第5話「喧騒払う絶響の剣」:A1
「ッ!」
着地の後、風の静まりと共に訪れた静寂の中。
イナは今まで取り憑いていた何かが消え去ったかのように、目を見開いて周囲を見渡した。
「ここは……」
曇天に黒く濁った、見覚えのない景色。
傍にはピクリとも動かないエイグと、その質量に敷かれ無残に破壊された校舎らしき建造物。
投げ飛ばされたのだろう。
(まさか、シエラ!?)
《大丈夫、生きてるよ! まだ、意識はあるけど……》
死には至らないが、気絶を目前にするほど苦戦していたらしい。
体の各所に開いた穴は、実際に受けたわけではないイナにまで同じ場所に恐怖と痛みの錯覚を覚えさせるほどだ。
脳裏に浮かぶレーダーを見れば、彼女の他にも動きのないエイグの反応があるのが分かる。
加えて、すぐ傍にいる4機は目立った動きこそしないが、動けないというわけではないようだ。
忙しなく銃らしき武器の引き金を引こうとしているが、その銃口からは何も発せられる気配はない。
(レーダーに赤く示されてるってことは……こいつらが敵でいいんだな?)
《うん――感じるでしょ。狙われてる、っていう感情の矢先》
(……ああ)
《戦える?》
今更何を、とすぐに返せるような問いだったが、いつものイナならば答えを濁らせていただろう。
本当に自分にできるのか、それは正しい事なのか――答えを得ることの難しい自問を重ねてしまうがゆえに。
しかし、今のイナは違った。
唐突に場所が移動していたりと通常では考えられない現象に戸惑いはしたが、そこに気を取られて歪むような意志でこの地に立っているつもりはなかった。
――細かいことは後だ。やれるかどうかは問題じゃない。
(俺がやる……俺にしかできないんだ!)
イナは戦意に瞳を光らせ、膝を立てて4機のエイグに対して身構える。
そのいずれもがイナとは反対に瞳を暴力的な赤に染めていた。
(暴走しているのか……いや、それも後だ!)
《イナ、来るよ!》
「ッ!」
余計なことを考えてしまう自分をすぐ戒めつつ、太腿からナイフを取り出して襲い掛かる敵機から距離を取り――そんな必要はないのだが――その刃を回避する。
その間際、イナは見逃していなかった。
先ほどまで彼らが所持していたはずの銃が、宙に浮いていたのだから。
だが、それもすぐに意識の外へ消える。
シャウティアが、戦いに集中するよう仕向けているように。
この戦意を絶やすなと、彼の背を押すように。
そうして知らず知らずの内にサポートされていたイナは、次々に襲い掛かるエイグの斬撃をかわし、シエラの乗るエイグから少しずつ距離を開けていく。
(シャウティア、何か武器はッ!? バルカンとか、剣とか、ライフルとか!)
記憶の中にある知識をなんとかかき集めつつ問いかける。
だが自身の感じる限り、シャウティアに武装は存在していない。
かといって、戦える能力のある機体が武器を持っていないというのは妙である。素人も扱える兵器としては成り立たない可能性すら生じる。
せめて「ある」と答えてくれるのを願っていると。
《全部、できる》
(――!?)
あまりに突拍子のない返答になんだそれと言いかけるが、喉元あたりで消えてなくなる。
代わりに、彼の胸には確信にも似た感情が生じていた。
教わったわけでもないのに、その方法を知っていたのだ。
《イメージして! イナの武器を!》
「よくわかんねえけど……ッ!」
そうは言うが、イメージはスムーズだった。
かつて見たアニメーション作品のワンシーンを思い浮かべ、そこに攻撃の意志を加える。
すると、シャウティアの左右のこめかみに光が収束していき――
「うらぁッ!」
そこから放たれた光の弾丸は、近接防御用の機関銃と比べるには威力が強すぎる。
防御態勢をとる敵機の装甲へ宙に残像だけを残して直進し、遠慮もなく抵抗もされずに無数の風穴を開けていく。
「ギ、ぃ、イイィィィぃぃいイイッ!!」
木々の軋むような、あるいは幾重にも重なる虫の音のような悲鳴を上げて、光のバルカンを受けたエイグが一機、身悶える。
それに触発されてイナの脳裏であの日の悲痛な叫びが蘇るが、すぐに彼の戦意にかき消された。
他者を傷つけるという事実も受け止めて戦うと、決めたのだから。
それでも、完全に無視できているわけではない。シャウティアの助力がなければ、たじろいで隙を見せていただろう。
(次は――剣!)
未だ向かってくる敵エイグのうち2機が左右に分かれ、3方向からイナに向かってくる。
イナはアバウトな片手剣をイメージし、ナイフを手に距離を詰めてくる敵機らに対し光の剣をぎこちなく構える。
(正面の一機、やるぞ!)
《わかった――走って、イナ!》
チカの声に後押しされ、イナが地を蹴った瞬間。敵機の動きが急にスローになった。
それは相手が手加減をしているわけではなく。
他でもないシャウティアが、現実へととどまる時間を長めたのだ。
これによって生じた無数の好機に対し、イナは手近な一機の腹部目がけて剣を振りかぶる。
そしてすれ違いざまに――一閃。
いつの間にかスローモーションでなくなった敵機らは、上半身が異様にスライドしながら分断された僚機を一瞥だけして、後方にいるイナに対して再度攻撃を始める。
片方は変わらずにナイフによる近接攻撃を図り。
もう片方は手法を変えて、腰元のマシンガンで弾幕を張る。
むろん、シャウティアに向かう銃弾のすべては、その纏う薄緑の光によって直前で霧散するように消える。
「分かんねえのかよ、効かないのが!」
その様子が見えているであろうにもかかわらず、敵機は攻撃を止める気配はない。
もしかすると何か策があるのか、この連射自体が既に策の内なのか。
疑念が生じかけるが、それならばシャウティアがすぐに警告でも出しそうなものだが。
それについて、シャウティアから何か言われるようなことはなく。
代わりに。
《イナ、突っ込んでくる機体が爆弾を持ってる! エネルギーをもっと出して!》
「――シャウトぉぉッ!!」
すぐ前に迫る危険への忠告を行われ、イナは言い慣れていないはずの単語を反射的に絶叫する。
そして彼の響きに応えたシャウティアも大きく口を開き、その喉の奥から、推進器から、体の各所にある光を発するパーツから――やや勢いを失いかけていた薄緑の光が溢れ出、再びシャウティアを燃え上がらせるように包み込んだ。
と同時に、駆けながらその助走をつけて四角い物体を投擲する敵機。
直線的な軌道を描くソレは、やはりシャウティアの纏う光に触れた瞬間に霧散し、しかし無事で終わるはずもなく、曇天によって薄暗くなった周囲を一瞬だけ、膨大な熱と光で強制的に照らし出して見せた。
熱が失せ、黒い煙が光の残滓と共に辺りに立ち込める中。
爆発の中心部に対して視線を注ぐエイグ二機は、依然として戦闘態勢を解いてはいなかった。
それは、むろん。
「聞く耳もねえのかッ!!」
イナの叫びと共に煙を切り裂くシャウティアが、そこにいたからだ。
その装甲に一切の傷はない。
あるいは先ほどまで持っていた光線銃を持っていれば有効打を与えられる可能性はあっただろうが、そちらは先ほどのまま、宙に浮遊し硬直しているままだ。
このままいくら続けていても、敵エイグらに勝機がないのは見えていた。
実弾武器ばかりの装備に対して、シャウティアは謎の光を攻防に利用している。見た目だけで言えば、限りがあるのは前者の方で間違いない。おまけに、いずれもシャウティアには効かない。
明らかに不利だというのに、彼らは撤退する素振りすら見せはしない。
僚機をやれれて自棄になっているわけでもなさそうだ。
しかしそうだとすれば、それを受け止めた上で、それに勝る何かを得られうるということ。
例えば――シャウティアの戦闘データ。
それを得るためには多少の犠牲を厭わないというのか。
つまるところ、その判断を下せるのは――
(慣れてもねえこと、長引かせちゃいられねえか……ッ!)
身体への疲労は感じていなかったが、精神は別のようだった。
心なしかそれに応じて、光の勢いもやや衰えが見えていた。
(一気に決めるぞ、シャウティアッ!)
《うん!》
力強い返事を聞き届け、イナは今一度戦意を燃やし光の剣を構え直す。
同時に体を包む薄緑の光も勢いを取り戻し、未だ戦えることを敵に示して見せた。
《叫んで、イナッ!》
「シャウトォォォ――――ッッ!!」
即座に絶叫で応え、イナは手前のエイグに向けて地を蹴り、推進器を噴かせて加速する。
何故か回避も、防御もする様子がない。
今ここにおいては、彼だけに動くことを許されているかのような状態。
時が止まったのではない。
彼だけが、未来へと進む速度が変わったのだ。
「でぃりゃあぁぁぁッ!!」
精一杯の咆哮と共に剣を振りかぶり、力の限り振り下ろす。
意図的に搭乗者のいるコアは外しているが、肩からわき腹にかけての斬撃は首と体とを切り離し、間違いのない致命傷である。
イナはそれを見届けるまでもなく横へ突き飛ばすと、可能な限り勢いを殺さぬままに後方にいる最後の一機に狙いを定める。
身を屈め、跳躍の予備動作に入っているのが分かる。
ようやく危機を覚え撤退しようとしているのかは定かではないが、既にその動きはほぼ停止している。
ゆえに、隙だらけ。
「これで――」
今度は、腹部を狙う。
地面と水平に構えた剣を両手でしっかりと掴み、速さだけを求めて力を籠める。
最後に推進器で思い切り接近すれば、あとは横向きに一文字を描くだけ。
「――最後だぁぁぁッ!!」
音もなく、手ごたえもなく。
ただ、光が物体を通過したというおぼろげな感触だけがイナの手に残った。
のち。
僅かな時間を置いて、エイグの上半身が傾き下半身と共に崩れ落ちる。
終わった。その実感が、イナの肩に乗っていた重荷を引き下ろす。
――には、まだ早かった。
《気を抜かないでッ! まだ動いてる!》
「ッ!?」




