第5話「喧騒払う絶響の剣」:A2
反射的に其方を向けば、先ほどバルカンで全身を撃ち抜かれたはずのエイグが立ち上がり、覚束ない足取りでシエラの方に歩み寄っているのが目に入った。
人間が動かしているとは到底思えない。
いつしか彼が架空で見たゾンビやモンスターの方が、イメージが合致する。
(ただのタックル……なわけ、ないか!)
《中が熱くなってる。もしかしなくてもだよ!》
目を凝らしてみれば、一瞬だけサーモグラフィで映したかのような映像が視野に流れ込む。
相打ち覚悟の自爆。
そんな行為に及ぶ人間の心理など、普段のイナなら一々考えていただろうが、さすがに自衛の為に策を巡らせることで手一杯である。
(バリアだけじゃ防げないのか!)
《ダメ、あの規模じゃエネルギーが吹き飛ばされる!》
(じゃあさっきの時間停止みたいなのは!?)
《距離は詰められるけど……シエラちゃんを抱えてる間にやられたら、同じだよ》
詳しいことは理解できていなかったが、選択肢からは消えることは確かだった。
逆に、シエラを抱えずに敵機の方を蹴飛ばして距離を無理やり取ったとして、それが成功する保証も、ダメージをゼロにできる確証もない。
(エンジンを止めるってのは!)
《それもダメ、もう戻れない所まで来てる》
クソ、とイナは心の中で毒づく。
(否定ばっかしてないで、何かないのかよ!)
《イナは、どうしたいの?》
(どうしたいって……)
シエラを守りたいという一心で剣を振っていたが、敵をどうしたいかなどは深くは考えていなかった。
仲間を傷つけるなら倒す、それくらいだ。
(……でも、あれは簡単には止められない。それに)
《それに?》
(できる限り、殺したくはない)
実際、これまでイナはコアの存在する胸部を避けて攻撃していた。
無意識にその希望が表れていたのだ。
しかしそれは、綺麗事と言われるかもしれない。
それでも。
(それでも……ッ)
言えば誰かに反論されてしまうかもしれない。
だからと言って何も言わなければそれこそ反感を買うかもしれない。
無駄なことに思考のリソースを割くいつもの癖が出て、イナの精神が乱れかけた時だった。
《だいじょうぶ、分かってる。無理しなくていいよ》
シャウティアが――チカが、優しく囁きかける。
今ここに、そんなことをする人間はいないのだと。
《その思いを、一直線に表現して》
(でも……)
《私が応える。そのために私がある》
実際はただ戦意を促すためのAIの機能を、疑似人格たるチカというフィルターを通しただけの言葉かもしれない。
だが、たとえそうだとしても、イナは良かった。
現に彼の心の波紋は徐々に収まり、すぐに思考を切り替えるに至る。
チカという存在は、彼に急激な変化をもたらすことなど容易いのだ。
例え、AIの真似事であっても。
(コアだけを切り取って、余ったモノは空に打ち上げる!)
《行って、イナ!》
瞬間、シャウティアが再び高速で移動を始める。
一瞬という言葉を表すよりも速く、今にも破裂しそうなエイグと動かないシエラ機の間に割って入る。
そこからすかさず、右手に握っていた剣を光に還元する。
次いで意思を集中させ――願おうとした、その時。
なぜそんなことをする。
そんなことをして何になる。
そんなことをする意味はあるのか。
そんなことをするべきではない。
そんなことは間違っている。
それはお前の自己満足でしかない。
無駄だ。
コアごと叩き斬ってしまえ!
様々な、勝手な妄想がイナの心の中で暴れまわる。
だがもはや、それで止まるような彼ではない。
むしろ、そんな言葉を叩き斬ってやる。そんな気概ですらあった。
「う る せ え ん だ よ――」
両手で存在しない剣を握った彼の手元に、纏っていた光とは違う、粒子のような光が収束し、輪郭を形成しながら質量を与えていく。
それは、イナの背を押す誰かの手であり。
それは、イナの意思を押し通す矛!
「――ク ソ 野 郎 が ッ !!!」
シャウティング・バスタード。
一見するとただの両手剣でしかないそれを大きく振りかぶり、その最中に手元のトリガーのうちの一つを引く。
すると刀身に一筋の線が走り、瞬く間にハサミのように二つに分かれる。
のみならず、刃は鍔を延長するかのように垂直に移動した。
同時に刀身の間に畳まれ格納されていた平らなパーツが展開し、小ぶりな砲塔のようなものを構成する。
《そのまままっすぐ!》
推進器を噴かして勢いを乗せ、イナは砲塔の先を敵機の胸部にめり込ませた。
「吹っ……飛べぇぇぇぇッ!!」
絶叫と共に乗せた――殺したくない――死なせたくない――そんな思いは目に見える薄緑の光となって、砲口に収束していく。
そしてイナは、剣を展開するのとは別の、もう一つのトリガーを引いた。
同時にめり込ませた砲口からは光が溢れ出し、奔流となって敵機の胸を貫く。
先ほどの思に反して、イナはコアの部分だけを破壊したように見えるが、むろんそうではない。
その証拠に、敵機のコアは光の奔流に包まれたまま、宙を舞っている。
《急いで!》
(わかってる!)
瞬間的に言葉を伝達し合う間にも、心臓を失った敵機は今にも膨大な熱量を放出せんと光を強く放つ。
だが未だ爆発していないのなら、まだ時間は無限に等しいほどある。
「シャウト――」
イナは左手にシャウティングバスタードを託し、固く握った右の拳に薄緑の光を纏わせる。
今度は一切の遠慮もない。
ただ破壊することだけを願い、イナはその拳を腹部に叩き込む。
「――ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
勢いのまま力任せに機体を持ち上げ、関節がぴんと伸びる直前、さらに力を込める。
すると拳の先からは先ほどと同じような光の奔流が生まれ、あっという間に敵機を上空へと運んでしまう。
だが、それでも爆発の規模がどれほどまではか分からない。
ゆえにイナは爆発するその直前まで、光を放ち続ける。
少し離れたところから見れば、シャウティアの手から伸びる細い光の筋が敵エイグを空の彼方へ押し出そうとする、およそ物理法則など馬鹿らしくなる光景を目の当たりにできることだろう。
(仕上げだ、シャウティアッ!)
《うん!》
もはや限界。
直感的に悟ったイナは、握っていた拳を今度は大きく開いて見せた。
合わせて光も四散し、敵機を包み込んで球体を形成する。
「今楽にしてやる――」
どうせ爆発するのなら、いっそのこと。
爆風に光はかき消されてしまうようだが、抑制することくらいはできるはずである。
最大限、被害を留めることのみを念頭に置いて、イナはその手を再び握りしめた。
「ぶっ壊れろッ!!」
彼の絶叫と共に、光が曇天を切り裂いた。
直後内部のエイグが熱と共に膨れ上がり、その光を飲みこまんばかりに爆発する。
(シエラを守れッ!)
《もうやってる!》
破片の飛散を警戒し、イナは自身とシエラの周囲に球状の光を展開する。
しかしあの光が役立ったようで、黒煙は周囲に漂うものの、それ以上の被害は出ていないようだった。
今度こそ、すべての敵機が動かなくなった。
つまり、シャウティアの勝利である。
(コアは回収……で、いいのか?)
《――待って!》
自身を纏う光を消し、戦闘態勢を解いたイナの脳に刺激が走る。
無理やり闘争本能を刺激されているかのような感覚だった。
「まだ、いるのかッ!?」
直感的に向いたそこは、ただの虚空だった。
否、確かにそこにいた。そこにいると感じていたのだ。
しかしソレはいつの間にか姿を消し、イナを呆気に取らせていた。
《イナ!》
「ッ!」
シャウティアはそんな彼の意識を引っ張り、イナを別の方へと向ける。
そこにあったのは、PLACEのエイグではなく。
かと言って、先ほどまで戦っていた敵のエイグとは、また雰囲気が違う。
全身が黒い靄のようなものに包まれ、その輪郭を認識することはできない。
ただ、双眸と思しきものが赤く光っているのだけはハッキリと見て取れた。
(けど……さっきのエイグとは違う?)
怪しさなどはなく――一見すると怪しさしかないが――どこか意図的なものを感じたイナは、黒い影が何か手のようなものを差し出していることに気づいた。
その手の先にあるのは、先ほど倒したエイグの残骸。
「あいつ、まさか!」
その、まさかだった。
イナがそれをどうやって阻止しようかと逡巡した隙に、黒い影は手の先に黒い光を収束させていく。
間もなくしてその光は撃ち出され、爆音と共に残骸を消し飛ばした。
「あいつ……!」
《イナ、待って! こっちが目的じゃないみたい!》
必要もないのに怒りかけるイナを諫め、シャウティアは彼の脳裏にレーダーを浮かばせる。
そこにいる黒い影は、僚機を示す青でも、敵機を示す赤でも表されていなかった。
どちらとも分類できない、第三の陣営。
とすれば、その目的は何か?
その問いに推測を立てている間にも、瞬間移動じみた現象と共に他のエイグの残骸や、先ほどまで宙に浮いていた銃を消し飛ばしていく影。
イナはシエラが狙われないようにと注意を維持していたが、結局影は最後まで敵のエイグを消すにとどまっていた。
(なんなんだ、あいつ……?)
《搭乗者はちゃんと脱出してるみたい。基地の方には向かっていないみたいだし、このまま逃げていくんだと思う》
(殺すのが目的じゃないとしたら、なんだ?)
《データの隠匿、とか》
結局のところ詳細は不明であったが、残骸を処理し終えた黒い影は、それ以上何かをする様子はなかった。
影は最後に、イナの方を向く。
その攻撃的なほど赤い瞳にはやはり、攻撃の予告をする意図は見えなかった。
そして――影は、消えた。
(大きさはエイグと同じ……だとしたら、アレは一体……)
《イナ、新しい反応が2つ!》
(ま、まだ何かあるのかよ!?)
《ううん、これは――》
そう言って、レーダーに示したアイコンの色は、青。
つまり彼に害をなすことのない僚機ということであるのだが。
(Chiffonに……Cias……?)
《シフォンの方から、通信の要請が来てるよ。どうする?》
(……受けた方がいんだろうな。応えてくれ)
《わかった》
わずかなノイズが、彼の中に走った。
電気的に何かとつながったかのような、そんな感触だった。
(こちらレイア機・シフォン。聞こえるか)
(あ、頭の中に直接……ッ!?)
よもやテンプレートのようなセリフを吐く日が来るとは、イナは予想だにしていなかった。
(聞こえているかと訊いている)
(は、はいッ!)
(搭乗者は、瑞月伊奈で合っているか?)
(……はい)
どこか冷たい印象を受けるその声には、覚えがあった。
彼が助けんとしたシエラの姉、レイア・リーゲンスだ。
いつにもまして緊迫感を含んでいるように感じるのは、おそらくイナがここにいることと、シエラが倒れていることに起因するようだ。
(……詳しい話はあとだ。ひとまず周辺で倒れた動けないエイグを回収する。数機頼めるか)
(わ、分かりました)
(では、頼む)
それだけ言い残して、今度はブツリと離れていく感覚。
どうやら通信を切ったようだ。
(いいのか、あんなあっさりで……)
《通信にはある程度、内面の感情も乗ってるから。イナがこんなことにしたんじゃないってこと、分かってると思う》
言っている間に、遠くから近づいてくる二つの機影がイナの視界に入る。
専用の装備で飛行する紫色のエイグに、様々な武装を多く背負いながらも、高速で地上を滑走する青いエイグ。
前者がシフォンで、後者がシアスであるらしい。
(……終わったんだよな?)
《うん。私たちの勝ちだよ》
本当に、本当にか。
そう何度も問いかけてしまいそうになる。
なぜならイナは、これが初めての戦いなのであり。
初めての経験にしては、不可思議なことが起きすぎたからだ。
――なんか、静かなんだな。
イナがふと見上げた曇天の空には、先ほどの爆発による大きな穴が開き。
暗い紫色が滲む暮れの空が、顔をのぞかせていた。




