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第3話「理由」:A4

「えーと、107、107は……この先だね」

「それにしても、すごいよな。PLACEが建てたのか?」


 司令室と呼ばれる、アーキスタの自室からの帰り。

 ホテルの廊下を歩くイナは、隣を歩きながら案内するシエラに疑問を投げかけた。


「ドロップ・スターズの二次災害で起きた津波の被害を受けた、私立大学を使ってるんだって」

「……いいのか?」

「いい、らしいよ?」


 曖昧な答えを返すシエラ。

 どうやら詳しいことまでは知らないようだ。


「それにしても、私驚いちゃった。イナくんが別の世界から来てるだなんて」

「正直、俺もよくわかってないけど……」

「まるで物語の主人公みたい」


 主人公。

 その単語が、妙にイナの中で引っ掛かった。


 確かに、状況だけで言えば架空も顔負けの経験をしている。

 それこそ、未知の機体を駆り戦う様はまさに――と妄想が入り始めたところで、ため息が漏れる。

 戦意などない自分に、そんなことができるはずもない。

 その自嘲の念を込めた溜息だった。


「……こんなぱっとしない主人公じゃ、読者も飽きるだろうなあ」

「ま、まあ、ほら、例え話だから! ね?」


 ぎこちないフォロー。

 こんな返しをされるとは思っていなかったのだろう。

 そう思うと罪悪感も湧き出始め、負の連鎖が今にも起ころうと――する直前。

 シエラの足が、107の番号が振られた扉の前で止まったことに気づく。


「イナくん。ここだよ、ここ」

「あ、うん……」


 やや元気のない返事をしつつ、数歩戻る。


「そういえば、鍵は?」

「持ってないよ」

「え」


 当然のように言うシエラに、イナの口からは正直な一文字が飛び出す。


「だって、先に鍵を開けてもらってるから」


 何が何やらさっぱりなイナを差し置いて、シエラは扉をノックする。

 するとまじないの様に、即座に鍵が開けられた。

 そして開けられた扉の先には――


「おかえりなさいませ、シエラお嬢様、ミヅキ様」

「…………ええと…………?」


 扉をストッパーで固定したのち、丁寧に頭を下げたのは、長い白髪を揺らす女性。

 それだけでも随分と特徴的だというのに、その服装がさらに上をいっていた。

 この女性は、メイド服を身に纏っていたのだ。


 メイドの存在はもちろん知っていたが、だからと言って実際に見たことがあるわけでもなく、これが記念すべき最初の出会いということになる。

 そこで、彼が抱いた印象とは。


 挿絵(By みてみん)


 ――浮いてる!


 メイドと言えば架空世界における登場人物のイメージが強すぎるがあまり、いざ実物を見ると、どうしても非現実的なものとして脳が簡単に受け付けない。

 要するに彼の脳は今、軽くバグを引き起こしていた。


「えっと、イナくん?」

「え? あ、ああ! ゲンキダヨ!」

「ならいいんだけど……紹介するね。この人は、みんなのお世話をしてくれてるディータ」


 シエラからの紹介を受けて、女性、ディータは微笑みながら小さくお辞儀する。

 その時に見えた虹彩の色は――間違いなく、赤だった。


「姓はファルゾンと申します。契約関係にあるシエラ様とレイア様にお仕えさせていただいておりますが、他の皆さまのお世話もさせていただいております。以後お見知りおきをば」

「は、はあ……」


 細かい情報の処理は後に回すことにするようだ。

 イナはようやくバグが落ち着いたところで、まずは彼女の容姿をざっくりと観察することにした。

 スタイルがよく高身長、現実離れした肌の白さ、同様の色の髪、何よりその真逆の赤に染まった虹彩。

 メイド服はともかく、色の特徴だけで言うならば当てはまるものがあった。


 ――アルビノ、って言うんだっけか。


 該当する人物の画像くらいは見たことがあり、その時から非現実的だという印象を持っていたが、不思議とメイド服というものが合わさると、気にならない。

 メイド服がそのような効果を持っているのか、はたまた相乗的な効果が生まれたのかは定かではないが。


「レイア様に言われた通りに、食器の片付けと寝具の取り換えを済ませておきました」


 イナは思わず俺の部屋だろと言いかけたが、まだそんなことを言えるほど過ごしてはいない。

 だが仮にも年頃の男の部屋だ、あまり入るべきではないとは確かに思うが。


 ――ていうか、オートロックかかってる部屋に入ってるってことはつまり、鍵を持ってるってことだよな……。


 もしやこの組織において、プライバシーなど存在しないのではないか。

 ナニとは詳しく言えないが、イナは残念な感情を覚え複雑な表情を浮かべていた。


 するとそれを見逃さなかったディータが、失礼しましたと頭を下げる。


「思春期の男性の部屋に入るのは不躾でございましたね。しかしご安心ください、掃除中に刺激の強いモノは見つかりませんでした。それに、もしもご希望でしたら――」

「ちょ、ちょっとストップ!」


 慌てて言葉を遮ると、ディータはうっすらと笑みを浮かべる。

 一方でシエラは、何を話しているのかよくわかっていない風だった。


 イナはご希望でしたら何をしてくれるのかは気になっていたが、その時点でチカをどうこう言える資格などあるまい。

 そういうことに興味があるのは仕方ないのだろうが、もう少し抑えられないものか。


「では、私はこれで失礼いたしますね。御用とあらば、可能な限り応えるべくいつでも参りますゆえ」


 ――分かって言ってるな!


 挑発的な口調のディータに対し、イナはなすすべもなくされるがままだ。

 冗談のようなつもりで言っているように見えるが、本気で受け取られると思っていないのか、あるいは。

 明らかに豊満な物が目に入り生唾を飲みこんでしまうが、イナは再びチカを思い起こして邪念を振り払う。


 そんなイナを楽しそうに眺めていたディータは、廊下に出て道を開け部屋に入るよう二人に促した。


「……じゃあ、お邪魔します」


 イナが他人の家にあがりこむような文句で部屋に踏み入る際も、ディータの笑顔は崩れない。


 ――な、なんか、逆に不気味だな。


 これが彼女という人間なのかもしれないが、こうもじっと見られることに慣れていない為、背筋にかゆみを覚えて仕方がない。

 シエラの入室も確認して振り向くと、ドアのストッパーを外したディータがお辞儀をしながら扉を閉じようとしているのが見えた。


「では」

「ありがとう、ディータ」

「あ、ありがとうございます……?」


 シエラに合わせてイナも言ったはいいものの、何に感謝しているのかこの状況では勘違いされかねない。

 否、イナが勝手にそう思っているだけの可能性が高いのだが。


 ディータは崩れない笑顔を残して、閉じた扉の向こうに消える。

 部屋の中に、静寂が訪れた。


 改めて見てみれば、ベッドのシーツには皺ひとつなく、布団は雲でも詰め込んだかのようにふわふわだ。

 それにテーブルに置いたままにしていたお粥の器がトレイごとなくなり、代わりにクッキーと白いティーポット、カップが二人分用意されていた。

 行ったことは地味かもしれないが、ディータがメイドなのだということを再認識させられる。


「驚いた?」

「え? いや、まあ……」


 ディータのことだろうと思いながら、イナは椅子に座る。

 シエラも向かい側に続く。


「大丈夫。みんなそうだし、ディータも気にしてないから」

「なら、いいんだけど」


 付き合いの長そうなシエラが言うのだから、間違いはないのだろう。


「で、えっと。何を話すんだっけ?」

「何をってわけでもないけど……そうだな。俺って戦った方がいいのか?」


 すぐに思いつく疑問および心配はそれだ。

 戦いたいわけでもなければ戦う意思もまともに用意できていないのが今のイナだ。

 しかしいくら組織のリーダーが認めたとしても、タダで居場所を得るというのは申し訳ない気がしていたのだ。


「戦いたいなら拒まない、っていうのが基本的なスタンスみたい。そんなことを言ってられるほど余裕があるわけじゃないけど、日本支部は比較的戦闘の起こりにくい場所だし……」

「そうなのか?」

「日本って、自衛用途以外の兵器を持ってない平和主義の国だから。いくら国連の軍隊でも、なかなか武力を持ち込めないの」


 イナの眉根が寄る。

 シエラの言葉は、矛盾そのものだ。


「じゃあ、なんでPLACEの基地が日本に?」

「私も、お姉ちゃんから伝え聞いただけなんだけど。国連からPLACEへの対策の為に参戦を求められた日本の政府に、国連が信用できないってことを必死に伝えて、表向きは占領ってことにして守ってるんだって」

「……連合軍って、そんなに悪いことしてるのか?」


 追放された身であるがゆえに印象が良くないのは確かだが、野良エイグの保護やその搭乗者に役割を与えたり、それを利用して復興活動に勤しんでいるのは事実だった。

 というよりは、イナはその側面しか知らないのだ。


「復興活動をしているのは本当だよ。だけどその陰で、むしろ復興を妨げるようなこともしているの。正確に言えばそれを主導してる――国連事務総長、ファイド・クラウドが私たちの敵」

「……ふむ」


 とりあえず相槌を打つが、イナはその実態を知らないがゆえに情報として受け取ることしかできない。

 現に戦いが起こってイナも巻き込まれている上、一応は居場所をくれた恩人の仲間なのだから信じるべきだとは思っていても、やはり想像が及ばず納得には至らなかった。


「まあ、信じる信じないはイナくんに任せるよ。初めて聞かされる人だって、だいたい半信半疑って顔するもん」

「……ごめん」

「謝ることじゃないよ」


 彼女は、自分よりももっとつらいことを知っているかのような――そんな愁いを帯びた笑みを浮かべる。

 叱るというよりは、諭すような口調。

 イナは不思議と、シエラが自分よりも大人に見えていた。


「でも、私も、お姉ちゃんも、司令さんたちも。みんなそれを知ってるから、戦おうって思えてるの。戦わなきゃ、大事なものを守れないから」


 形があれば、とても持ち上げられそうにないほど重みのある言葉。

 真実を知らず覚悟もないイナは、自分がどうしようもない半端者に思えると同時に、疎外感も覚えていた。

 この少女と自分との間には、どれだけ近寄っても決して埋まらない溝があるということを。


「……強いんだな、シエラは……」

「ううん、まだ私なんて全然。お姉ちゃんのほうがずっと強いの」


 シエラは窓の外に視線を注ぎ、自嘲するように苦笑する。

 イナもつられてそちらを見れば、曇天が遠くからやってくるのが見えた。


「それでも、ここにいるみんなが好きだから。連合軍のやってることが納得できないから。今は弱くても、強くなりたいって思ってる」


 自身の弱さを理解したうえで、シエラは迷いのまるで感じられない調子で語る。

 そう、迷い――イナの心にまとわりつくものだ。


「お茶、飲む?」

「あ、ああ」


 しばしの沈黙を破ったのは、シエラ。

 慣れたような所作で紅茶をカップに注ぐ間も、二人の口が開くことはなかった。


「どうぞ」

「……ありがとう」


 差し出されたカップを受け取ったのち、イナは注がれた紅茶を見つめ、あることに気づく。


「どうかしたの? 何か入ってた?」

「いや……飲むの初めてだなって」


 名称は知っていたが、飲んだことはなかった。

 一旦思考をリセットするためにも、その興味に従って一口含んで舌に乗せる。

 が。

 イナは苦味とも、えぐみとも違う、彼の中にある語彙では表現できない何かを感じた。

 不味いのではないが、好んで飲みたくはない。

 そんな印象を記憶に刻むこととなった。


「どう?」

「ん、んんん……び、びみょう?」


 お世辞を言っても見抜かれそうだったので彼は素直に答えたのだが、それならいっそ不味いと言った方がいいようなコメントだった。

 本当に言うほど礼儀知らずではないが。


「ありゃ。じゃあ、無理して飲まなくてもいいよ?」

「いや、そこまでじゃないっていうか……」


 それをアピールするかのようにもう一口。

 依然、不味いと思うほどではない。


「そう? それならいいんだけど」


 言って、シエラも口に含む。彼女は平気なようだ。


「それで、何の話だったっけ」

「戦うとか、どうとか……」


 ふむとシエラは唸り、クッキーをかじりながらイナをじっと見つめた。


「さっき司令さんも言ってたけど、イナくんに戦う気はないんだよね?」

「……まあ」

「ああ、別に責めてるわけじゃないの」


 やや不愛想に答えたのが悪く受け取られてしまったのか、シエラは慌てた様子で謝罪する。


「でも、なんだか私には、イナくんは戦いたがってるようにも見えるの」

「俺が?」


 あながち間違いではないが、彼女がどのような意図で言っているかは定かではない。

 さすがにイナを見て、戦闘狂だとは思うまい。


「うまく、言えないんだけど。なんていうか――」


 シエラがなんとか自分の言葉で表現しようとしたその瞬間。

 この部屋の中に、けたたましい警報が鳴り響いた。


 非常事態であることは明らかで、不意のことで驚いたイナは臨戦態勢になる。


「な、なんだッ!?」

「敵……敵が来たんだよ」

「!」


 シエラは、神妙な面持ちで席を立つ。


「私、行かないと」

「あ、ああ。俺のことはあとでいいから」


 何かしなければと思いイナも立ち上がるが、何をすればいいのかわからずあたふたとする。

 シエラは強張った笑みを浮かべて部屋を飛び出そうとして、しかし急に立ち止まってイナの方に振り返った。


「シ、シエラ?」

「……イナくんは、どうしてエイグに乗ったの」

「え?」


 動揺の色を多分に含んだ声を上げたイナは、一瞬だけ思考が止まった。

 彼女の言葉は、確かに聞こえていた。

 だがなぜ今そんな問いを投げかけるのかは、イナにはやはり分からなかった。


 そんな呆けている彼を置いて、シエラは部屋を出ていく。


『敵機の接近を確認しています。出撃可能なエイグは至急、格納庫へ――』


 一人部屋に残ったイナの耳に、アナウンスの声が響く。


 ――さっきまで、ただ話をしていただけなのに。


 座っていた椅子の方に視線を向ける。

 飲みかけの紅茶に、食べかけのクッキーが放置されたままだ。

 イナはそこから、表現しがたいむなしさを覚えていた。


 ――雨雲。


 いつの間にかこの辺りをも覆い始めていたそれは、照明をつけていないイナの部屋から、明るさを徐々に奪い始めていた。

 架空の世界で、イナもよく目にした演出と似通っている。

 これから先に起こりうる不穏な出来事が、予告されているかのようだった。


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