第31話「奇跡の予兆」:A4
『目標を乗せたと思しき輸送機、進路を変えつつ依然進行中。エフゲニー隊長が待機中のポイント付近を通過する見込みです』
(足の速い者は援護に回れ、こちらで迎え撃つ。なるべく生け捕りだ、誤るな)
『了解』
無機質な兵士に指示を送り、初老の男、エフゲニー・グラウディンは通信を終えて息をつく。
あまり若くはない体だ、できることならばもう少し休みが欲しいが、そうも言っていられない。
それに、これが成功すれば自分の役目は終わるようなものだ。
今しばし軋む体に鞭打ち――エイグの操縦には大して関係ないが――気を引き締め直す。
ヒュレプレイヤー、ディータ・ファルゾン。
元より希少なプレイヤーの中でも、更に特別な存在であるという。
詳しいことは定かでないものの、その噂に尾ひれがついて裏側に広まっている。
そしてそれを知るものからは『奇跡の子』の通り名を授かり、各国が血眼になって探している。
エフゲニーを従えるファイド・クラウドも同様だ。
なんでも――かつてフランスの僻地にいたプレイヤーの一族の生き残りだという。
発生条件が不確定でありながら、一族は全員プレイヤー。
その特殊性から身を潜め、ごく少数での生活を続けていたというが。
度重なる近親の混血により、生物として不安定化。
それによる短命も相まって一族はあっという間に滅び、その存在を忘れられていた。
だが、唯一その例外となる人物が噂されていたのだ。
この際誰が流し始めたのかはどうでもいい。現にその一族は確認され、遺体をプレイヤー生産の研究に利用されている。
その『奇跡の子』というのは実在すると考えるべきであるし――エフゲニーには、それにすがるほかなかった。
実際のところ、人間の生産は可能になっても、ヒュレプレイヤーの生産はまったく安定していない。
それを安定させるためにディータの体が必要だというのならば、それに従うしかない。
この世界は、飢えているから。
(……私は、世界のために罪を背負うのだ)
本当に自分で思っているのかもわからない、大げさな言葉で自分を保つ。
ここでうまくいけば、ヒュレプレイヤーは増え、世界から貧困はなくなる。
相手がこれに賛同して身を差し出してくれれば苦労はしないが、そうはならないだろう。
だからこそ争わねばならない。そしてまた、貧しくなる。
(こんなことは、我々の世代で終わりにせねばならん)
選んだわけでもなく恵まれない環境で生まれ育ってきたからこそ、彼には分かるものがあった。
理不尽に抗おうとも、世界の変革は簡単ではないから。
暴力はそこに与えられた、過激で極端な最後の手段なのだ。
理性を失いつつある世界で、誰がこれを止められようものか。
止められなかったからこそ、闘争によって世界が幾度も変革しているのではないか?
(……機械がやってくれると、退屈でいかん)
プランを入力すれば、エイグが勝手に自分の体を動かしてくれる。
機械のパーツになったようで最初は不安にもなったが、慣れればこの上なく便利だ。
あれこれと考えているうちに無人の砲台をあちこちに設置し、目標を迎える用意ができていく。
与えられた部下も展開させているが、機械的すぎて実際にはアテになりそうもない。
とりあえず動き回る機銃代わりになってくれればいいが。
相手がどれほどの戦力を有しているかはわからない。
『紅蓮』というエイグは来ていないようだが、まさか単騎ということもあるまい。
あとはミサイルランチャーでも置いて、輸送機を撃墜するように指示を出せば――
(……速い!)
レーダーに反応があり、思考を切り替える。
エイグにしては素早い。
『隊長、輸送機から何かが飛び出しました。数1――いえ、続けて出ています。総じて6』
(直掩か……? 各機迎撃用意、輸送機も狙って構わん!)
簡潔に指示を出し、まずは様子を探る。
まだこちらとは距離がある。少しでも情報を得てから交戦したいところだが。
断末魔が聞こえてくるでもなく、次々に味方機の反応が止まっていく。
それで驚くことも許さぬまま、6つの反応は戦場を駆けていく。
(敵機のデータ共有を優先しろ)
死にかけの部下に命じると、朧げな画像がいくつか送られてくる。
エイグというには小さすぎる、楔形の飛行物体。
自身の中に出た答えを訝るが、どうもソレに準ずるモノでしかない。
戦闘機が、飛んでいる。
エイグが発見されて以降、単純な攻撃兵器として利用されることはなくなっていったものだ。
自分が見てきたものと形は大きく異なるが、よもやこんなところで再び見ることになろうとは思わなかった。
あれらは装備の火力に限界がある。エイグの装甲を抜くには大型化を避けられず、そんなものはエイグのいい的だ。
それをクリアしたというのなら、こちらも手段は選んでいられない。
手を穢せるだけ穢して、彼女を手に入れる。
『――全機、制限解除』
周辺味方機に指示を出し、覚悟を決める。
その間に輸送機から、今度こそはエイグの反応が飛び出す。
遠くからでもわかるその廃熱に包まれた姿は、白いドレスを来た女性を思わせる。
天使、あるいは花嫁?
いずれにしても戦場には似つかわしくない意匠だ。
そして、得てしてそういうものは、ろくでもない。




