになる。例えばアンタがの1秒がその他の100分の1に相当するなら、アンタが1秒で起こした行動の結果は、その100倍の速度になってその他の物に影響を与えるわけ」
一歩か二歩遅れて、なんとか理解がおいつく。
「だから、アンタ側で3回殴ったとしても、こっち側のコンクリートは、3回殴ったのと同じ力が一瞬で加えられたようなもの。パンチの10の力を3回じゃなくて、いきなり30の力がかかった感じ」
「……じゃあ、なんかやたら固く感じたのはそのせいか?」
ふとした疑問を投げかけると、彼女はまた眉根を寄せて黙り込んだ。
そして少し間を置いてから、口を開く。
「……それはたぶん、逆のことが起こってるのね。アンタがその他の物に干渉するのが遅れるように、その他の物もアンタに干渉するのが遅れているのかもしれないわ。……そうか、タイムが縮んだのも、やっぱり抵抗がなくなったから……いえでも、やっぱり地面が滑りすぎて、普通に走ることは難しい筈……それに重力はどうなるの? 呼吸だって難しい筈……」
またも自分の世界に入り込む彼女に、イナはどうすることもできない。
「……ごめんなさい、持ち帰るわ。次は飛行の訓練を兼ねて、あるものを採取するわ」
「採取?」
キャリーケースから2リットルサイズの水筒を複数取り出すミュウに、イナは首をかしげる。
いくら考えても、どの実験の意図もわからないのか。
「ほぼ推進剤を積んでないのよ、アンタの……シャウティア。にもかかわらずピュンピュン飛び回るの、薄緑の光を出してね」
それも無意識にしていた事なので、やはりわからない。それを確かな体験として覚えておくのも重要なことだろう。
「じゃあ、飛んでみる」
ミュウと少し距離を取ってから、イナは目を閉じる。
(でも、飛ぶったってどうすれば)
《同じだよ、飛ぶって思えばいい。私の方でも調整するけど、そうだね……単純な上昇なら、足から噴き出すイメージをしてみて》
(足の、裏から……)
記憶に濃く残る架空のロボットを思い浮かべながら、イナは足の裏に意識を集中する。
するとそこに何かが蓄積されていく感覚を覚え、蛇口を捻ったようにそこから薄緑の光が噴出するのを感じた。
同時に体の安定感が失われ、イナは今にも宙で転びそうになる。しかしシャウティアの補助を受けているらしく、そうはならない。
「ぎこちないけど、まあそんなもんね。さて……ふむ」
低空で浮き続けるイナの足元や周囲に目をやり、ミュウは色々な角度から観察する。
「ど、どう?」
「熱くもない、空気の揺らめきもないし、排気音も違うし……ジェットの燃焼ではないみたいね。フライボードって知ってる? 水を噴き出して浮くやつ。あれに近いわ」
「てことは、それ、水なのか」
「はてさて、それはわからないわね」
言いながらミュウは、ゴム手袋をつけて火ばさみののような器具でボトルを掴み、イナの足元に近づけて排出されていくものを採取していく。
「……大丈夫なのか?」
「さあ。死んだらそれも立派なデータよ。それに、エイグ乗りを危険な目に遭わせるわけにもいかないし。私より優秀な人だっているし、構いやしないわよ」
「勘弁してくれ……」
未知を解明する大事な実験中に、自分のせいで死人を出したとあっては、罪悪感でこのPLACEで生きていくのも難しくなってしまう。
だが幸いと、薄緑の光が彼女に危害を加える様子はない。彼女は慣れた手つきで採取を済ませ、それぞれのボトルに蓋をした。
「なんだ、触れたものを分解するっていうからちょっと警戒したけど、そうでもないのね」
「そんな簡単に命を張らないでくれよ……」
「ま、結果オーライよ。取るものは取ったし、もう少し飛ぶ練習をしてみたら?」
「………」
単なる性格の問題ではなく、どこかやけっぱちになっているような気がして心配だったが、あまり掘り下げるのも良くないとイナは飛行に集中した。
高度を上げて、足を動かして空中での立体的な機動をしてみたり、背中の推進器を使って横軸の移動も練習する。
思った以上にスピードの幅が極端で自分での調整は困難で、やはりシャウティアの補助がなければまともに動かせないことを改めて悟る。
(ちょっとは頑張るか……)
《私が手伝うよ?》
(いやその、頼りっきりはいつか痛い目見るだろうから……)
《……ふうん》
AIらしからぬ意味深な言葉を聞き流して、イナは飛行を終え着地する。
「お疲れ様」
「ん……結構難しいな、これ」
研究にしか目が無いように感じていたが、不意に普通に感謝されると、彼女も他人を気遣える人間なのだと今更気づかされる。
「背中の推進器も、船なんかのウォータージェットに近い感じみたいね。噴射の反動で前進してる感じ」
「てことは……水で動いてるってことか?」
「さすがにそれは考えられないわ、明らかにあんたの体積以上に出てるし……まあ、その辺も含めて調べるから」
それがわかるまでは、綱渡りの様によくわからないものを出して、よくわからない現象で戦うことになるということだ。
イナはそこに不安はあったが、正直、それ抜きの彼とシャウティアがまともな戦力になるとは考えにくかった。
「さて、最後にもう一つ……そのバリア。さっき出してた液体と同一の物を展開していると仮定すると、なぜ分解できるものとできないものがあるのかが分からない。別のエネルギーだとか、そういう装甲材質の可能性もあるけどね」
「人間や、生物は分解できないとか」
「武器のたぐいを分解したデータしかないものね。それも可能性の一つ」
「あ……」
不意にあることを思い出したイナに、なに、とミュウが追求する。
「思い当ることでも?」
「いや……連合軍に攻撃されて追い出されたとき、防ぎきれなかった……気がする」
「そんな不確かな情報は正直ちょっと困るけど……武器だからって全部防げるわけでもないのね?」
「たぶん」
ふうん、と考えるような吐息を漏らしつつ、ミュウは徐に先ほどのコンクリートの瓦礫を持ち上げた。
「ちょっと、向こう見たままでいてくれる?」
「は、はあ……」
よくわからない指示に従い、イナは空の一点を見たまま静止する。
ミュウは瓦礫を観察しながら辺りを歩き、視界から消えたかと思うと――いきなり背中に、重い衝撃が走った。
「いったッ!?」
「ふむ」
「な、なんなんだよ!?」
「あ、シエラが来たわ」
「え……?」
「せいっ!」
状況が全く分からない中、彼女が指をさした方向へ素直に向いた瞬間、彼女は掛け声とともに瓦礫を投げてきた。
声を聴いたため察知はできたがすぐに避けることは難しいと判断し、イナは咄嗟に腕で顔を守る。
しかしながら、それはいつか体験した時と同じく、最初から存在しなかったかのように消滅していた。
「なるほどねえ」
「ちょっと、まて! 説明しろッ!」
「それについては謝るわ。はいキャッチして」
「っておい!」
謝罪しながらも別の瓦礫を投げてきたため、イナはそれを受け止める。
「なんなんださっきから!」
「振り回した挙句殴ったことは謝罪するわ。けれど、同じ物体でも消える時と消えないときがあることは分かった」
「え……あっ」
先ほどの所業も忘れて、イナもキャッチしたコンクリートを見る。
「認識や想定の外にあるものは消せない。自分に危害が加えられると認識したものは消せる。危害がないと認識したものは消せない……意識をトリガーにした自動防御システムって感じかしら。消える仕組みもよくわからないけど」
「……ちょっと酷くないか」
「あとでちゃんと詫びはするわよ。私だって罪悪感がないわけじゃないし」
「むう……」
そう言われては、イナもしつこく責められない。態度にあまり変化が見えない気がするのが疑わしく思われるが、あまり引きずっても良くないだろう。
「直接持ったりトリガーと引いたりとかしなくても肩のキャノンを発射できるとか、エイグの思考制御は当たり前ではあるのよ。装甲にそうした技術が用いられている可能性もなくはないのかしら。なんせ未知の技術の塊だものね……」
「……えーと。つまり、まだよくわからないと」
「推測の域は出ないけど、アンタの認識が機能を左右するのは確かなはずよ。それを考えれば、臆病なくらいがちょうどいいんじゃないかしら?」
謝るのか馬鹿にするのかはっきりしてほしいところだ。
「それに、AIのレーダーが合わされば理論上は完全な防御になるはずだけど。その辺はもっとデータがないと分からないわね」
「……積極的に戦えってことか?」
「それで死なれたら皆が困るし、そんなこと考えなくてもいいわ。とりあえずやりたいことは粗方やったし、この辺にしときましょ。私は自分の部屋に戻るけど、訓練したいなら自由にして頂戴」
「いや、このコンクリートはどうするんだ」
「そのままにしていてもいいし、消せるなら消してもいいわよ。どうせここでちゃんとした陸上競技やる人なんてまずいないんだし」
本当にそれでいいのかと問い詰めたくはあったが、彼女の方がこの場所に慣れているし詳しいはずであるのだから、無駄な正義感と疑問を飲みこんで、バリアの練習にでも使おうと思考を切り替えた。
「じゃ、またね」
「ん……」
曖昧な返事をして、キャリーケースを転がしながら去る彼女の背を見送る。今度は、イナが何かをしても戻ってこないだろう。
いきなり海に放り出されたような孤独感と不安に駆られ、イナは木を紛らわせようとシャウティアに語りかける。
(……お前は、俺達が知りたいこと、全部知ってるのか)
《たぶん》
(たぶんってなんだよ。知ってるなら教えてくれよ)
《それは……やめた方がいいよ》
(どうして)
イナは飛び散った瓦礫を拾いながら、愛機への疑いを重ねていく。
《言えばすぐにできることじゃないの。自然とできるようになるし、私もサポートするから。教えないことで、後悔だけはさせないから……》
何か感情を押し殺しているような声音に引っ掛かるものを感じ、イナはそれ以上追求する気にはなれなかった。
それから意図的に瓦礫を消滅させようと努めたものの、戦闘時の様に、空気を薙ぐように一瞬で消すことはなかなかできなかった。
ようやく終わったのは、太陽が直上にまで昇りイナの体が空腹を訴えた時だった。




