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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第32話「等しく散りうるのだから」:A3

 遠くで響く銃声に、レイアは意識を取り戻した。

 どれだけ時間が経過していたのかは分からないが、口の渇きからしてそれなりに経過しているようだ。


 思考が回らない。何が起きている?

 反射的にこめかみに指をあて、エイグに問いかけようとしてしまう。

 だが、その意思が途切れる。


(把握して、何ができる)


 日の浅い子供にすら負けた人間に。

 大方、テュポーンズが態勢を整えて再攻撃を仕掛けに来たのだろう。

 あるいは連合軍が漁夫の利を得に来たのか。

 いずれにしても構わない。ついでに自分を処理してくれればいい。


 ――シエラがいるのに?


 僅かに残った理性の囁きに、胸が跳ねるように痛む。

 感情が濁流のように自分を責め、動かない自分を突き動かそうとしてくる。


(シエラの方が強いだろうが! それにエイグも修理されていない! 『ブリュード』も来ていた!)


 自分を正当化する言い訳にも聞こえるが、事実でもある。

 負い目の多さが正常な判断力を奪っていた。

 いずれにせよ、このままベッドの側面にもたれかかっているだけでいい。


(……シフォン、聴覚を――)


 状況把握などさせず、何も聞こえないように命じようとしたところで。

 部屋の扉が、あまりに乱暴に蹴破られた。

 静かに待つまでもなかったのは幸運かもしれない。


 ――本当に?


 その声が本音かどうか考えるよりも、蹴破った犯人の認識が速かった。


「手ェ貸せ! 白兵戦だ!」


 等身大の蒼いエイグ。その姿は見覚えがある。

 ゼライド・ゼファンの駆るヴェルデだ。


「……私は……」


 乾いた唇を噛み、俯く。


「チィッ!」


 レイアが煮え切らない間に敵が接近してきているのか、部屋の外に身を乗り出してマシンガンで迎撃する。

 対して相手の攻撃は大人しいとすら言える。弾の様子からして装備はそこまで良いものではないようだ。

 ならば、余計にブリュードともあろうものが、わざわざレイアの手を借りる必要があるとは思えない。


「ザコだらけだが数が多い! 自爆だってやりかねねえ!」


 言った傍から、離れた場所で爆発音が連鎖する。

 ゼライドが爆弾を使用したのか、ゼライドの懸念が現実のものとなったのかは不明だが。


「てめえがやんなきゃ無駄な犠牲が出るぞ!」


 手が震える。

 無神経なゼライドに怒りが湧いてしまっている。

 そこまで言うのなら、手を貸した後で楽にしてくれるのか?

 誰にそんな保証ができる。


「妹が死んでもいいのか!?」

「――ッ!!」


 思考するよりも先に動いた。

 鈍った体が軋むような痛みに顔をしかめるが、知ったことではない。

 手癖のようにシフォンのAGアーマーを展開してライフルを抜き、部屋を飛び出す。


「ゾンビみてえのは全部敵だ! 逃げてるのは連合軍だと思え!」


 応える余裕はないが耳だけを貸す。

 生身の人間に銃を撃つのは初めてだったが、ここまで戦ってきて誰も殺していないとは思えない。

 今更、誤差だ!


 損傷の直っていない不完全な装甲のまま、レイアはイギリス支部の基地内を立体的に自在に駆け巡る。

 敵は多い、適当に撃っても当たる。

 ただ、少しずつ澄まされていく脳内で、疑問が生まれつつあった。


(……何が目的だ?)


『アレ』――人体実験場を、あるいはそれを見た者を処理しようとしているのか?

 だとすればもっと賢いやり方があるはずだ。

 否、ファイドが何を考えているか、はかりようもない。

 ただ、単純な襲撃ではないことは確かだ。

 どうせここに、救助の必要な人はいない。


『はぁぁぁぁぁーーーーっっ!!』


 思考を巡らせていると、外からエイグの口で拡大された声と金属の衝突音がビリビリと響いてくる。

 すぐにシエラだと分かったが。


《エイグも来てんだよ! 数は少ねえがイアルに護衛を任せてる! こっちに集中しろ!》


 自爆特攻すら辞さない連中を相手にしているのに冷静でいられようものか。

 エイグの戦闘に巻き込まれない保証もない。


《とりあえずエイグを目指せ! ここを放棄してフランス支部に行くぞ!》

「……ッ!」


 離れていたかった戦闘の感覚に拒絶反応がないことに苛立つ。

 振る舞いが人でないモノを撃っていることへの忌避感のなさ、そこに恐怖を覚えてないことにはさほど感情が動かないのに。


 否、考えている暇もない。

 数を減らしている間にも、また爆発音が聞こえてくる。

 方角から考えて――格納庫。

 やはり痕跡の処理が目的か?


(だとして……こいつらはなんだ?)


 ただの時間稼ぎにしては雑だ。AGアーマーを纏える相手に生身で行かせるものか?

 生身の人間を撃たせることへの心理的ダメージを誘っているのならば、軍人と戦いに慣れた人間ばかりなのだから、大して意味はない。

 だから、ゼライドはシエラをエイグに乗せたのだろう。


(……待て?)


 元々やる気のない相手だったが、妙なことに気付く。

 誰もレイアの方に攻撃してこない。

 銃を持つ者と持たぬ者がいるが、持っている者は皆ゼライドの方を目指している。

 裏切り者の処分?

 考えても誰も答えてはくれない。

 こんな歩兵に仕込むのなら、とても単純なことでありそうなのに。


《ボサッとしてんじゃねえ! 俺はいいから外出ろ外!》


 言うことを聞いてやったというのにやかましい。

 しかし、他人のことを機にしている暇がないのも確かだ。

 一時期世話になった場所をみずから荒らすことに抵抗がないでもなかったが。

 傍にあった窓を割り、暮れの空が包む外へと飛び出した。


 シフォンのレーダーは――生きている。敵エイグの数は、ブリュードの砲戦仕様機を除いて10。

 動きは……速いとは言えない。歩兵の運搬が主目的だろうか。

 基地内にもAGアーマーを纏っているものがいるようだが、こちらも妙な動きをしている様子はない。

 ともかく、歩兵の数が多い。


 ともあれシフォンの元に行かなくてはならない。AGアーマーを着ており飛べるとはいえそれなりの距離はある。

 ひとまず戦闘中の彼女らに連絡を取ろうかと考えて――止めた。

 合わせる顔がないだけだ。情けないと言われようが関係ない。

 それにどうせ、レーダーに変な飛翔体が映っている筈だ。


(動けるか、シフォン)

《各部動作チェック――インナーボディの修復は不完全ですが、駆動系は異常ありません》

(……そうか)


 AIが兄を模していなくなっている。

 いくばくかの寂しさはあったが、それに浸っている場合ではない。


 AGアーマーを纏う自身の脇腹に触れれば、最後にマルグリットに刺された箇所が残っていることを認める。

 これでよくコアを避けられていたものだ。


《推進剤残量40%。ヒュレプレイヤーの力があれば長距離の航行も可能です》

(ひとまず動ければいい。私が着くまでレーダー情報を共有しろ)

《了解》


 二度と乗る気はなかったのだが、それを補強する言い訳を考えている場合ではない。

 嫌でも体が勝手に動いてしまう。

 シフォンを破壊すれば、戦いの運命から逃れることができるだろうか?


《アンサー、推進剤と合わせてエンジンを意図的に暴走させれば可能です》

(……いい)


 拒んだ理由は自分でも明確にできない。否、したくなかった。

 自分にまだ戦意があることを、認めたくなかった。

 しかしエイグに乗ってしまったなら。手段を得てしまったなら。


(――余計なことを考えるな!)


 あちこちで爆発や発砲、巨体の衝突といった災害的な衝撃と音が響く。

 生身の人間が傍にいて長く持つはずもない。

 木々の枝葉を時々折りながらも、レイアは最短ルートで愛機の元にたどり着き、乗り込む。


(……こんな隙だらけのエイグを放置しておくのか?)


 テュポーンズの兵にそこまで考える脳がないといえばそれまでだが。

 何かを見落としている気がして、振り払えないでいる。

 しかし、目的は果たされた。


「こちら……シフォン! エイグ搭乗に成功した!」

「こちらイアル・リヴァイツォ、ゼライド・ゼファンの出撃を確認し次第撤退を始めます。戦闘が難しければフランス支部へ救援を要請してください」


 シエラからの返答はない。

 宙を駆けるように変則的な軌道を描いては、赤い目のエイグに忍者めいた奇襲を仕掛けている。


 満足に動けはしないだろうが、それでも動く的にはなるはずだ。

 レイアは起こした体のバランスを確かめながら、推進器を吹かしてシエラの傍に奔る。


 言葉を交わすのは避けたが、敵に信号弾を撒いて視線を誘導する。

 間もなく闇が包む頃だ、嫌でも光に目を奪われるはず。


 ――そう思っていたのに。

 彼らの銃口は、シエラを狙って離そうとはしなかった。


「なに……っ?」


 流れ弾はともかく、一切がレイアを狙っていない。

 先ほどもそうだ、敵に近いレイアではなくゼライドを狙っていた。


 これの意味するところは?


(私に、テュポーンズの識別が残っている!?)


 ありえない話ではない。先の戦闘以降、シフォンには何も手を加えていないのだから。

 だが、それだけではシエラとゼライドに集中する理由が不明瞭だ。

 二人だけに共通するもの。


「……!」


 あった。単純すぎて失念していたものが。

 ヒュレプレイヤーだ!


(ブリュード! 片割れはどこだ!)

『まだ基地内で……足止めを食らっているようです!』


 処分か、確保か。いずれにしても孤立しているのはまずい。

 救援に行くべきかと迷っているところで、基地の周辺で稼働するエイグの反応が増える。

 敵――否、テュポーンズと無関係の連合軍ならば頭数に入れられるはずだ。


(奴を迎えに行く、そちらはシエラの援護を!)

『……頼みます!』


 重装備のエイグよりは足が速いはずだ。

 レーダーを頼りに急いで基地の方へ戻り、乗ったばかりのシフォンを膝立ちにさせる。


「片割れ! 無事か!?」

「ッ⁉ なんで戻って来やがった!」

「お前こそいつまでここにいる気だ! 呼びだしておいて!」

「チッ……!」


 何か退きがたい理由があると顔に書いてある。

 今更寝返ろうとしているのではないだろうが、何かがあったのだろう。

 だが、それどころではない。


「狙いはヒュレプレイヤーだ! お前とシエラが退かなければ身動きが取れん!」

「……ああわかったよ!」


 置き土産に爆弾を撒いて基地を飛び出したゼライドを拾い上げ、彼のエイグのある方へと向く。

 刹那――眩しさとともに、そこにあって当然のものが、消え失せていた。

 あまりに一瞬の出来事で何がどうなったのかを認識するのが遅れる。


 自分の手が、高速の熱によってなくなっていた。

 痛覚が遮断されたのか、ダメージが伝わってくることはなかったが、そんなことはいい。


(ビーム兵器……!)


 その存在は、お喋りなマルグリットから耳にしていた。

 仕組みが分かっていれば対策も立てられるのではと思っていたが、甘かった。

 不意を突かれたと気づいた頃にはもう遅い。


 それより――手に乗っていた筈のゼライドは?


「……っ!」


 レーダーに反応はない。

 亡失の実感があまりにもなさすぎる。


「義兄様!?」


 動揺したイアルが動きを止める。

 連合軍のエイグも撤退戦に混じっているが、最初からシエラを狙っているのだとすれば。

 否、ここにいるエイグもただの囮だ。


 マルグリットの話が全て本当ならば――ビーム兵器の使い手はこの場にいる必要はない。

 イアルに発破をかけたとて、シエラに注意を促したとして。

 相手が『光』ならば、避けようがない。


(どうすればいい……!?)


 連射性については不明だが、隙ならいくらでもあるのだから、勝手に警戒させて集中を欠かせるには十分だ。

 既に敗北している。

 この状況になるずっと前から。


(……イナ)


 彼なら。

 どうにかできるかもしれないと思ってしまった。

 ともすれば彼もやられてしまうかもしれないのに。


 そして、彼はこんな僅かな縋りを無視できない。

 彼は来る。来てしまう。

 根拠のない確信は不安を滲ませていく。




 ――風が吹いた。


 絶響とともに、イナは確かに現れた。

 シエラに衝撃を与え、体をずらしはしたが。




 彼女の頭は、焼き払われていた。


「……!」


 エイグの頭部が破壊されたときの搭乗者の症状は様々だ。

 無事であるがエイグに乗れなくなったり、永久に意識を失ったり。

 前者ならまだいい。後者の症状が出てしまったら?

 たった今手の中で命が失われたばかりで、良い方に考えられそうにはない。


 そうして呆けている間に、動かなくなったシエラが落ちていく。

 反射的に受け止めに行くが、自分にはもう手がなく腕からずり落ちてしまう。


「間に……合わなかった」


 宙にいるイナの呟きで、周囲が静かになっていることを認める。

 皆、イナの絶響に目を奪われ、残ったテュポーンズは撤退を始めていた。

 シエラを狙わせまいと足止めしていたテュポーンズのエイグも、この機を見計らったかのように動きを止め――


「――自爆する気か!?」

「ッ! シャウトォッ!!」


 レイアの声でハッとなったイナが、絶響現象でテュポーンズのエイグを弾き飛ばしていく。

 距離を無理矢理作ったとはいえ、その爆発に辺りが急に朝を迎えたかと思うほど明るくなる。

 それはすぐに収まったのだが。


「……PLACE、状況の終了と見受けた。こちらも撤退する」


 代表者らしき連合軍のエイグに、返答するものはいない。

 そして今度こそ、沈黙が訪れた。

 誰も、何を切り出すこともできない。


 レーダー上ではシエラのエイグ――ファタリテは稼働を続けている。ただ、シエラからの反応がない。

 この状況で死を連想するなという方が無理があった。


 絶望、虚無、悲しみ。

 静寂がそれらを加速させる中、PLACEの輸送機が彼らを回収したのは、夜が深く更けた頃のことだった。




 ――私はまた、何もできなかった。



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