第9話「未知の海の中で」:A1
シエラにPLACEの案内をされてから、1日が経過した朝のこと。
「……どう?」
「もうちょっと待ちなさい」
PLACE日本支部の格納庫、その最奥に鎮座する紅蓮のエイグ・シャウティア。
その傍にあるカスタマイズされたエイグ――紫色のシフォンや青色のシアスとはさらに一線を画した存在。
その目下の通路に、二人はいた。
シャウティアの搭乗者であり、薄緑色の瞳が特徴的な瑞月伊奈と、桃色の髪と小柄な体躯に白衣を纏うミュウ・チニだ。
二人は今、シャウティアからデータを引き出すべく、シャウティアと対峙している。
もっともまだその最中であり、大した成果は上がっていないのだが。
――にしても、ほんとにこれでいいのか……?
イナはというと、ただひたすらにミュウの持つノートPCのような端末の画面をじっと見ているだけだ。
何が起こっているのかは事前に説明をされたものの、あまり理解はできていない。
「まだ疑う気持ちは分からなくはないけど、できるんだし、実際にやってるんだからまあ見てなさいって」
「いやでも……《見てる》だけでデータが送れるって」
「ナノマシンまみれのアンタがアンテナ代わり。エイグに乗っててもできるけど、必須じゃないし」
「……アンテナ」
毛髪がピンと立つわけでもなく、電流のような物を受けている感覚もなく、データの流れを感じるわけでもない。
しかしながらミュウの端末の画面においては、何かを受信しているのは確かなようだ。
「エイグは間違いなく未来の、あるいはもっと別の進んだ技術が使われてる。これくらいできても不思議じゃないわ。……まあ、もちろん驚きはするけど」
「俺にとっては、ヒュレプレイヤーなんてのが普通にいる時点で不思議なんだけどな……」
イナのぼやきが聞こえたのか否か、ミュウは何も言わずに眼鏡越しの画面を睨んでいる。
同じくらいの年齢と思しきアヴィナと比べ、なんとも子供らしくない――アヴィナも子供らしいかと言われれば、怪しい部分が色濃いが。
「……ん、終わったみたいね。早速見ていきましょ」
「お」
一体シャウティアが何を見せてくれるのかと期待をしながら、イナはミュウの後ろに移動して画面をのぞき込む。
UIのデザインなどに差異は見られるが、大方は雰囲気で理解できる。
「まずはそうね、スペックでも見ましょうか」
言って、彼女はそれに該当するらしいファイルを開く。
サイズが大きいのか端末の性能が足りていないのか、読み込みに若干時間がかかっている。
「……ファイルの形式とか、どうなってるんだ?」
「たぶん、エイグの方で調整してるんだと思う。そういうところは気が利くんだけどね」
その口ぶりだと、他の点においては気が利かないようだ。
と、僅かな会話を交わすうちにファイルが開かれた。
真っ黒い画面に、白い英字で何やら書かれているようだ。
英語は中学生相当のレベルでしか読めないイナも何とか解読を試みるが、ミュウの読むスピードが速いのか、あるいは特に意味のない情報であるからか、さっさとスクロールされてしまう。
しかしふとスクロールを止め、少し前に戻る。
何か引っ掛かりがあるようだ。
「『BeAG system <ver.3.17>』……?」
さすがのイナでも、BeAGシステムという、エイグを操縦するための機能のバージョンを示していることくらいは分かる。
それの何がおかしいのかと思っていると、ミュウは今のウィンドウを最小化し、別のファイルを開く。
どうやら別の機体のスペックデータのようだ。
ミュウの意図が分からないままイナが画面を見ていると、同じようにBeAGシステムのバージョンが書かれた所でスクロールを止めた。
「こっちは、3.09……」
「ってことは――えーと?」
「アンタのエイグは、他のエイグよりも若干後に作られた。……あるいは、最新のシステムにアップデートする余裕があった?」
ミュウが深刻そうな顔をして、眉間にしわを寄せる。
脳を回転させているのがすぐにわかり、イナは邪魔をしないようにと押し黙る。
――てことは、その0.1くらいの差にシャウティアの秘密が?
イナが自分なりの予想を立てている間に、ミュウは再度シャウティアのデータを、目を皿にして見る。
「……『S.H.O.U.T system』?」
既に話題が違うものへ変わっていることに気づき、イナもそれを見る。
しかしその文字列の下に書かれている英文は、やはり直感的に理解はできない。
「……なんて?」
「簡単に言うと、『搭乗者の意識をより直接的にフィードバックし、瞬間的爆発力による短期決戦と理論上半永久的な戦闘を両立させる機能』――ってところかしら。具体的に何をするのかは、はぐらかされてる」
シャウトシステム。
イナはその名に心当たりはなかったが、それを使用したのだろうという漠然とした感覚はあった。
「これがこのエイグの最大の特徴ってところかしら。もうちょっと詳しく知りたいんだけど、知られちゃ困ることでもあるのかしら?」
「お、俺に言われても」
不満や疑念をこねて固めたような笑みを向けられ、イナは小さく両手を上げて防御と降伏の姿勢を取る。
ミュウもいくら脅しても無理だと理解はしているのだろう、額を押さえて溜息をつく。
「……今更だけど、本当にエイグを操縦してるのかしらねえ、アンタら」
「それって、どういう」
「今回もそうだけど、エイグのAIは搭乗者の命令に全部応えるわけじゃないの。機械のくせにね」
「でもなんか、人間に理解できない所があるからとかなんとかって」
「人間が理解できるようファイルの形式をいじれるのに?」
「……たしかに、そうか」
加えて、ほぼリアルタイムでの会話ができているのに、機械言語の翻訳に時間がかかっているとは考えにくい。
「明らかに何かを隠しているのよね。知られて困ることがあるってことよ」
「……たとえば?」
「さあ。実は段々と寿命が縮まってるとか」
冗談なのか真剣なのかわからない例に、イナは反応に困る。
彼女は自分が嫌いなのではないか――そう疑ってしまうくらいには、シャレにはならない。
しかしながら、その例は架空ならばありえそうな話――実際、いま目の前にある現実は既に架空のようなものだ。
あらゆる現実的思考、そう思っているものは全て捨てた方がむしろ現実的と言えるかもしれない。
「まあ、なんにしてもいまはコレで戦わないといけないんだけど。……そうね」
ミュウがスクロールを止める。
また何か気になる点を見つけたのかと思いきや、急にウィンドウを最小化した。
「データの確認は後でいいわ。実際に見てみましょ」
「見る……って、シャウティアに乗るのか?」
イナの問いに、ミュウはアホかと言わんばかりに目を細める。
「AGアーマーを使うの。エイグの能力がそのまま使えるのなら、アーマーを纏った状態でもシャウトシステムってのが使えるはず。慣れるためにもいい機会でしょ」
「なるほど……」
「じゃあ、ウラのグラウンドに行きましょ」
そう言って、端末を畳んでさっさとこの場を離れるミュウ。
グラウンドにはまだ行ったことがないため、短い距離でも迷わないようイナもすぐに後を追う。
しかし、ここで些細な問題が生じる。
イナはあまり親しくない相手と二人になった時、何を話せばいいのかわからない。
移動するだけなのだから無理に話す必要もないのだが、彼は自分以外の人間が傍にいる時の静寂をあまり好んでいない。
……と、そうやってそわそわしているのが相手の迷惑になりかねないことを、彼はまだ知らない。
そうして結局何も話さないまま、二人は人工林の木陰を抜けた。




