第5.5話「幕間①」:A2
PLACE日本支部、司令室。
そこに座すアーキスタ・ライルフィードは、宙に浮かぶ仮想の画面に映る眼鏡の青年に対し、精一杯苦味を誤魔化している顔をしていた。
『では――彼は既に参加の意思を表明していたんだね?』
「……ええ。正式な登録の前に敵機の接近を確認し、現在の戦力では苦戦を強いられたためやむなく出撃を認めました」
先ほど彼はレイアから、イナに参加の表明があったことを伝えられている。
ゆえに決して嘘は言っていない。正確な時間まで言えと言われれば、すぐにバレてしまう程度に脆いものだが。
そしておそらく、画面の向こうにいる青年――PLACE本部を兼ねるイギリス支部の司令を務める事実的な指導者、ズィーク・ヴィクトワールにはそのことなどとうにお見通しなのだろう。
貼り付けたように、決して歪むことのない微笑の持つ不気味さが、それを無意識に裏付けさせてくる。
「今回の件はこちらとしても予想外の出来事だったので、考慮していただければと」
『まあ、いいんだよ。無理やり戦わせたわけではないのなら。ただ――』
ズィークが眼鏡をかけ直す何気ない所作すら、刃先を眼前に突き付けられた気分にさせられる。
『彼の扱いには十分に注意してくれると、助かる』
「はあ、それはもちろん」
『本当にわかっているのかい? 戦闘の結果をざっくりと見せてもらったけれど、8機のエイグを全滅させたほどの敵を、彼が単騎で制圧したんだろう』
「ええ……そうらしいですが」
アーキスタとて、それは先ほど聞いたばかりで、尚且つ疑念を全く抱いていないわけではない。
ただ、報告をしたレイアが嘘を言っているとも思えなかった。
ゆえに、困っていた。
『彼――ミヅキ君はアヴィナ君ほどではないにしろ、まだ若いんだろう? それだけの力を操る少年の身辺には、注意してほしいということさ』
むろんアーキスタは理解しているつもりでいたが、改めて頼まれると無駄に意識してしまい重荷を乗せられた感覚に陥る。
「……まあ、頑張ってはみますが。それ以前に、別の対策も立てておくべきだと思うのですが?」
得意げになって言うことでも、お返しというわけでもないが、アーキスタは眼鏡を押し上げて話題を切り替える。
「以前より、日本支部に割かれるエイグの数が少ないことは何度も言っていたと思いますが、今日に至るまで、戦力が補充されることはなかった」
『先日、レイア君と数機を送ったのが精一杯だ』
「それでも、もっと補強ができていれば、彼に頼る必要もなくなります」
語気を強めて言うも、ズィークは肩をすくめるばかりで、真に受けていないように見えてしまう。
実際そうなのではないかと、アーキスタが非難するような目で彼を見つめていると、『そうだね』と肯定ともとれる言葉を呟いた。
来る、とアーキスタは身構える。
『君の言うことはもっともであるが、現状としてPLACEの所有するエイグは国連軍の所有数と比べるまでもなく少なく、加えてそれを扱える人間も限られている。かと言って人員補充の為に無理に戦わせるという手法には大きすぎるリスクが付きまとう。そして何よりも、日本支部への攻撃回数は他の支部に比べて非常に少ない。それでイギリスやフランスから戦力を送ったところで、此方が攻撃を受けて陥落でもしたら一大事になる』
「………」
分かっていたことだが、アーキスタは何も言えないでいた。
言う気が失せるほど饒舌に理由を並べ立てられてしまった。
――だからヤなんだよ、この人。
一を言えば十ほど返ってくるのがズィーク・ヴィクトワールであることを、短い付き合いながらにアーキスタは既に学んでいた。
これでも今回のは優しい方だ。
全て正論であるのもたちが悪い。
「ええ、ええ、ええ。言いたいことはよくわかっていますとも。だから今回の危機を一機で打破してみせたあの少年を手なずけるのが確実で手っ取り早いって言ってるんでしょう?」
『要約すればそうなるね』
なら最初からそう言えばいいものを、態々つらつらと根拠を並べ立ててそれは違うと遠回しに言ってくるのも、アーキスタは気に入っていなかった。
『僕は性格や立場のせいでこんな物言いしかできないけれど、事態の深刻さは理解しているつもりだ。報告を見るに、どうやら向こうもそろそろ本気を出してくるみたいだから』
心の内まで見透かしているような口調も同様に、愉快ではない。
その感情を飲みこんで、アーキスタはため息交じりに息を吐いた。
「……では、こちらも?」
『そうだね。多くの犠牲が生まれる前に、一気に決着をつけてしまった方がいいだろう』
「とは言っても、明日すぐにというわけにはいかないでしょう」
『様子を見ながらこちらでも準備を進めるよ。そうだね――早くて来月、遅くとも年内には実行に移せればと考えている。そのつもりで、そちらも準備を頼めるかな』
「ただでさえ規模の小さいウチから?」
策なしというわけではないだろうが、あまりにも日本支部をないがしろにしているように思えてならない。
『その辺りも可能な限り対処する。日本支部からはレイア君やアヴィナ君、今回新たに参加するミヅキ君を選抜してもらう予定だ』
――8割方もってく気かよ。
懐が厳しいことはアーキスタも先の話を聞くまでもなく理解していた。
だが、いざ自分がそのうちの一端の管理を任されてみると、よりその厳しさが際立って感じられてならない。
「……胃が痛みます」
『僕は薬を飲まない日がないよ』
そういう割に元気そうに見えるのは、気のせいではないだろう。
仮に指導者としての威厳を保つ演技だというのであれば、天晴というほかはない。
もっとも、アーキスタにそんな余裕はないが。
『指導者としてはゼロ点の気休めかもしれないが、どの支部も気を抜けない状況下にあるのは一緒だ。僕もなるべく、すべての支部の負担を減らせるように尽力していくつもりだから』
言いつつ、苦笑するズィーク。
今のこの表情だけは、年相応の弱さをあらわにしている気がした。
――これで俺より年下だってんだから、ホントつらいな……。
自分より若い人物が優れており、かつ日々多くのことに対して注意を払わねばならない。
常にそう思えればアーキスタももう少しは理性的にモノが言えただろうが、生憎とアーキスタもそこまで長く生きてきたわけではない。
「……まあ、俺達も俺達で、他に負担かけないように精々頑張りますよ」
『頼むね。じゃあミヅキ君と作戦の件、宜しく頼むよ』
「お疲れ様です」
机に突っ伏すようにして頭を下げると、宙に浮かぶ仮想の画面が閉じられる。
同時にアーキスタは全身から脱力し、ずり落ちるように背もたれに身を預けた。
――とりあえず隊員は犠牲なし。詳しい報告はまたあるだろうが、今までとは格の違う敵の出現へ対処するには、やはりレイアやアヴィナに近い戦力を揃える必要がある。エイグの修復はしばらくかかるだろうが、作戦への参加には間に合うだろう。AGアーマーを用いた訓練の内容を見直して、物資の貯蔵や装備の改修……ああ、総理と話すことまとめとかないと…………。
「……つら……」
切実な一言は薄暗い司令室の中で響くこともない。
アーキスタは体を支える気力もなくなり、ゆっくりと椅子から転げ落ちた。
床で眠る彼が発見されたのは、それから30分ほどしか過ぎていない頃だった。




