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第4話「絶望に抗う、それは響き」:A1

 PLACE日本支部・エイグ格納庫。

 イナのシャウティアを含む20~30機のエイグを二列に並べているそこは、敵による攻撃以外での倒壊による危険などを考慮したことにより建造物の高さが抑えられ、地上露出部分は6mに抑えられている。

 それに加え、実際にこの高さでも倒壊しても問題ないように、周辺には常に人のいる施設は一つを除き特に設けられていない。

 地上からの入り口に続く細い通路は各エイグの胸部の高さに合わせられており、通路から直接、操縦スペースであるコアへの迅速な搭乗を補助することを目的としたものだ。


 そこには今レイアと他のPLACE隊員が数名、エイグを駆ることのできる者達が集っていた。


「――では各員はエイグに搭乗後、順次出撃」


 了解、という揃った声が、格納庫の中で反響しレイアの耳へと届く。

 体格も別々だが男性の声多い中で、元気のよい少女のものがひとつ紛れていることには、未だに違和を覚えてしまう。

 しかしエイグに乗ってしまえば性別も体格も気にしたところで仕方ないため、小さく息をついてすぐに気持ちを切り替える。


 自分も準備をしようと、傍に立つ紫の巨体を見上げる。

 シフォン。彼女のエイグだ。

 各所に設置した小型推進器による柔軟な姿勢制御と、背部に装備した大型推進器による飛行を可能とした、空中での機動力に重きを置いている機体だ。

 一方で無駄な装甲を省いているため、防御面は通常のエイグに比べやや劣っている。

 加えてセミオートとフルオートのライフルを両手に各一丁ずつ携え、決定打となるような武装はないものの、彼女の技量でそれはある程度補える。

 それ以前に、そもそも他機との連携が前提にあるため、一騎当千を目的とはしていない。


 また、個人の戦闘スタイルに合わせてカスタマイズされただけあって、それを受けていないエイグよりも直感的に、軽快に動くことができる。

 結果として、より多くの敵を倒すことができるようになったのだが――


「ごめんなさい、遅れまし……あれ?」


 あわただしい様子で現れた少女の方に、貼り付けたような険しい顔を向ける。

 妹――いまは部下の一人である彼女、シエラに。

 彼女はレイアの方へ駆け寄りながら、ほかに隊員がいないことを怪訝に思っているようだ。


「既に出撃準備を始めている、急げ。じきにハッチも開く」

「あ、えと、ごめんなさい……」


 肩でするほど乱れた息を整えながら、シエラは頭を下げる。

 この場においては姉妹ではないことをよく理解しているからこその言動だろう。

 わかっていても、レイアはこればかりは未だに慣れていなかった。


 ――仮にもエース呼ばわりされる人間が、これではな。


 自嘲の表情を抑え込んでいる間に、ガタンと大きな音と振動が彼女らの体を揺らす。

 それらに慣れているレイアは、確認するように天井を一瞥した。

 シエラも彼女に合わせて見上げてみれば、分厚いシャッター状の天井が段々と解放される壮大な様子が展開されているのが認められた。

 その向こうには、今にも降り出しそうな濁った雨雲が空を覆っているのが見える。

 次いで天井だったものと共に、施設を構成する壁が地上と同じ高さまで下降していく。


『ハッチの展開を確認。エイグ隊、順次出撃を』


 女性オペレーターのアナウンスが響くと、青と白を基調に塗られたPLACE仕様のエイグが何機か通路から離れ上昇を始める。

 床が徐に移動し、地上と水平になるまでに迫りあがっているのだ。


「敵は各3機と4機の部隊が二方向から。3機の方は私とアヴィナで対応する。お前は4機の方、8機編成のタチバナ隊に同伴しろ」

「うん……じゃなくて、了解!」


 慌てて言い直すあたり、シエラはやはりまだこの空気に慣れていないようだ。


「急げ、置いて行かれるぞ」

「は、はい!」


 威勢よく応え、シエラは自分の機体がある方へと駆けだしていく。

 その背を見送ったレイアは、研ぎ直した瞳でシフォンの相貌を捉える。


 ――開けてくれ、兄さん(・・・)


 視線だけで訴えると、シフォンは応えるかのように目を淡く光らせ、胸の突起した装甲を展開する。

 獲物が自発的に口の中に入るのを待つ獣のようだと多くの者が思うだろう。

 レイアは手すりを外してそこへと飛び乗り、巨大な球体に触れてその内部へと入り込む。


 《おかえり、レイア》


 コアの出入り口と装甲が閉じていくのを感じるレイアの頭の中に、聞き慣れたAIの声が響く。

 不快などとは程遠い爽やかさと同時に、声の主が優しい人物であることが直ぐにわかる――しかし、今はもう聞くことはかなわない。

 レイアは静かに頷いて、それを返事の代わりとした。


 《AGアーマーを展開》


 全身に呪いがかかったかのように、分厚い毛布を被せられたような感覚が伝わる。

 しかしそれは、頭から多量の水を浴びる様に、すぐに消える。


 《各部位・弾薬数・推進剤残量確認、ノン・プロブレム。搬出開始》


 エレベーターで上昇する時のような緩く重い感覚がレイアの体を襲う。

 これからもっと強いものを感じるのだ、この程度は彼女にとって大したことではない。

 地上に出て今度は体が浮き上がる感じを覚え、彼女は息をついて気を引き締め直す。

 近くでは何機かが既に部隊の点呼を行っており、あとはシエラだけのようで、視線を動かしてみれば、ちょうど搬出が始まった頃らしい。

 その手には黒く光るセミオートのライフルが握られている。


 《アヴィナちゃんとの通信接続を確認、問題なし》

(では、行くぞ)

(あいあ~い)


 間の抜けた返事を聞き届け、レイアは一抹の不安を抱えながら、背部の推進器を噴かせた。

 その下方で、頭の悪さを露呈したような重装備の青いエイグも地面を滑るように走り出していた。




 出撃から十数分が経過した。

 レイアとアヴィナはもはや人影の一つもない、廃墟の並ぶ街を通過しているところだった。

 二人の向かう先には、辛うじて人の手が加えられず緑を残した山が見える。

 起こっていることと言えば、シフォンの分厚い装甲を小さな雨粒が撫でていくくらいだ。

 人間で言うインナーに当たるエイグの黒い肌に触れたとしても、冷たさも、当たったという感触もなく、戦闘に影響はない。

 落雷が激しかったり、猛吹雪であったりすれば話は別だが、雨が降っている程度であれば射撃の精度もそう落ちはしない。


 ――『ブリュード』でもなければ、な。


 現時点ではその報告を受けていないが、仮に『彼ら』だとすれば、天候がどうあれ不利が加速するばかりだ。

 日本支部の、否、PLACE全体から見ても大きな戦力を失う可能性まである。

 今までそれを行ってきていなかっただけで、今日その日が来たのだとしてもおかしくはない。


 《レイア、落ち着くんだ。彼らは常に2機のみで現れるじゃないか》

(だとしても――)

 《ミシェーラが心配なのはわかる。けどそれを気にしすぎていては、大事に至るのはおまえの方だ》

(……いまはシエラだと、何度言えば)

 《おまえが家族を想っている証拠さ》


 疑似人格のAIには、意識の奥底に隠した本音すら見破られる。それだけならまだしも、これがお前の本音なのだとAIが皮肉めいた言葉で示すのだ。

 話せば話すほど、レイアは取り繕っている仮面をはがされていくような感覚に襲われる。


 《レイア》


 不意に彼女は、声音の変わったシフォンに呼ばれる。

 すぐに思考が切り替わり――むしろ、切り替えられたのかもしれない――両手に携えたライフルを握る手に力がこもる。


 《レーダーに敵機の反応を捕捉。情報通り、三つ――大丈夫、『彼ら』ではないよ》


 脳裏に浮かびあがる円の中に、外から赤い点が三つ入り込んでくる。

 そのいずれもが、大した改造のされていないエイグであるらしい。


(アヴィナ、狙撃準備。私が牽制する。狙えるようなら好きに撃て)

(ういっさー!)


 少女は元気に溢れる声を響かせ、レイアの下方で併走していた青い機体が減速しながら高層ビルの傍で停止する。

 その間にレイアは更に加速し、トリガーに指をかけて敵機に接近する。


(兄さ――シフォン。タチバナに繋げ)

 《接続完了。雑音、微弱》

(どうしました?)


 僅かなノイズ混じりに聞こえてきたのは、緊張感はあれど切迫しているほどではない男の、タチバナの声。

 まだ戦闘は始まっていないようだ。


(こちらはこれから交戦する。そちらの状況は?)

(まだレーダーに反応はありません。そろそろ見える頃かと)

(『ブリュード』の可能性は?)

(ないでしょう。それなら既に狙撃されているはずです)


 心配しすぎだという想いが、言葉にせずとも伝わってくる。

 レイアは自分でわかっていても、それを抑える余裕は持ち合わせていなかった。


(……数で上回っているとはいえ、油断はするな)

(わかってますよ、ウチの戦力は常にカツカツですからね)


 タチバナは呆れと諦めを混ぜた溜息を吐く。

 苦笑しているのは見なくても容易に想像できる。


 ひとまずは安心していいようだ。

 ただ、完全に心配を消し去るには、誰も彼もが技量不足であるのだが。

 それはレイアも同じだ。周囲と比べ相対的に上にいるだけで、絶対的に上というわけではないのだから。


(では、通信終わり)

 《接続解除。敵部隊、まもなくライフルの射程圏内》


(んじゃあ、いくよぉ隊長さーん)

(構わん、やれ)


 エイグの機能を用いずに、連合軍の所属であることを示す緑色の敵影を捕捉したところで、レイアは一気に彼らの直上へと突っ込む。

 見慣れた緑色の、連合軍の所属であることを示すエイグらは、すぐさまこちらに気づいて戦闘態勢に映る。

 それと同時にフルオートライフルの銃口を彼らに向け、まずは引き金を引いて開戦を告げる。

 無数の弾丸が彼らの装甲や周囲の地面に向かっていくが、咄嗟に防がれそのいずれも大きなダメージには至らない。

 すかさず敵機もライフルをレイアに向け発砲するが、その機動力の前には掠ることすらかなわず。

 彼らはレイアの銃弾を防ぎつつ、なんとしても直撃させることに夢中になっている。


(ば~い)


 その刹那、3機のうちの1機が何かに殴られたかのように吹っ飛んだ。

 左腕が綺麗に吹き飛び、地面に倒れ込んだ機体の口からは、遅れて悲鳴が上げられる。

 自身に襲う痛みと、実際にはあるのにエイグとリンクしているがゆえに左腕がないという空虚な錯覚に精神をすり減らされているのだろう。

 慣れることは難しいが、それを理解してしまえば案外と冷静に対処はできる。

 それができていないということはつまり、実戦経験がほとんどないと考えてもいいだろう。


「狙撃ポイントを割り出して攻撃、各個に対応! おい、早く起き上がれ!」

「あ、あぁあ、ウデ、ウ……ッ!」


 同情心を煽られるほど情けなく、生々しい唸りだ。

 味方であれば蹴っ飛ばしてでも戦域から離すが、敵であれば気にしてもしようがない。

 戦意が削がれてくれれば、そのあとは個人の勝手だ。


 明らかに動揺の波紋が大きな波になりつつある敵部隊の1機がアヴィナの駆る青いエイグのいる方角へ向かったところで、すかさずフルオートライフルの引き金を引いて軽い足止め。

 その隙にアヴィナが狙撃するが、自棄になったかのような地面に倒れ込む回避運動によって直撃は免れられる。

 片や、レイアはそれを見ているばかりではいられない。自分を狙ってくる敵機に目を向け、銃撃を避けながら高速で接近。敵機は太腿にマウントされた標準装備であるナイフを取り出し構える。

 むろん、レイアはそれに構うつもりはない。ナイフの届く範囲に入る前に減速し、脚部の小型推進器を噴かせて勢いを強制的につけ、胸を狙って蹴り飛ばす。力を込めた回し蹴りと同等か、それ以上の衝撃を受けた敵機はバランスを否が応でも崩され、また地面に倒れる者がひとつ増えた。


 さすがにあれでは致命傷にはなるまいと、レイアは今まで使っていなかった左手のセミオートライフルを構え、倒れているエイグに向けて数発放つ。

 弾丸は装甲に弾かれるものの、最接近して黒い肌に直接発砲しようとして――左から飛び込んできたもう1機がそれを阻止する。


「ッ!?」

「やらせるかぁッ!」


 よもや訓練を受けた兵士の動きとは思えず、レイアの表情に動揺の色が浮かぶ。


(確かにいつもより腕は劣るが――アヴィナ!)

(ちょいさーっ!)


 重い発砲音ののち、レイアにとりついた機体の右肩が吹き飛ぶ。


「もう一発だ!」


 レイアが振り払うように突き飛ばすと、敵機の左肩も宙を舞う。

 その間に左手のライフルを構え直し、首元の肌に向けたところで――異変に気付く。


 《もう、意識はない》


 確かに理解させるように、シフォンがレイアに伝える。


「くそ……」


 ライフルを下ろして戦闘態勢を解除しようとしたところで、両腕を失いよろめきながら立ち上がろうとする最後の一機が呻いた。

 もはや戦う力は残されていないようだ。


「割に合ってんだか……」

「拾ってもらえ。貴様らを助ける義理はない」


 返事はない。

 聞こえているのかどうも怪しい。

 怪訝に思いつつこの場を後にしようとすると、再び最後の一機が口を開く。

 エイグは搭乗者の表情までは真似できないものの、不思議とそのエイグは嘲る様に口を吊り上げているように見えていた。


「こうもキレイにはまるかよ……?」

「なにっ?」


 どういう意味かと追求しようとすると、最後の一機は何かの糸が途切れたかのように動かなくなる。


(……まさか)


 ゾッ、と全身が粟だつ。

 同時に浮かび上がった予想は、最悪でありながら、おそらく現実に起きている。

 それを誰かに伝えるよりも先に、レイアは推進器を乱暴に噴かせて飛び立つ。


 《アーキスタ君からの通信接続――完了》

(やっと繋がったか!)


 安堵と焦りを覗かせるアーキスタの声が、レイアの中に響く。


(どうした、ラル!)

(ジャミングらしきものを受けて、戦況がよくわかっていない! そっちはどうだ!?)

(こちらは既に終わった……ということは、やはり!)

(タチバナ隊とも繋がらない。通信する余裕もないのかはわからないが……)


 先ほどの3機は、普段戦う連合軍の兵士よりも技量が劣っている、とレイアは感じていた。

 その感覚が確かであるのなら、こちらは囮。

 3機であれば少数精鋭で、4機であればこちらは8機も出せば対処できると判断する――その考え方を突かれたのだ。


(すぐに向かう!)

(……頼む!)


 《接続解除。予測目的地までの距離、187.32km》


 まだその推測全てが現実と決まったわけではないが、2対1でも不利とならないほどの力を持った敵がいるのだとすれば。

 4機全員、そうだとしたら?


(日本を一気に占拠する気か……!?)

(そう考えるとちょっと数が少ないし、こっちもそこそこのウデの人を回すべきなんじゃ~?)


 いつもはマイペースな少女も、現状がすぐに把握できないわけではなく、既に移動を開始している。


(『ブリュード』のようなものが他にいてもおかしくはない……タチバナッ、そちらは!?)


 懇願するように呼び掛けるが、返事はない。


 《接続できない。意識を失っているか――》

(……考えたくもない!)

 《これ以上の通信接続もお勧めできない。気が散って、隙を生む可能性もある》


 奥歯を噛み締め、レイアは濁った負の感情をなんとか抑え込もうと努める。


 ――これ以上失ってたまるか。


 彼女の視線の先に、在りし日の地獄が映る。


 赤と黒だけで染め上げられたあの日。

 先ほどまでそこにいたはずの人間が、手だけを残して、瓦礫の中に埋もれて。

 その人間は、彼女にとっての心の支えであった人物で。

 非力な自分と、無知な妹を守ってくれた無二の存在で。


 そんな兄を失ってしまった時の、空虚な悲しみ。


 隊員一人を失ってしまっても、それに類する感情が再び湧き上がるに違いない。

 しかし、血のつながった家族であれば、話はまた別だ。

 それ以上が待ち構えていることは、想像に難くはない。


(間に合え……!)


 アヴィナを向こうに回すべきだったか?

 部隊の担当を変えるべきだったか?

 それともアヴィナにこちらを一任すべきだったか?


 様々な過去への提案が生まれては、すべて結果論だと頭を振って払う。


 ――一目で戦力や技量が計れない以上は、常に起こり得ることであったはずだ。


 ――それに、迅速にこちらを処理して援護に向かうことが可能な筈だ。現にそうしている!


 誰にというわけでもなく、レイアは自分を正当化しようと自分の心の中に言葉を溢れさせる。


(なぜ、今日に限ってこうも動揺している……)

 《複雑な事情を抱えた新入り君、アヴィナちゃんに比べて普通すぎるにもかかわらず戦意はある妹の危機、しかもそのエイグはまだAIの人格が未確定ときている。加えて兄の死が連想され、呼吸も不安定だ》


 全てが正解だ。

 だが、彼女はただ事実を知りたかったわけではなかった。


 《言ってほしいのなら言おう。おまえが弱いからだ、フェスレイリア》


 ためらいもせず、亡き兄の声で流暢にしゃべるAI。

 レイアの動揺は収まらないが、それが彼女に理性を保たせ続けていた。


 ゆえに、まだ終わることはできないのだと。




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