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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第32話「等しく散りうるのだから」:A1

 テュポーンズによって占拠されていたイギリス支部の調査からほどなくして、同様の目的で姿を見せた連合軍の小規模部隊。

 血の気の多いシエラを宥めながら慎重に対応したところ、自分が『ブリュード』のゼライド・ゼファンだと知るや否や、事はスムーズに動くこととなった。

 今の自分の身分に複雑さがあり、その説明でまたややこしいことになるかとは思っていたが。


「……事態が事態だけに、疑ってはいられません」


 エイグ乗りでもない歩兵が後方で扉を塞ぐように待機する中、広々としたエントランスの中心で、連合軍の代表者――グレイル・スレイドは目線を下に落とす。

 連合軍がどれほどの情報を得ているかは不明だが、PLACEだからと考えなしに攻撃してこないだけでも助かるものがある。


「現状、我々も指揮系統が混乱しています。一部では私のような佐官や将官が指揮を執るなどして対処していますが……」

「裏切り者だって殴り掛かられるよりはマシですよ。ファイドが憎いってんならできる限り協力しましょう、そんだけのことです」


 今まで上官といえば高圧的で面倒な人間ばかりであったため、こうもへりくだる質の人間には少し調子が狂う。

 元より、もう解雇されたようなものだから気にしなくてもいいのだが。


「それで……こちらで何か掴みましたか?」


 想定していたはずの問だが、息が詰まる。

 あれを無暗に伝えていいとは思えない。できるだけ、できるだけ言葉を選び、しかし事実は伝えなくては。

 こちらの隠せていない反応から、何もなかったとはもう言えないのだから。


「……ファイドによるものだろう、人体実験の現場を発見しました」

「人体実験?」


 グレイルの眉間に皺が寄る。

 ロクでもないことは伝わっただろうが、内容が気になるのだろう。

 世界をこんな状況にするような人間が何をするのかなど、想像が及ぶはずもない。


 ――ましてや、あんなことは。


「とりあえず、無事そうな人間を隔離はしたんですがね……見ないで済むならその方がいいシロモンです」

「……わかりました、ひとまずその件は保留とします。他には何か?」


 ちらと見た後方の兵士達に動揺の色が見える。

 一応は訓練された人間のはずだ、勝手気ままに喋ることはないが、視線の動きや表情の変化から読み取れる。

 うわさに聞く『ブリュード』が恐れるほどの何か――十分に動揺する理由になるのだろう。


「特段伝えるようなことはないですかね。こっちからも聞いても?」

「どうぞ」

「テュポーンズ蜂起後、内輪揉めはどのくらいあったんです?」


 グレイルの服についている階級章は大佐を示している。多少は軍を動かせる立場にあるだろうが、ここにいる人員はそう多くはない。

 外で待機しているにしても、ヴェルデのレーダーで見た限り輸送機が二つあるだけ。そう大規模なものではない。

 この状況であればそれだけ動かせるだけでも十分だとは思うが。


 問題は、蜂起後に軍内でどれだけの潜兵が動き出したか。

 ファイドのことだ、ゼロではないはずだ。


 グレイルは、そこまで読んでいるのだろう、という顔をしている。


「……高官含め、多くの兵が暴走したと聞き及んでいます。私の周りでもかなりの死傷者が出ました」

「そんで逃げてきた――とは、ちょっと違いますかね?」

「ある程度鎮圧したのち、駐屯地を臨時拠点としています。我々はこの周辺で戦闘が起きたという情報を得て、恥ずかしながら落ち着いた頃に様子を見に来たという形になります」

(戦闘の余裕もそんななさそうだしな)


 自由に動かせるエイグも多くはないのだろう。下手な戦闘はいたずらな消耗を招くだけだ。

 もっとも戦闘になったとして、まともに使える兵がそれほど残っているようにも思えないが。


「目的は似たようなもんだと思うんですが、PLACEと協力ってのは難しいすか」

「……精々、互いに手出ししないという口約束程度ですね」


 元より昨日の敵と手を組めと言われて即座にできる方がどうかしているし、ゼライド自身、承諾されても肩を並べたくはない。

 兵の士気も鑑みると、そこが無難な落としどころだろう。


「其方は、軍に戻ろうとは思いませんか」

「ん……? いや、まあ。一番偉い人から解雇通知食らったわけですし」


 というのは体のいい言い訳だ。

 不安になる兵の士気向上に繋がるなどと考えているのだろうが、今度はPLACEに迷惑がかかる。


「ファイド・クラウドによるものだというのなら、無効に等しいでしょう。我々には少しでも多くの戦力が必要なのです」


 という思いが通じるわけもなく、加えてそれなりに切羽詰まった状況がグレイルにそう言わせているのだろう。


「それとも何か、離れがたい理由が?」

「……どっちにも疑われそうで嫌ってのは、理由になりませんかね?」


 グレイルの表情が渋くなる。苛立ちとは違う、期待外れといった風の。

 PLACEを離れれば、連合軍――あるいはテュポーンズへの寝返りと取られる。

 連合軍に戻ったとて、大した仕事ができるようには思えない。

 それに今、目の前で連合軍を名乗る者達がテュポーンズと無関係である確証もない。


「俺のみたいなのがちょっと頑張ったところでどうにかなるとも思えんのです。なら、大人しくしときたいってのが今の心境です」

「……大尉は諦めているのですか?」

「もう大尉でもないですよ。えーと……『紅蓮』でしたっけ? ああいうのがやり合うのが当たり前みたいなんですよ。なら、勝ちの目持ってるそいつの手伝いに回ったほうがいいって俺は思っただけです」


 連合軍内のシャウティアの通り名だ。

 自分で使うことはなかったため、言い慣れなさがぬぐえない。

 それはそれとしてグレイルもいい加減折れたのか、頭を切り替えるように小さく嘆息した。


「……わかりました、『ブリュード』の合流は諦めます。ただ、ここの調査は行っても構いませんか」

「自己責任でよければ」


 派遣隊の規模が小さいと言えど、こちらはレイアを含めても4人しかいないのだから、一々面倒を見ていられない。

 もしアレを見るようなことがあれば――まあ、知ったことではない。


「じゃあお互いなるべく不干渉ってことで。この場は終わりでいいすか」

「構いません。ただ……」

「うん?」


 グレイルがハンドサインで兵に解散の命を下したのを確認し、ゼライドが振り返ろうとしたところを制止される。


「個人的に尋ねたいことがひとつ」

「………」


 自分の目つきが鋭くなる。

 グレイルがそうなっていたからだ。


「ファイド・クラウドの下で、貴方がたとともに少年が行動していませんでしたか」

「……シオン・スレイド?」


 スレイドという耳慣れないファミリーネームを聞いた時点で嫌な予感はしていた。

 シオンが厄介ごとの塊のようなものだったため、詳しいことは聞かずにいたが――よもや大佐の息子とは。


「テュポーンズ蜂起後、全く連絡を取れないでいます。何か知っていればと思ったのですが」


 先ほどの、軍の代表としてだけではない。

 一人の人間の親として、心配を内包した疑いの目を向けてきている。


(……どう答えたもんかね)


 脱出の際、連れ出し損ねたなどと言えば。

 感情に任せて撃たれてもおかしくない。


(なんでこう、面倒事が次から次に)

「どうされましたか?」

「……いや。一緒にいたのは少しだけだったので。今どうなっているかは全く」


 どっちにしろ知らないのは本当だ。


「……シオンはしっかりやっていたでしょうか」


 どんな反応を見せるかと思っていたが、グレイルは意外と理性的だった。

 俯く表情に敵意は見られない。


「いいえ、使い物にはなりませんでしたよ」

「………」

「ただの子供が使いモンになる方がどうかしてます」

「……ああ、そうですね。その通りです」


 シオンと――イナや、チカ。シエラもそうだし、アヴィナという少女もそうだ。

 今この状況では無力な理想論でしかないが、やはり子供が戦況を左右するのは正気の沙汰ではない。

 グレイルもおよそ冷静ではいられないのだろう。


「……ゼファン大尉。個人的なお願いです」

「なんでしょう」


 大尉ではないとか、そんなつまらない訂正をしている場合ではない。

 グレイルが言おうとすることの、大方の予想はつく。


「もしシオンを見つけることがあれば、どうにか助け出してください」


 大佐という肩書きも泣きそうな、ただの大人の喚き。

 上官としての命令でもない。

 従う理由はないが――生憎と、無視できない性分である。


「やれる限りのことはやりますよ。俺にできることなんか大したことじゃないすけど」


 それがグレイルを安堵させるには不足させる返答だとわかっている。

 沈黙する彼に、ゼライドは続ける。


「たぶん、その役目を果たすのは『紅蓮』ですから」


 手助けをしたいとは思うし、自分でもプランは考えて見るが、結局それを実現できる目を持つのはイナとシャウティアだ。


「子供の叫び声が聞こえたら、祈れば届くかもしれんですよ。アレはそういうのを無視できないタチだ」


 だから支えなくてはならない。全てを一人でこなそうとしてしまうから。

 目を伏せて頷いたグレイルを確かめて、今度こそゼライドは背を向けた。


 ――そのまま去ることができていれば、格好がついたのに。




 ヴェルデのレーダーに多数のエイグが映ったことで、ゼライドの思考は切り換わる。




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