第7話「自分であり、自分でないもの」:A3
国連軍中国基地。
広大な土地を利用したこの場所は、国連本部・スイスからは遠く離れているものの、ロシア基地に次ぐ面積と戦力を誇る。
地上に見える部分だけでもその規模を伺い知ることができるが、この基地の本性は地下に隠されている。
エイグ収容の為だけではなく、別の目的があるということなのだが――
照明はあるが薄暗いトンネルのようなその廊下を歩くゼライド・ゼファンはもちろん、彼に付き添うイアル・リバイツォも知ってはいない。
「なぁイアル、こんなところに呼び出すほどの要件ってのは何なんだろうなあ」
無駄に反響するゼライドの声。
イアルは表情を一切崩さないまま、そうですね、と自分の考えを述べ始める。
「フェーデ・ルリジオン中将からの召集ですので、大方新しい特命でしょう」
「左遷だけなら直接言う必要はねえと思うんだがなあ……」
「であれば、それだけではない何かがあるということでしょう」
「何か……ねえ」
このタイミングで別動隊としてどこかに送られるというのであれば、ひとつしか思い当たることがない。
瑞月伊奈と名乗ったあの少年。
彼への仕打ちからして何か自分の知る由もしない意図が張り巡らされているのは間違いはない。
だがそれが何なのかは、いくら考えても答えにたどり着けない――異次元の何かが事に絡んでいるとしか思えない。
「……ま、聞けばなんかわかるか」
先方に指定された部屋の前にたどり着き、ゼライドは鉄製の扉を軽くノックする。
「誰かね」
部屋の中から響く男――フェーデの声に、ゼライドは咳払いをして応える。
「《ブリュード》よりゼライド・ゼファン、イアル・リバイツォ両名、ただいま参りました」
「ああ、おまえたちか。さっさと入りたまえ」
無駄に挑発的な言葉に怒るほど、ゼライドは幼稚ではない。
このような振舞の人間に慣れてしまったとも言えるが。
「では、失礼します」
「失礼します」
ゆっくりと扉を開け、部屋の中へ入る。
大きめのベッドやデスクが備えられた、むしろ部屋の広さに対しては大して何もない殺風景な部屋。
高官向けの一時的な宿泊用の部屋であって、個人所有のものではないようだ。
「ふむ、3分前か。多少は身分をわきまえているようだな」
「は。勿体ないお言葉です」
感情を込めていない言葉と共に大袈裟な例をすると、後方のイアルも合わせてお辞儀をする。
無駄な肉が多いと軍服の上からでもわかるフェーデの体が、椅子に座っていることでさらにその太さを強調してしまっている。
ゼライドは思わず吹き出しそうになるのをなんとか抑えた。
――絵に描いたような、とはよく言ったもんだ。
「して、貴様らを呼んだのはほかでもなく、ファイド・クラウド様からの特命を私から伝えてやるためだ。ほら、来たまえ」
「……はい」
いっそふざけているんじゃないかと思うフェーデの口調になんとか平静を保っていると、彼の呼びかけに応じ、部屋の隅にいた少年が姿を現す。
「!」
――あのボウズ? いや、違う……。
その少年の顔を一目見た瞬間、ゼライドの中で何かが走る。
イナという少年と全くの別人であることは確かだったが、目の前にいる少年の不安げな表情が、どことなく彼に似ていたのだ。
のみならず、よく見てみれば顔のパーツもところどころ似ている。
他人の空似――それで片づけるには、少年は奇妙を纏いすぎていた。
「この度、カルナ・スレイド大佐の紹介で参加することとなった、シオン・スレイドだ」
「……よろしくおねがいします」
「中将、質問の許可を頂けますか」
「よかろう」
ゼライドが驚いている隙に、彼の言おうとしていたことを彼女が口にする。
「参加、とは」
「むろんエイグによる戦闘への参加だ」
「……そうですか。ありがとうございます」
これ以上の問答は無駄だと判断したのか、イアルは静かに引き下がる。
彼女の想いはゼライドにも理解できる。こんな子供が戦争に参加する必要はないはずだ。
それにこの表情は、とても自分で戦うことを選んだような人間のものではない。
しかし問題なのは――未成年徴兵の条約が未発達であること。
不愉快な人間は多いが、さすがに堂々と条約違反をするほど国連は愚かではないだろう。
現時点の条約では、15歳未満の徴兵が禁止されているにとどまっている。そのぎりぎりを突いたといったところか。
「未熟な戦闘技術を懸念しているだろうが、そこで貴様らの出番だ。ともに出撃し、彼の指導をしたまえ」
「指導……すか」
嫌だと言って通じるはずもないだろう。
所詮ゼライドは、フェーデよりもいくつも階級の低い身分だ。従うほかはない。
「貴様らは一応、その辺のナマクラよりは使い物になる。ファイド様直々のご指名とはいえ、努々図に乗ったりはしてくれるなよ」
「……了解」
「では、彼は我々と同行ということでよろしいでしょうか」
「そう急くな。次の出発までは別行動だ」
フェーデが話している間も、ゼライドはシオンの様子を逐一観察していた。
怯えよりは、やはり不安感が滲んでいる。
加えて、少しでも脳に入ってくる情報を抑えようとして床に焦点を合わせているようだ。
――もしあのボウズが戦えと命令されてたら、こうなってたのかもな。
命令上イナの信頼を裏切ることになってしまったが、それでもゼライドは個人的に彼のことを気にかけていた。
だが先日入ってきた情報で、彼がPLACEで戦うことを選んだと知った時は、少しだけ安堵していた。
彼はきっと、自分でその道を選ぶことができたのだろうと。
――敵になるなら、戦うだけだからいいんだが……子守しながらはさすがにキツいな。
などと、フェーデそっちのけで今後のことに考えを巡らせていると。
「では、要件は以上だ。帰りたまえ」
「は。失礼します」
「っと……失礼します」
いつの間にか話は終わっていたらしく、退室するイアルに慌ててついていくゼライド。
ゆっくりと扉を閉めると、ゼライドは早々にいろんな感情を込めた溜息を吐いた。
「大尉、聞こえますよ」
「いっそ聞こえちまえよ……何考えてんだよ」
外へと続く通路を歩きながら、ゼライドは早速愚痴を吐露し始める。
いつもなら上官侮辱だなどと冷静な反応を返すイアルも、この時ばかりは押し黙っていた。
「確かに、わざわざ直接顔を合わせてまで伝えることかと言われれば、甚だ疑問ではあります」
「もしかして、知らん間になんか仕込まれてたりしてな」
「アンジュのセンサーで調べましょうか」
「あとでな。それに仕込まれていようがいまいが、いきなりぶっ殺すような真似はしねえだろうよ」
「便利な駒ですからね」
自虐的な発言なのだろうが、平坦な口調のせいかそう感じることはない。
これもまた、慣れてしまったがゆえとも言えるのだが。
「が、いつまでも生かされるとも思っちゃいられんかもな」
「……?」
ゼライドの発言の意味が分からないらしく、イアルがわずかに首をかしげる。
――イナか、シャウティアがなんかのトリガーと考えて良さそうだな。
だが、それに基づいて行動する者達に何が見えているのは、依然として分からない。
ならば自分とイアルは、死なないことだけを考えて慎重に動いた方が良いだろう。
四方八方から銃口を向けられているような感覚に一瞬だけ苛まれ、ゼライドは言いようのない危機感を確かに覚えていた。
――国連は。いや……ファイド・クラウドは、何を考えてやがる……?
通路を抜け外に出たゼライドは、まばゆい太陽の光に一瞬だけ目が眩んだ。




