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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第33話「死を以て尚も」:A1

 ――ディータ・ファルゾンを送りに来た。


 突如としてミュウが受信したのは、差出人不明の通信だった。

 迷惑メールの類は今更珍しくない、無視すればそれでいいのだが。

 無視するわけにはいかない理由があった。というか、この通信手段自体が理由だった。


 ともあれ、作業に区切りをつけて格納庫を飛び出し、夜空に紛れて此方に向かってくる輸送機を確かめた。

 ディータのセルヴァントを搭載したもので間違いない。

 問題は、傍を飛行する謎のエイグ。

 あんなものは覚えがないが、光を放っているその姿は――


(シャウティア?)


 よく知る、無二のエイグに似ていた。

 しかしあの反応とこれが同一でないならば。

 イナが向かったのが、ディータの方面でないとすれば。

 候補になるものの覚えが一つだけある。


(……黒い、シャウティア)


 世界中でその影が目撃されるも、正体の発覚には至っていない謎のエイグ。

 ドロップ・スターズの中に入っていない、突如出現したエイグなど何体もあるはずがない。

 だが、確かに存在するのならば。

 何か大きな存在と繋がっていることは想像に難くない。


《ミュウ様、私は無事です。この方も、PLACEに危害を加える方ではありません》


 今度はディータが通信を送ってくる。そこに嘘はないようだが。

 イナに危害を加えないかどうかは、別だ。


 滑走路に乗り、ミュウのほかに出迎えに来た隊員らの前に、輸送機と黒いエイグが停止する。

 細部こそ異なれど、それは間違いなくシャウティアと呼べる意匠だった。


『夜分に失礼する。テュポーンズのエイグと相打ちになりかけたところを救出した。目立った傷はないがひどく消耗している、よく休ませてくれ』


 すぐに隊員らがストレッチャーを持って輸送機に向かう。

 彼女については、あとで見舞いに行けばいいが、やはり。


 鋭い視線で黒いシャウティアの双眸を見上げる。

 駄目元で通信を申請してみると、意外にも許可された。

 だがやはり、疑問はぬぐえない。


(……これ、知ってる人ってアニキとディータくらいなんだけど?)


 久しぶりの感覚に手探りながら対応する。

 これは、他のエイグ乗りがやっていることと同じだ。

 思考による通信。

 つまり――ミュウも、エイグと契約している。

 そこに至る過程は事故のようなものだったが、戦闘など向いているはずもないから。それに従兄であるアーキスタの助言もあり、今日まで戦わずにいたし、戦えと言われずに済むように隠してきたのだ。


 なのに、黒いシャウティアの主はこのことを知っている。

 行方不明となったアーキスタ……にしては、声が低すぎる。先ほどの声は中年くらいのイメージだ。


『警戒させてしまってすまない。ただ、君に――君達に危害を加えるつもりはない』


 どことなく優しさや穏やかさの感じさせる声音。嘘は言っていないようだが、初対面の人間に向けられる温度感ではない気がして、気持ちが悪い。

 あるいはPLACEの暗部で活動している秘密のエージェントか何かか?

 こんな時世だ、まったく突飛とも言えないが、シャウティアと同一のものだとしたら、それを活用しない理由がわからない。


 だとすれば、やはりPLACE、連合軍、テュポーンズに次ぐ第4の陣営。

 ……そこに属している筈のチカはどこだ?


「――待って!」


 噂をすればか、彼女は息を切らしながら駆けてきた。


「あなたは……イナは……ええと……!」


 突然の来訪に考えがまとまっていないのか、呼吸も整っていないのも相まって上手く言葉にできていない。

 だが、この必死さは本物だろう。


 黒いシャウティアは視線を逸らすように頭を動かして、一拍を置いてもう一度チカに向き直る。


『……セイジとルウは、元気にやっていたか』

「っ……」


 知らない名前だが、チカには何か重要な物らしい。

 ひどい衝撃に動揺し、余計に言葉を詰まらせている。

 しかしすぐに深呼吸して、呟くように応えた。


「……はい」


 スカートの裾を握りしめながら喋るところなど見たことがない。

 もしかしなくても、いまの彼女にイナを支えるほどの精神的な余裕は、本当はないのではないか?

 イナのシャウティアとコンタクトを取った時もそうだった。


『どうしても手が回らない部分はなるべくサポートする。イナを頼む』

「あ……!」


 チカが本題を切り出せないまま、黒いシャウティアは背を向けて飛び去って行く。

 こちらからの通信も――返答がない。


「………」


 藁にすがろうとして、当てが外れたような空虚感。アヴィナのような洞察力はミュウにないが、それでもわかるほどにチカの表情に出ていた。


(……この子、思っている以上に)


 かなり、孤独なのではないか?

 ここが彼女らにとって異世界であることを差し引いても、イナの補助に固執するあまり周囲との関係が疎かになっているし。

 イナに詳細な事情を伝えられないもどかしさが、イナの不信感を誘っている。

 おまけに協力者と思しき人物はにべもない。

 子供を遣っているくせに、扱いが雑すぎる。


《ミュウ様、申し訳ないのですが、機を見てチカ様を連れて来ていただけますか?》

(どいつもこいつも勝手に飛び出してどっか行って、勝手なことね)

《心労の種となっていること、申し訳なく思います》


 その人にしかできないことや、その人がやらねばならないことがある。咎められよう筈もないが。


(待たされている方の身にもなってほしいわ。……いや、やっぱなし)


 自分のせいで余計なことを考えさせて集中できなくなる方が嫌だ。

 こんなわがままを言っている場合ではないのだから。

 いずれ死別する事すら、覚悟しなくてはならない。

 ……否。したくないに決まっている、そんなことは。


《先にアレット様と、旦那様も来室されるかと思います。お待たせして申し訳ありませんが》

(帰ってから休まずに現状把握に時間割こうってんでしょ? 急かすなんてできるわけないでしょ)


 頭の中でディータが微笑む。見えたわけではないが、そう感じた。


《時間があまりないようですし。私も、もう戦えそうにはありませんので》

(そう……いいことね)


 強がりを言っている自覚はあった。

 それでも、そういう物言いの人が一人は居た方がいいと、自分で正当化する。


「ディータが後で来てほしいみたいよ」


 某全気味のチカに声をかける。

 すると彼女は不思議そうに眉をひそめた。


「今、運ばれてたけど……?」

「エイグ乗りは口だけでコミュニケーションしてるわけじゃないのよ」

「それって――」

「詮索するようなことじゃないわ」


 親切さが足りない自覚はあるが、話したいことでもなければ、話して役に立つようなこともない。

 ワガママだとはわかっている。

 例の推進器――シンフォニアの解析作業も、エイグの力を借りればもっと効率よく進められたかもしれない。もっとも、脳と直結しているもので鹵獲機の解析をするなど危険すぎるが。

 ともかくこれは、忌まわしいものなのだ。

 半端な力を持ってしまったことによるコンプレックスそのものなのだ。


 チカもそれをわかってか、その余裕がないのか、これ以上の追及はなかった。


「とりあえず、作業を続けるわよ。もう少しで接続解除できそうなんだから」

「……うん」

「ディータのエイグの格納作業もあるから、気をつけなさい」


 言った傍から、作業用の無装備エイグが格納庫から2機姿を現した。

 所詮格納庫と言っても、どこも巨大な倉庫のようなものでしかない。

 一機毎のハンガーはあるものの、自動で納めてくれるような便利な機構がない以上、動けない機体は手作業で運ぶしかない。


 2機のエイグに抱えられていくディータの――セルヴァント。

 大きな損傷はないものの、その意匠の異質さは嫌でも目に付く。

 戦意を失い手隙になった人間を動かすことで、短期間でのカスタマイズを実現したとは言うが。

 乗り手はそもそも、戦闘に慣れている人間ではなかったはずだ。

 いくらトンチキな装備を整えたとて。


(……あの黒いシャウティアとの関わり)


 その助力があったとすれば、一応は納得できるが。

 もっと――彼女が語っていない重要な事柄がある。


 それがチカにもつながる事であれば、急がなくてはならない。

 何かが手遅れになってしまう前に。




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