第8話「共に生きる、誰か」:A4
「ふう、なんだかんだで結構歩いてるね」
PLACE日本支部、エイグ格納庫の前に立った二人。
少し離れたところのコンクリートやレンガを見れば、湯気のように陽炎が揺らめいているのが見える。
「気温上がってきたし、早速入ろっか。格納庫の大部分は地下にあるし冷房もある程度効いてるから、ここよりは涼しいよ」
「ああ……」
早くもディータから貰った飲料を7割ほど飲み干してしまったイナは、少しでもエネルギーを抑えようと小声で答える。
その右腕には、飲料と共に受け取った黒いPLACEフォンが既にはめられている。
使い方はまだわかっていないが、とりあえず装着することにしたのだ。
「よい、しょっと……」
シエラはPLACEフォンを取り出して、黒いパネルにかざす。
おそらく何かしらのチップが埋め込まれていて、それが鍵の代わりとなっているのだろう。
「イナくんも入るときはこうやってね」
実際に扉が開く様子を見せながら言うシエラに、イナは小さく頷く。
「えっと、でもまだイナくんはPLACEフォンが使えないから……そのパネルに手をかざしてみて。触るくらい近くに」
「こ、こうか……?」
言われた通りにしてみたところ、僅かな合間の後に電子音がピ、と鳴る。
どうやら認証されたようだ。
「一応指紋でも入れるようになってるけど、少し時間がかかるんだよね。後ろが閊えたりするといけないから、次からはPLACEフォンで入るようにね」
「ん、分かった」
それよりも早く中に。
先ほどから外に漏れだしている冷気が、イナを吸い込まんばかりの誘惑を放っていた。
「じゃ、入って入って」
彼女の言葉を待っていたと言わんばかりに、速足でシエラのあとを追う。
そして格納庫に入るや否や、オアシスに辿り着いたかのような快適さに、イナは溜息を吐く。
今度は苦しさから解放されたという安堵のものだ。
「昨日も来たから大体は分かると思うけど、すぐそこにある広い主通路はエイグ搭乗者がすぐコアに乗れるよう、胸のあたりに高さを調節してある専用のもの」
そして、と彼女は入口からすぐにある階段を降りながら、左右を指さす。
イナも彼女を追いそこを見ると、下や上に続く階段と通路があるのが認められた。
「ここや、他にも数か所ある階段で、下に行ったりするの。まあ、さっきの入ってすぐのところにエレベーターがあったりするんだけど」
「なるほど……っと」
ゆっくりと主通路を歩きだすシエラについていくイナは、下の様子を見ようと覗き込んで、その高さに思わず背筋が凍る。
下にいる人が豆粒のように――とまではいかないものの、高所恐怖症だとか、そんなものが関係ないほどの高さに思えた。
「一応柵がわりの手すりはついてるけど、落ちないようにね?」
「あ、ああ……」
むしろ手すりの周りに近づくことすら億劫になりそうだ。
同時に彼は、昨日の自分がそれに気づかないほど疲労していたことを確認する。
「どうしてもエイグをそのまま地上に置こうってなると、建物が高くなりすぎて目立つし、万が一倒れたら周りの建物も大変なことになるし。だから地面を掘って入れちゃおうってことらしいの」
「へぇ……しかし、広いな」
窓はないようで、多数の蛍光灯が照らす格納庫の内部は何とも、異様であった。
イナは架空で見たことがあれど、やはり改めて目にすると、通路を挟んだ左右二列に立ち並ぶエイグの威圧感に圧倒されてしまう。
そのいずれもが青と白にカラーリングされているのはPLACEの所属を示すためであるとなんとなく理解していたが、そうなると奥の方にある数機が嫌でも目立つ。
「あれ……」
「ん? ……ああ、あれはお姉ちゃん――レイア隊長と、アヴィナ用にカスタマイズされたエイグなの。それだけの力があるって意味も込めて、色は好きなように塗られてるんだって」
説明する彼女の目は、どこか遠い。
叶いそうもない夢の話をしているかのようだ。
そして、彼女は言わなかったが、その傍にはイナのシャウティアも収められていた。
おそらく其方も見ていたに違いない。
「……ていうか、アヴィナってほんとに凄いんだな」
「ね。私達より子供なのに」
――えーと、これは……。
どことなく上の空な彼女になんと声をかければいいのかなど、イナは知らない。
変なことを言って悪化させてしまうよりは、ひとまずは放置して様子を見ていた方がいいと判断した。
と、そこへ一つの人影が近づいていたことに、イナは直前で気づく。
「おっと、脅かしちまったか」
「あ、いえ……」
「朝飯ぶりだな、新入り」
体の各所に巻いた包帯が特徴的な、エイグ搭乗者の男・ザック。
渋めの声と共にニッと笑い、イナの緊張を的確にほぐしてくる
「どうかしたのか? こんなトコで」
「いや、その。シエラに案内してもらってたんですけどね……」
あとは言葉を濁して視線を誘導し、ザックの認識に任せる。
「体重の話でもしちまったのか」
「ちが、しませんよさすがに!」
「そんな怒んなって。ま……はっとなるまでほっとくので正解だよ」
「そういうもんですか」
イナよりもシエラとの付き合いが長いであろう、ザックの言葉を信じる方がいいだろう。
とりあえずはシエラを放っておく形となったまま、イナはザックとの会話を始める。
「ザックさんはなんでここに?」
「自分のエイグの様子見……ってところかね。まあ、来週までは乗れもせんだろうな」
主な目的と思われた話題を、彼は端的に切り上げた。
となればそれ以外に目的があるかのような口ぶりだ。
イナはやんわりと追求しようとしたが、その前に彼から話をするようだった。
「新入り、お前デルムに突っかかられたんだってな」
「デルム……?」
「金髪の男……としか言いようがねえか」
そこまで言われれば、さすがにイナも特定はできた。
「あいつ、ここで整備員やってんだよ。今は……お、ちょうどあそこにいるぜ」
「あそこ……って、あれは」
「そ」
ザックの指さした方向にいる数人の集まり、その中で大きなコンテナを抱き上げている者の姿が際立っていた。
なにせその人物は、エイグの格好をしていたのだから。
「AGアーマーの力を利用して、人間じゃできない力仕事とかをやってるんだよ。AGアーマーの話は、聞いたことあるだろ?」
「あ……」
イナは連合の艦にいた時、ゼライド・ゼファンから聞いた話を思い出す。
エイグ搭乗者はエイグ同様に、危険な可能性をはらむ存在である、と。
「あいつ、戦えねえんだよ」
「戦えないって、エイグに乗ってるのに?」
「そいつは少し違うな。乗ってた、が正確だ」
過去形にしたということは、現在は搭乗していないということ。
過去にあった何かを境に、搭乗しなくなってしまったということだ。
「最初はな、あいつも戦闘員として俺らと一緒に戦ってた。けどまあ……色々あってな。戦えなくなっちまったんだよ」
「それで、整備員に」
「だからまあ、たぶん、お前に嫉妬してんじゃないか?」
「……嫉妬?」
言葉の意味くらいは知っているが、自分にそんな感情を向けられたことがないため、イナは実感がない。
だがそう言われると、仮説を立てることはできる。
「シャウティアが……俺のエイグが強いから?」
「事実、そうだな。大方、もっと早く出てりゃエイグも傷つかなかっただのなんだのと思ってるんだろ」
「まあ……それは、俺も思います」
「わかってるんならいいんだよ、誰も死んでねえし」
にやりと笑いながら、ザックは大きな手でイナの背中を叩く。
先ほどシエラにさすられたのとは対照的すぎるが、不思議と痛みや不快感はなかった。
「アイツも元エイグ乗りなら、バカな真似はしないだろうが。なんかされたら俺に言いな、ホレ、それを使えば一発だからよ」
「あ、でも俺……まだつけてるだけで」
「そうか? ま、どうせ最初から入ってるだろうし、気軽に連絡寄越してくれよ」
「あ、ありがとうございます」
――すげえ。いい人だ……。
なんともざっくりした評価であるが、彼こそイナの求めていたもの――気軽に話せる男の仲間だったのだから、感動するのも仕方はない。
「なんなら今からメシ食いに行くか? まだだろ? シエラも一緒でいいぞ」
「シ、シエラは関係ないでしょ!?」
「……んっ。呼んだ?」
イナに名前を呼ばれたと思ったのか、シエラがピクリと体を動かした。
どうやら気が付いたらしい。
「あ、あれ。ザックさん? いつの間に……」
「ボケっとしてたんだよ。さあそれよりメシ行こうぜメシ!」
「ちょ、ちょ……!」
「ザックさん、ちょっと! まだ隣の研究開発室が……もーっ!」
肩を組まされ、引きずるようにして連れ去られるイナ。
シエラの制止もむなしく、三人になった一行は格納庫を後にした。
「………」
AGアーマーを纏う整備員――デルムの視線を背に受けながら。




