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第5話「喧騒払う絶響の剣」:A3

BeAG(バグ)システム、シャットダウン。イナ、またね》

(……ああ)


 ふわっと体が浮くような感覚と共に、イナは目を開く。

 淡い光が周囲を照らす、球状コクピット・コアの内部に彼はいた。

 長かったようで、短かった初めての戦闘の後にも関わらず、彼は特に疲労しているわけでも、意気揚々としている様子も見せてはいなかった。

 むしろ、気が抜けているとまでさえ言えた。


「……お、おぉ……」


 自動で開放された胸部装甲の中を通って外に出たイナは、初めてになる格納庫の景色に呆けてしまう。

 架空の中でしか見られないと思っていた、多数の人型兵器が立ち並ぶ光景にイナは、興奮以前にその雰囲気に呑みこまれてしまっていた。

 これらを利用して、PLACE(プレイス)は戦争をしているのだと。

 そして、自分もそれに加担してしまったのだと。

 結果的に人命を失う事態には至らなかったものの、常にその危険とは隣り合わせであることは明らかだ。

 いつまでも殺したくないだとか、そんな甘いことは言っていられないのかもしれない――先ほどの意志の強さはどこへやら、イナは弱音を吐きそうな表情をしつつ、傍にあった通路に飛び降りた。


 見れば、すぐ傍には手すりにもたれかかる何者かの姿があった。

 鋭く吊り上がった目つきが特徴的な整った顔立ち、後頭部で一つに束ねられている金色の長髪。

 すらりと伸びる高い背丈、出るところはしっかりと出ているといった、美人のイメージをそのまま表したかのような人物。

 レイア・リーゲンスという名の彼女が、複雑そうな面持ちで彼を待っていたようだった。


「あ、あの?」


 此方を見ているにも関わらず何も言ってこないレイアに、イナが恐る恐る声をかける。

 すると彼女は徐に瞼を開閉し、床に視線を落とした。


「いや、すまない。どう切り出そうかと迷っていた」


 イナは反射的に、怒られる、と思った。

 結果として僚機を援護し敵を倒すという成果を上げたものの、無断で出撃したという事実も覆すことはできない。

 9の成果より1の失敗に引きずられやすいイナは、何を言われるのかと身を縮みこませていた。


「……その様子だと、粗方の察しはついているようだな。なら、私からは特に言うことはない」

「は、はは……」


 何を言えばいいのか分からず、イナはとりあえず苦笑いを返す。

 言葉のまま受け取るならば、他の誰かがそれを言う可能性は十分にあるということだ。

 今からでも気が重くなる気分だった。


「ただ、これだけは言わせてくれ」

「?」


 先ほどまでとは違う声音になったことに違和を覚えたイナが、そちらに意識を向けられる。

 どこか恥じらい、というよりは後ろめたさを感じるものだった。

 実際、彼女の表情にも似た物が見て取れた。


「仲間を……シエラ達を助けてくれたことは、本当に感謝している。ラルもきっと、そのことを考慮してくれる」


 ラル。確か、この日本支部の司令を務めるアーキスタ・ライルフィードの愛称だ。

 となれば、イナに何かしらの説教をするのも彼だと思って間違いないだろう。


「それで、確認を一つしたい」

「は、はい」

「戦うんだな?」


 先ほどとはやや異なり、固く、重い印象を覚える声音。

 それだけ重要な事を、彼女は今問うているのだ。

 しかしイナは、即答できないでいた。

 まだ戦場の空気に慣れておらず、ほとんどシャウティアに振り回されているだけだったのだから。


 だが。

 それでも。


 ――あの時の気持ちは、決して嘘じゃないはずだから。


 手足の震えを無理やり抑え込み、イナは瞳の焦点を、こちらに向けられていたレイアの視線に合わせる。

 見定めるような、そんな目を彼女はしていた。


「……異世界がどうこうとかになって、いきなりエイグを手に入れてもよくわかんなくて。自信も、覚悟も、足りていないかもしれません。それでも、黙って見ているだけっていうのは、できなくて」


 レイアの瞳が揺らぐことはない。

 続けろ、と言われている気がした。


「そのためのエイグ(ちから)があるのなら、戦いたい、誰かの力になりたいって――そう思います」

「……そうか」


 レイアは手すりから離れ、イナの前に立つ。

 その顔には、どこか安堵したような笑みを浮かべていた。


「むろん、捨て駒にする気は毛頭ないが。死んでも恨んでくれるなよ」

「う……」


 言葉に詰まる。

 当たり前のことだが、戦場で死ぬことを考えていないような人間はそういないだろう。


「……善処、します」

「即答よりは安心できる答えだな」


 レイアは苦笑したのち、イナに背を向ける。


「今日は自室で休むといい。ディータに食事を用意させる」

「あ、ありがとうございます」

「そんなにかしこまる必要はない。私たちは仲間なのだから」


 ではな、と言い残し、彼女は去っていく。


 仲間。

 その一言が、彼の心に波紋を呼ぶ。



 ――クラスのみんなは仲間だからな。困ったことがあれば先生に――



「ッ!!」


 脳裏にノイズのように過った記憶が、イナの精神を乱す。

 突発的に近くのものを殴りそうになるのを直前で堪え、イナは落ち着いて深呼吸をする。


 ――仲間。


 その言葉に憧れがないわけではなかった。

 共に助け合い、共に同じ目標に向かって進んでいく存在。


 心のどこかで欲していたはずなのに、彼は未だその言葉自体を信用できないでいた。


(……信じていいのか、俺は?)


 助けを乞うように、イナはシャウティアの顔を見上げる。

 彼女の引き起こした現象は、冷静になってみれば常識を大きく逸している。

 ただならぬ存在であることは、イナにもよく理解できていた。


 しかしそのことを問おうにも、電源の入っていない彼女はいま、物言わぬ鉄の塊でしかない。

 イナは簡単には拭えない不安を感じながら、自室のある宿舎の方へと歩き始めた。


 未だシエラも眠る中、彼の傍を歩く者は今、誰もいなかった。

 精々、通路の下の方で整備員らしき者達が話をしているのが響いてくるくらいだ。

 少しくらい自分をねぎらってくれてもいいんじゃないか――そんな自惚れすらしてしまう。

 しかし、イナは大勢から褒められるという状況自体が、あまり好ましく思えないでいた。

 大勢の視線を集めることを嫌っていたからだ。

 その一方で、自分の挙げた成果を認めてほしくもあった。


 矛盾を抱えた彼の足取りは重い。

 それでも彼は、一歩を踏み出した。



 しかし英雄への第一歩というには、あまりにも寂しいものだった。







 彼は覚悟をした。誰かを傷つけて戦う覚悟だ。

 その代償に彼は、一つ重荷を背負うことになる。




 誰かの、命。




 その重みを、彼はまだ知らない。

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