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第1話「逃避、あるいは後悔の強制」:A1

 瑞月伊奈(イナ)は半裸のまま、自室のベッドで息を乱していた。

 夏による高温多湿の空気だけが原因ではない、高い体温が煩わしい。


 ようやく薄暗くなる時頃らしいが、網戸からは依然として湿った温風が入り込んでくる。


 朦朧としていた意識から靄を取り除けば、彼は自身の手を汚しているものが紙コップを満たしていることを認める。

 最初に沸き上がったのは、「またか」という呆れ。

 次いで、「動け」という自身への励起の言葉。


 自分を追尾するようにセットした扇風機のスイッチを入れながら、イナは乱れた服を着直す。

 手を拭いた吸水シートを紙コップにいくつか突っ込んで紙袋に仕舞い、「7月分」と書かれたゴミ袋の中に捨てた。

 そこには既に、ほかに9つ捨てられていた。


 ――数だけは立派なようで。


 表情を変えないまま鼻を鳴らして自嘲すると、彼は手の汚れを洗い流すべく部屋を出て洗面台へと向かう。

 やたらとざらつくような感覚は、水流だけではなかなか落とせなかった。


 ――最低だな。幼馴染でする(・・)とか……


 彼は鏡に映る自分にふと、他人を非難するような視線を向ける。

 しかし、その言葉は彼自身に向けられたもので間違いない。

 それでも彼は、目の前の自分が自分ではないという錯覚の中にあった。


 それが矛盾だと、どこかで分かっていても。

 何か(・・)がおかしいとわかっていても。


 ――仕方ないだろ。好きなんだから。


 彼は自問自答する自分が、むしろ自然なことであるかのように思えていた。

 何せ、彼は抱く意思の全てが本音である自信がなかったのだから。


 現にその瞳の奥に、正体を隠しているように。


「イナ、ご飯よ」


 落ち着かない気分のまま自室に戻ろうとしたイナを引き留めた声は、一階にいる母・瑠羽のものだ。

 どうせ部屋に戻ってもネットサーフィンをする程度だったため、彼は物臭そうに頭を掻きながら階段に向かった。


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