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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第31話「奇跡の予兆」:A1

「お帰りなさいませ、皆様。そして――旦那様」


 数時間の飛行ののち、フランス支部への帰還を果たしたイナ一行を出迎えたのは、ディータとアレット、そしてアヴィナだった。

 格納庫内だが、少し離れたところにも人だかりができている。


「久しいな、ディータ」

「奥様ともども無事で何よりでございます」


 深く頭を下げるディータの姿に、イナは確信めいたものを感じる。

 あくまで彼女はライグセリス氏の遣いであって、レイアとシエラ直属の使用人ではない。

 少しは彼女らを心配するそぶりを見せてほしくはあった――というのが勝手な要求だという自覚はある。

 そんなイナのもとに、アヴィナが駆け寄って腰に抱きついてくる。


「おけ~り~っ」

「ちょ、アヴィナ……ッ」


 さすがに少なくない人だかりの視線にこれが晒されるのは少し気恥ずかしく払おうとするが、アヴィナは逆に力を強くする。


「ディータも忙しくしてるし、ミュウもみーんな遊んでくれないんだもん」

「それは……まあ」


 少しだけ呆れてしまう。

 状況が状況だ、遊んでいる場合でない――とでも言いたくなるが。

 アヴィナの本質が子供だとしても、これまでの経験からそれをわからないだろうか。


「ちゅーかイーくん、メスの匂いがする」

「メ……ッ⁉」


 服に顔をうずめたかと思えば、上目遣いでそんなことを言ってくる。

 チカを指すのだろうが、当の彼女はと言えば微笑を浮かべるばかりで止める様子はない。


「む~ん、正妻の余裕ってカンジだ」


 チカを威嚇するような視線を送るが、これが冗談だとはわかる。

 少し考えすぎだったかもしれない。

 なんだかんだと言って、アヴィナのこの振る舞いに安心している自分がいる。


 ――自分を超えていく心配がないから。


「!」

「およ、どったの?」

「……いや、なんでもない」


 自分の中から声が聞こえた気がして目を見開いたが、勘違いだと振り払う。

 でも、そうだとすれば――勝手に脳は続きを考えようとする。


「すみません、イナ様達の耳にも入れておきたい話が」


 それを阻止したのはディータだった。

 アヴィナと遊んでいるうちに簡単な挨拶は済んだらしい。


「先だって交戦したマルグリット・ヒュルケンベルクの発言から、その正体を少し探っていました」


 うるさい女という印象ばかりが残っているが、謎がないわけではない。

 やたらとレイアの一家を目の敵にし、何かの復讐を目的としていたようだが。


「それらしき候補が一つ。ドイツの元外務大臣アロイ・ヒュルケンベルクの娘の名がマルグリットでした。アロイ氏は旦那様の提言――PLACEとの協力関係推進により拗れた欧州の国際関係の中で揉まれ、自殺に追い込まれたとのことです」


 こじれた政界のニュースで、たまに見かけるような話だった。

 確かこの世界のドイツは国連側、つまり連合軍でPLACEの敵である。

 傍から見ればいきなりイギリスが変なことを言い出したように見えたのだろう。その苦労は察するに余るが。


「セージカってアチコチから恨み買うもんじゃないのん?」


 全くオブラートに包まないアヴィナに焦りを覚えるが、ライグセリス氏は自嘲気味に鼻で笑う。


「否定はできんが、それで私達を狙うのが件の人物の娘だと? 理解しがたい」

「通常はそうですが、手引きをしているのがファイド・クラウドならば、常識は通じません」


 そんなものを使わなければならないほど人手が足りていないのか、足りすぎて誰でもいいのか。


「誰からどんな恨みを買われているか分からない――日常でそれを気にすることはないかもしれませんが、今はそれで本当に死んでしまう可能性が高まっています」


 ぞくり、と背筋を冷たい指先でなぞる錯覚を覚える。

 どことなく身に覚えがあると思ったのは、気のせいではない。

 シオン・スレイド。

 イナは彼のことを――正確には別世界と思しきものでの存在だが――知っているものの、シオンがイナを知る由はほとんどないはずだ。

 ましてやあそこまでの感情をぶつけられる理由は見当もつかない。

 ファイド・クラウドはそうした理由をでっちあげることができるとでも?

 あるいは、存外知らぬところで恨みを買っているのか。


「じゃあ、つまりどーいうこと?」

「現状、簡単に言えば……論理的な推測が役に立ちません。やってくるものを粛々と迎え撃つほかなくなります」


 ――たとえば、味方だと思っていたものが。

 いや、馬鹿なイナはディータの換言に気づかない方が良い。

 ただでさえ人間を信じられない奴に、そんな状況を受け入れられるはずがない。


「ま、今までとそんな変わらんってことさ。わからんことに時間を割いてもしょうがない」


 アレットが頭を掻きながら話に混ざってくる。

 一応はPLACEの幹部としてライグセリス氏の前ではうやうやしくするのかと思ったが、粗雑ゆえか。あるいは、もはやそんな身分のことなど関係ないと思っているのか。


「それよかせっかちで悪いが、あんたがたの使用人をフランス郊外にぶっ飛ばすことになってんだ」


 イナの眉根が寄る。

 イギリス支部にいるレイア達の下に送り届けるというわけではなく?

 言われてみれば、帰ってからシャウティアの格納と並行してエイグの運搬作業が進んでいるようだった。


「構わん」


 ライグセリス氏は迷うでも断るでもなく即答した。

 何か、イナの知らない前提を元に話が進んでいる。


「虎の子は聞いてなかったのかい? アレ個人が狙われる事情があるんだよ」


 それを教えてほしいのだが。

 ディータ本人に尋ねようにも、ライグセリス氏らへの挨拶を簡素に済ませて輸送機への乗り込みを始めている。


「まあアレも乙女だ、詳細は伏せるがちっと特殊でね。ただプレイヤーってだけじゃない」

「はあ」


 生返事をするしかない。いずれにせよ詳細を話す気はないようだが。


「万が一の時にゃ助けに行こうってどっかで考えてるだろ? 虎の子はここの防衛に回ってもらうよ」

「え……」


 それはそれで、よほどのことがない限り従うつもりだが、ディータがあまりにも蔑ろにされている気がする。

 いつぞや出撃したと聞いた覚えがあるが、あくまで彼女は非戦闘員のはずだ。

 囮にするにしても、敵がどれくらいいるのかもわからないのに。


「心配するのも分かるけど、あっちも相応の用意はしてある。本人の強い希望もあるしね」


 とにかく納得しろ、と暗に言われている気がする。


「それにこっちの防衛も重要だ。イギリス支部がアテになんないなら、実質的にここが本拠地になる。帰る家を守るってんじゃ役不足かい?」


 言葉にはしなかったが、顔には出ている。

 正直なところ、大して知らない人間たちよりもディータの方が気になる。


「参ったねえ、デカい戦力をあんまし外に出したくはないんだけど」

「……ねえ、イナ」


 相変わらず組織の話には参加できない様子だったチカが、服の裾を引っ張って意識を向かせる。


「そこまで言うんだったら、あの人はイナに信じてほしいんだと思うの」


 彼女は自信なさげに言うが、それはイナへのケアでもあるのだろう。

 あんなやりとりをしたからと言って、すぐにイナの意識が変えられるわけがないのだから。


「大事な人に信じてもらえないって、悲しいんじゃないかな」


 胸の奥がざわめく。

 何かが分かりそうな気がして、その正体を掴もうとしても暗中で腕を振るだけになる。

 それでも彼女の言葉に何かを感じたのは確かだ。

 それに従い、渋々という風に納得する。


「……でも、ディータが危ないとなったらそっちを優先します」

「ああわかったよ好きにしな。ディータもどうせアンタをアテにしてんだろうし」


 アレットは肩をすくめながら背を向ける。

 目上だろうが構わず噛みつくのはともかく、自分の意思をハッキリと言えるようになっているのは進歩か。


「じゃあとりあえずこの場は解散。お客人は部屋にご案内しますよ、狭いトコですが付いてきてください」

「ほんならボクらはどうしよっか」


 すっかりイナの懐に居ついているアヴィナが顔を直角に上げながら尋ねてくる。

 ハッキリ言って非常時以外にやることなどない。残念ながら子供でしかないからだ。

 それを差し引いても今は防戦一方だ。調査に出ているらしいゼライド達が何か手がかりを手にしていればいいのだが。


(いや……期待しない方が良いのかも)


 ゼライドに、ということではなく、手がかりに。

 意図のはっきりしない行動が続く『テュポーンズ』の実態を掴もうということ自体が無意味なのかもしれない。


「イーくんムズカチ~顔してる。そんなキャラだった?」

「え? ああいや、まあ、色々あったし……」

「でっけーキャノンとか言ってるボクがアホみたいじゃん。ぶぅ~っ」


 豚のように鳴きながら、イナの元を離れてどこかへ行こうとするアヴィナ。

 しかしチカのことも気がかりだ――色んな意味で。

 当の彼女に視線を向けて顔色をうかがう。


「いいよ、行ってあげて」


 アヴィナなどという幼女は恐れるに足らないのか、あっさりと許可を得る。

 いや、考えすぎか。

 アヴィナが少し寂しげにしていたのは、さすがのイナでも分かることだった。


「ごめん、またあとで」


 慣れていない謝罪を残してアヴィナの背を追う。

 格納庫の隅――廃材などの物置き場になっている薄暗い場所まできて、ようやく彼女は足を止めていた。

 崩落の危険アリ、という注意書きが目に入り、少し緊張しながらアヴィナに気を遣う。


「追ってきてくれるんだ」

「だって、まあ……そりゃ」


 心配だから、と言うのはあからさますぎる気がして言葉を濁す。

 周りが暗いせいか、アヴィナの表情もそれにつられている気がする。少なくとも、いつものような明朗さはない。


「前もこんなことあったよね、覚えてる?」


 すぐにわからなければいけない、というプレッシャーに襲われ焦るが、シャウティアがすぐに応じて記憶を参照してみせる。

 制圧作戦の途中、カナダで緊急着陸した時のことだ。

 過去に何かの襲撃を受け、同時にアヴィナが拾われた場所で、過去の記憶を取り戻すような何かを手にしたと思われていたが。


 思えばあれ以降、彼女がおかしな行動をとっていたとは思っていない。

 いや、今の行動は十分そうとも言えるが――少なくとも、離反を匂わせてはいない。


「もちっと疑った方がいいんでない? スルーされてるけど、ヤバい情報持ってるかもよ?」

「………」


 その真偽よりも、自分を悪者に見てほしいというような口ぶりが気になる。

 なぜか、妙にイナはそういう口調に敏感だ。


「それとも」


 イナに表情が見えないように体を回して、彼女は続ける。

 声音が、変わった。




「ボ ク が 弱 い か ら 、 安 心 し き っ て る ?」




 胸を、刺された気がした。

 前々から鋭いとは思っていた。

 だが、先ほどの再会の時に一瞬だけ思ってしまったことが、漏れていたとでも?

 否――アヴィナは見た目よりも賢い。

 故に今のように苦悩してしまっているのかもしれない。


 彼女はイナとのやりとりの節々から、イナの傲慢さを感じ取っていたのだ。


「……そんな」


 ことはない、と言おうとするが、振り向いた彼女の視線がまたも突き刺さる。

 疑うでも怒るでも悲しむでもない。ただ純粋な鏡のように自分を映し出している。

 お前は、そうなのだと。


「ごめんねイーくん。ボクも嫌がらせなんてしたくない。でもボクより大事なものがあるのを忘れちゃダメだよ」


 何を言えばいいのかわからない。頭が上手く回らない。

 自分がそんなことをしていたという事実が認められない。

 彼女はイナを大事にしてくれた仲間だ。だからイナも大事にしたいと思っていた。

 それでも彼女の言葉には納得できてしまう。


 チカや、漆黒のシャウティアに役割を奪われそうになって、自信を無くしそうになって――何も特別な力を持たない人間に、優越感を覚えることで安心していた。

 意識しているかどうかは問題ではない。

 自分がそれを見てクズだと思うことを、自分がしていたというのがショックでならなかった。


「だからボクは、悪い子になります」


 顔だけではなく、ちゃんと体もイナの方に向きなおす。

 その紅色の瞳を見据えることができない。

 彼女が何かを伝えようとしていることだけは認識している。


「ボクは誰かさんの死体から作られた、人造ヒュレプレイヤーの失敗作なんだって」

「な……」


 眩暈を起こした気がして、辛うじて倒れずにしゃがみ込む。

 情報が処理しきれない。

 ――誰かさん、とは、誰だ? 人造プレイヤー?

 そんな純粋な疑問が、視えないストローに形を変え、彼女の思考に突き刺さる。

 そして勝手に吸い上げて、イナの喉奥に無理やり流し込んでいく。





『イアルさんに聞いたら、どうもプレイヤーを造る技術はもうあるみたい。なら、人間だって簡単に造れる』


『イアルさんも記憶がないし、ボクとヘンな目の色もおんなじだし』


『ディータの反応を見る限り、ディータの家族の死体を使って研究されてたみたい』


『ディータは、『奇跡の子』らしいから』





「あう……イーくん? 大丈夫?」


 どれくらい呆けていたのか。

 悪い子になると言っていた割に、思いのほかダメージの大きそうなイナを心配してか、アヴィナは傍に寄っていた。

 ――右目が熱い。開けられない。


「ごめん、そんなになるなんてボク」

「……ちがう……ごめん……すこし、横に……」


 忘れたころに来る、情報の奔流。

 残っているのは朧げなものばかりだが、シャウティアが記録している。

 だが、それを振り返ってどうすればいいのか。

 アヴィナが人為的に作られた存在?

 今はどうでもいい。目が破裂しそうに痛い。頭もボーっとする。

『奇跡の子』とはなんだ?


「……休んでいいよ、イーくん。ボクが運んどくから」


 細い体で冷たい床に寝かせられながら、こうなった元凶の声に安堵し意識を手放していく。


「ワガママで、ごめんね」


 最後に聞こえた、助けを求めるような声に手を伸ばせなかったのが、残念でならなかった。





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