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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第32話「等しく散りうるのだから」:A2

 ――セルヴァント。

 それが、ディータ・ファルゾンの駆る、宙に浮く花嫁の名前である。


 イナらにも秘密裏に自身のエイグを改造させ、いずれ起こる自身を狙った敵との戦いに彼女は備えていた。

 扱いきれるかどうかなど一切考慮していない、子供の空論を可能な範囲で実装した機体である。

 整備や開発設計班にだいぶ苦労はかけたし困惑もさせたが、その甲斐は十分に発揮されている。


 激しい廃熱のドレスを纏いながら、周辺を飛行する戦闘機『バレ』を12機従え、迫る脅威を否応なしに撃滅していく。

 自身への攻撃はバレの装甲で防ぎ、その間に手隙のバレで攻撃する。

 バレの装備も装甲も推進剤も、損耗した傍からヒュレ粒子が集い再構成される。

 シャウティアとは違う方向での異常性。

 ここに彼女の味方がいればこれほど頼もしく思うこともないだろう。

 だが、そんなものはいない。

 彼女の周辺にはテュポーンズのみ。


 そしてそれも、瞬く間に僅かな数に削り取ってしまっていた。


「……用意した設備と部隊をこうも台無しにされては、笑いが零れそうだ」


 ゆらめくように移動するディータの赤い視線が、指揮官のエイグを捉える。

 エフゲニー・グラウディン。

 中年の男性で、ドロップ・スターズ前から戦地で活動していたようだ。

 彼の根幹にあるのは――ヒュレプレイヤーへの執着。


「噂が本当なら、私の心の中など。私の忌まわしい過去など、とうに見通しているのだろう」

「………」


 あまり上手に話せるほどの余裕はないが、それが把握されているからといってこちらの優位は揺るがない。

 それに、この場での勝敗には価値がない。

 エフゲニーもそれを理解しているのか、自分が劣勢であるとしても足掻く気配はない。

 否――ディータが戦闘慣れしておらず自身に無理を強い、消耗することをかすかに狙っている。

 ヒュレ粒子の濃度にも注意しなくてはならない。下手に実体化を繰り返せば、無敵に見える戦法も限りがある。


(……セルヴァント。バレを哨戒モードへ)


 廃熱が抑えられ、それとバレで隠していた貧相なボディが見え隠れする。

 自身も地上へ降り、エフゲニーと対等な視点で対峙した。


「なぜいつも、お前たちはそうなのだ」


 心中を読まれていると分かってなお、エフゲニーは吐露し始める。

 否、感覚として分かるものではない。彼はただ、ディータがそういう能力を持っているという話を聞いているだけだ。

 だから、言わずにはいられない。


「在るべき場所に亡く、願いを叶える道具に成り下がりもしない! ならばいっそ、発生するべきではなかった!」


 適切な言葉を見つけることはできなかった。

 ある程度予想していたとはいえ、いざ現実を目の当たりにすれば、ディータでも衝撃を受ける。


 ――エフゲニーは貧しい地域に生まれた。貧富の差を憎み、平等を訴えるために行動を起こした。

 だが、多少人を集めたところで世界は動かない。

 自分どころか、以後に生まれた子供すら富めることはない。

 既にヒュレプレイヤーを擁するものはそれを離さず、ヒュレプレイヤーを持たぬものは持つ者から奪おうとする。

 そうして、また貧しさが拡がる。プレイヤーに頼り、一瞬の富みを得る。


「星を食い荒らすだけに飽き足らず、自らを兵器にするなど……嗚呼、嗚呼、嗚呼! どこまで狂っている、この世界は……ッ!!」


 ディータの返答も待たない、独り言のような怨嗟。

 彼の心に生じた歪みがそうさせている。

 それをやったのは、ファイド・クラウドか。


 しかし彼の言葉に嘘はない。

 それが余計に、ディータに虚しさを覚えさせていた。


「だが……ああ、そうだ、君の犠牲を最後にこの狂乱は終わる、終わる……終わる!!」


 頭痛を抑えるように顔を手で覆い、見開いた瞳でディータを見据える。

 それは血のように赤く――自分を見ているようだった。

 こんなに不気味な瞳をして、今まで周りにどう思われていただろう。

 否、すべて分かっている。すべて視てきた。事実だ。

 だがそれが事実でなかったとしたら? この能力の完全性を誰が証明する?

 自分が誰にも愛されていなかったとしたら。


 そんな迷いの間に、手斧を携えて迫るエフゲニー。

 あまりに本能的で素早い動きに、理性では対応できない。


 ゆえに、既に体は動いていた。


「ク……ッ!」


 バレを手首のジョイントに接続して防御するが、暴力的な勢いに負けて体勢を崩す。

 ここで別のバレで迎撃、と思ったが、理性でそれを止める。

 続く猛攻への対策はなかった。

 彼をいたぶっているわけではない。

 ディータには、目的があった。

 衝動と言っていい。これまで感じたことがないほどの。


『――稼働可能な機体は射撃せよ!』


 手斧を振り上げるとともに視える、意志の流れと形。

 自分に向けられる、無機質な殺意の矢尻。


(セルヴァント、マリアージュ! 稼働率を上げなさい!)


 襲い来るエフゲニーへの目くらましも兼ねて、機体の各部から熱を激しく噴き出す。

 白いそれは傍から見れば髪を伸ばし、再びドレスに身を包ませたように見える。


「いつまでももつまい、そんなもの!」


 距離を問わない射撃からバレで身を防ぎつつ、猛攻を続けるエフゲニーの攻撃も避ける。

 少しずつ周辺のエイグを減らしてはいるが……彼の言う通り、長続きはしない。

 それで、いい。


 ――エフゲニーも意図を悟ったのか、不意に攻撃が止んだ。


 思考の混濁の後、彼は一つの結論にたどり着いた。

 そして心の底から、深い青の感情が湧きだそうとしている。


「……それが、狙いか?」


 レーダーの圏内から、エフゲニー意外のエイグの反応が消えた。

 今度こそ、二人だけになった。

 もうバレの補給も必要ない。

 ディータはセルヴァントを休ませ、バレを機体各部に接続して着衣していく。


 正直、ひどい頭痛で立っているのがやっとだった。

 余計な感覚はカットして、欲しい情報に大してのみアンテナを張る。


「単騎でここに向かったのも、異様な戦い方をしていたのも、私とまともにやり合わないのも」


 彼の手から、手斧が離れる。


「慣れない戦闘で自身に負担を強い、ただでさえ短い寿命を縮めてまで?」


 体勢を崩し、膝をつく。


「君の体があれば、私は――私たちは、それでいいというのに?」

「……それで、世界は良い方へ向かうのでしょう?」


 エフゲニーの体を、青い感情が包んでいく。

 結局、こんな時にまでこの目を疑う余地がない。

 ファイドに狂わされたとしても、エフゲニーの中には拭えないものがあった。


 ――ディータの親族の遺体を、ファイドの研究のために度々回収していた負い目。


 世のため人のためと言い聞かせながら、自分の無力さに理性が曖昧になりながら。

 それが答えに近づく唯一の手段だと、思考を停止してしまった。

 彼を責めることは、できない。


「向かう、向かってもらわねば私は何も報われない! 世界は変わらない! 地獄が拡がるばかりだ! だが……!」


 意識を飛ばすまいと、ディータはなんとか瞼を開いて彼の心を見据える。

 元は真面目な人間だ。ファイドの誘いは魅力的であったが、どこかでその歪みに気づいていた。

 気付いていながら、他の答えにたどり着くことができなかった。

 彼の無力だけが原因ではない。

 この世界が、既にいびつであったから。


「私は……どうすればよかった……? 君達ならば正しい答えを出せるのか!? カチュアを、ビートを、ハジーを! 皆を救えたのか⁉ 救えるのか⁉ ヒトがヒトを造り管理する禁忌を犯さずして! 異常な力を持つ者と持たぬ者とで共存できると⁉」

「………」


 ディータは、あらゆる答えが分かるわけではない。

 ゆえに、涙混じりのエフゲニーには何も伝えられることがない。


「私が間違いならば示してみせろ! 私が正しいならばここで朽ち果てろ、『奇跡の子』! そして……新世界の礎となれ!」


 彼はディータを責めるような口調でありながら、縋るものを求めていた。

 嘘でもいいから、答えを求めていた。

 疲れていた。

 それが彼の本当の思いなのかもしれない。

 二つの相反した感情が矛盾を生みながら、彼を無理矢理突き動かしている。


 なら、せめて彼を救おうというのならば。


「……ご苦労様でした」

「な……」


 腰を落とし、囁くようにエフゲニーへ伝える。

 込めた思いがどこまで通じるか分からない。自分の意図がどこまで伝わるかも。

 それでも、言葉にしなくてはならない。


「あなたは、自分の正義を信じここまで来られた。誇らしいことです」

「何を、言っている」


 敵であり、捕縛の対象であるディータの言葉に、エフゲニーの心が揺れている。


「あなたのその迷いが全てを語っています。簡単に解決できる問題ではないこと――私達があなたの迷いを強めてしまっていることを」


 世界的な貧富の差は勿論のこと、この戦争によって更なる問題が浮上してしまっている。

 ヒュレプレイヤーの、戦闘への利用。

 兵糧を生みだすのではなく、兵器を生み出す。

 シャウティアという絶対的な力に隠れているが、その力は有効に利用できればかなりの脅威である。ゼライド・ゼファンがいい例だ。

 ゆえに、勝利のために『増産』しなくてはならなくなる。


「私が勝つことで、その価値がさらに高まってしまう。あなたを退けても、テュポーンズの攻撃は止まないでしょう」

「……ならば……」


 エフゲニーは震えた手で、太腿にマウントされたナイフを取り出す。

 ならば、ディータを生贄に差し出し、ファイドを勝たせればいい。それで、全ては丸く収まる。

 その手段が悪魔的であったとしても。


「希望は、あります」

「まだ……そんなことを言うのか!」


 ナイフを握る手に力が入り、両方が軋みだす。

 それでもディータにそれを突き立てないのは。


「……希望があるならば、信じたいのでしょう?」

「ッ!」


 視なくてもわかる。

 感情を操作されていてなお、ファイドの意図通りに動けていないのは。

 そんな方法で人類が救われてはならないと、残った理性が抵抗を続けているからだ。

 そういう調整を施されたのか、ファイドの操作が完全なものでないかは不明だが。


「……『紅蓮』」

「彼が敗北を喫したのなら、希望は潰えます。そうなれば、あなたの望む均衡のとれた世界は訪れるでしょう」

「……『紅蓮』が勝てば?」

「人々が自ら選び取った未来を進んでいくでしょう」


 残念ながら、その過程に争いは生まれるだろう。

 余計な犠牲も生まれることは想像に難くない。


 自分が綺麗事を言っている自覚はある。

 あまりにも、見えない部分を疎かにしている。

 だからこそ、エフゲニーもこの道を選んだのだろうから。


 彼の意志は、終には揺らがなかった。

 ディータの言葉に返すことはなく、ゆっくりと矛先を胸の奥にあるコアに見据える。

 そしてそれを振り下ろし――


「………!」


 その刃が、ディータを傷つけることはなかった。

 エフゲニーの腕は確かに勢いを残し、セルヴァントの装甲に打撃を与えている。


 ただその手は、数本の指を残し、枯れた花のようにひしゃげてしまっていた。

 先ほど、理性を超えてナイフを強く握りすぎていたのだ。


「……嗚呼、そうか」


 元の輪郭を失った右手を見ながら、エフゲニーはうなだれた。

 左手は残っている。その辺りに転がっている武器を拾えば、いくらでもディータを殺す手段はある。

 このまま持ち帰ってしまってもいい。

 いま迷いを払ったのなら、そうする事もできた筈だ。

 ――それに、遥か遠くで此方を狙う『光』もある。


 一応こちらもバレを動かせないでもないが、それでも勝ちの目は十分向こうにある。

 だが、彼がそれを求めないのは。

 目に見えて、心が折れてしまっていたからだ。


 自己矛盾に陥り、両方が本音に思え、どちらにも従いたくなり、どちらにも逆らいたくなる。

 無理矢理に片方を選んだかと思えば、失敗。

 ファイドの精神操作の影響か、激しい消耗に耐えられていないようにも見える。

 ともかく――彼に戦意はもう残っていなかった。


「……作戦の失敗を察知して、自爆装置が起動した。その薄い装甲では、タダでは済むまい」

「……然様ですか」


 エフゲニーという駒に込められたファイドの意志は、深くは感じられない。

 これが失敗しようが成功しようが、どうでもいいというように。

 ただひたすらに、場をかき乱す駒が欲しかったのだろう。


 ――イナなら、この状況をどうしただろうか? どう感じただろうか?


 彼にはアレットから援護に来ないように伝えてある。

『光』があるならば。彼を失うリスクを安易に選ぶべきではない。


 嗚呼、でも。

 彼ならば、エフゲニーを救えたのではと思ってしまう。

 彼に安寧をもたらすならば、自分は生きて帰らなくてはならない。


 しかし、体が動いてくれない。

 エイグの真の動力たる『炉』が、酷使によって枯れている。

 慣れない戦闘に、誰もやったことがない機動。

 自分も、最少の戦力で時間を稼げればと思っていたが。


 お互いに、無駄に終わるということだ。

 否、事が大きく揺らがなければ、今はそれでいいのかもしれない。


(……お嬢様は無事でしょうか。イナ様、アヴィナ様……)


 まだこちらの世界に慣れていないチカや、塞ぎこんでいるミュウのことも。

 できることならば、命が尽き果てるまで世話を焼きたいと思っていたが。


(……生きたい)


 そう思っていることに、思うようになってしまったことに、今になって気づく。

 エフゲニーの内側から熱が溢れ、光が弾けるその寸前に。


(……………)















 ――エフゲニーの姿は視界の外に追いやられ、上空で大きな爆発を生じさせていた。




(絶響、現象)


 異常事態に対しすぐに思い浮かびはしたが、傍にイナは感じられない。

 けれども、そこにいるのは彼にとてもよく似ている。


 漆黒のシャウティア。

 そうとしか形容できないエイグが、静かに佇んていた。


「……あなたは」

「あんたの役割はまだ終わってない」


 少年とは程遠い、落ち着き払った中年男性の声。

 しかしそれが纏う意志は――


(嗚呼、成程)


 おそらくはあえて開示している。

 彼は、自分と同じような役割を課されているから。


 しかし彼が姿を現したということは。

 状況は、ひっ迫している?


「余計なことは考えなくていい、本当に心炉が枯れるぞ」


 彼の手から翡翠色の光が自在に形を変え、彼方へと奔る。

 刹那、遠くにあった『光』の源が消えていた。


「輸送機を直す、データをくれ。余裕があるわけじゃないが、送り届けるまでは面倒を見る」

(……ありがとうございます)


 データを受け取った漆黒は、ディータを担いで遠くに不時着した輸送機へと向かう。

 虚ろな意識の中で、少しでも漆黒の搭乗者のことを探ろうと目を凝らす。


「……ロクなものは見えないだろ?」


 彼の言う通り――過去は汚れに溢れ、辛うじて希望にすがる感情が、弱弱しく明滅しているばかりで。




 全体の為に一部を切り捨てようとしたエフゲニーと、よく似ていた。






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