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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第30話「禍根と残滓」:A3

『テュポーンズ』の手に落ちていたイギリス支部の調査の為、『ブリュード』の二人はイナらの帰還と入れ違う形でこの場を訪れていた。

 一応、二人は捕虜に類する扱いのはずであるのだが、こんな指示を出されたのは一応の納得できる理由があった。


 一つ、少数精鋭であること。

 そもそも『ブリュード』がそういう枠組であったし、ゼライドはヒュレプレイヤーで長時間の行動も難しくない。

 エイグも持ち込んでいるが、対人戦闘が発生してもAGアーマーで対応できるのは大きい。


 もう一つが、使い捨てでも構わないこと。

 戦力として失い難いものとは言われたが、この状況で疑念が晴れていない二人ならば、何が起こったのかわからない場所に向かわせられても文句は言えない。

 途中で連合軍と合流して逃げるならそれでも構わないのだろう。

 アレットもその気がないと分かってはいるのだろうが。


(……ま、居心地の良さは自分で作らにゃあな)


 何をしたところで簡単に受け入れられるとは思わないが、ただ寝転んでいるよりはいくらか成果を上げた方がいい。

 気に入らないが仕事はする奴、くらいの評価で落ち着けば御の字だ。


 ただ問題は――異様な広さと、静けさだった。

 PLACEの本部であるうえ、国を挙げての協力とあって規模は他の支部と比べ物にならない。もはや城だ。

 外から見たことは何度もあったが、いざ入ると二人では心許ない。

 期限は設定されていないが、全てを調査するにはいくら時間があっても足りないだろう。


 無駄に歩き回っていても仕方ないし、第一目標として特別に設定されたものがあるため、ひとまずそれを目指しているところだ。

 先ほどまでは人質がいたというそこに――今は別の保護対象がいる。


 アンジュのAGアーマーを身に纏ったイアルが扉の前で腰を下ろす。

 レーダーで細かく索敵しているようだが、これといった反応はないらしい。


『……監視カメラがありますが、機能を停止しているようです。罠の類は見受けられません』

(まあ、シエラ嬢がいたんだし何ともないだろ。とりあえず入るか)


 特に用心もせず、無駄に大きな扉を開けて中へ入る。

 お嬢様向けの過度に美麗な装飾の大部屋、というのが第一印象だったが、しばらく手入れされていないらしく、薄暗さも相まってその綺麗さは三割程度しか感じられない。


 部屋の隅にでも縛りつけられているのかと思って見渡していると、その影はすぐに見つかった。

 ベッドにもたれるようにして虚空を見つめる女――レイア・リーゲンスの姿が。

 戦場では幾度もまみえたが、こうして生身で対面するのは初めてになる。

 自分たちに抵抗できる力をもつ数少ない相手だと思っていたのだが、見る影もない。


(……死んではいねえか)


 瞳は時折ぴくりと動いている。

 髪は手入れされておらずパサパサだが、思っていたより口元は乾いていない。

 辺りの絨毯に濡れた跡がかすかにあり、一方で付近に容器の類が見えない、ということは。

 イギリス支部に残り先んじて調査を始めたシエラが食料を実体化したのだろう。

 当の彼女は、ゼライドらがここに着くまでに気分転換のために外へ出たらしいが。


(ま、他人に家族のゴタゴタ見せるわけにもいかんか)

「義兄さま、様子は?」

「一応頭は回ってそうだ、嬢ちゃんに多少は飲み食いさせられてる」


 PLACEが引き上げて『ブリュード』のみがやってきた。

 連合軍が戦いの後処理に来て、残っていたレイアを捕縛しにきたとも見えるだろう。

 だが、それで観念しているという風ではない。


「敵に何されたかわかんねえお前をノコノコ持って帰るわけにゃいかんが、様子見と調査くらいはフランス支部に任されたんだわ」

「……私に、価値はないぞ」


 単純に気力のない掠れた声。

 ヒュレプレイヤーであることなど関係なく、疲労が目に見える。


(……ま、ガキども連れて戦争して正気保てる方がどうかしてら)


 家族を人質に取られ、おまけに保護対象に負かされ、子供に負担をかけまいという願いも届かず。

 同情はするが、ようやく事が動こうとしている。

 戦えとは言わないまでも、何も協力しないでいさせるわけにはいかない。


「PLACEに罪悪感があんならちったあ手伝え。外に転がってるエイグは生きてんだろ、司令室とか大事そうな部屋の居場所、データにして送ってくれ」

「………」


 無言のままレイアと視線を合わせる。

 すると彼女と通信し、エイグを通じて求めたものが送られてきた。


「うし、じゃあお前はここで保護対象の観察と索敵。嬢ちゃんが戻ってきたら離れてもいい。もし通信が途絶したらここで合流、いいな?」

「わかりました」


 じっとしているのは性に合わないし、あのままのレイアを見ていると自分までおかしくなりそうになる。

 彼女の妹を戦場に送り出したのは自分だ。

 イナが戦うことを、納得できずとも肯定しているのも自分だ。

 どいつもこいつもがおかしい中で、自分だけが正気であると主張できる人間がいまこの世にいようはずもない。


(お前を悪者にできるやつなんざ、あの連中にゃいねえよ)


 心の中で独り言ちて部屋を後にし、ゼライドは示された中で最も近くにある司令室へと足を運ぶ。

 途中でシエラが部屋に戻ったらしく、イアルは命令通りに単独で調査を始めていた。


(……さて、俺も仕事を――と思ったが。早速アタリを引いたな)


 わずかに開いた司令室のドアの隙間から、不快な匂いがわずかに漏れだしている。

 腐った肉と乾いた血の匂い。

 エイグに乗ってからは久しいものだったが、まったく耐性がないわけではない。

 問題は、発生源が司令室であること。


 軽く索敵をしてさっさと開け放つ。

 すぐに死体を探すが、それらしきものは見当たらない。

 司令の座るデスクに向かうほど濃くなる匂い。チェアの頭と胸辺りに穴が開いているのを見るに、銃撃されたのち死体を持ち出したのだろう。

 これでは生死がはっきりしないが、絨毯に染みついた脳漿の欠片と血の跡を見るに、いないものと扱った方がいいだろう。

 もっとも、PLACEを指揮するズィーク・ヴィクトワールとやらの価値が分からない以上、ゼライドにとってはこの際どっちでもよいのだが。


(あー、イアル、情報共有)

『PLACEの指導者であるズィーク・ヴィクトワールは死亡、ですか』

(死体ないけどな。生きてるにしたってこの状況じゃ逃げられんだろうし……寝返ったにしても、ここにはもういないのは確かそうだな)


 適当に何か遺されていないかとデスクの引き出しを開けていく。

 ゼライドから見て有益そうなものは見当たらず、そんな都合よく遺書があるわけでもないか――と思っていたが。


「……アァ?」


 思わず声が出るほど妙なものを見つけ、それを手に取る。

 手紙のようだった。

 長い間保管されていたらしく、他の書類と擦れていたせいか差出人の名前がうまく読み取れない。


(ただの手紙をそんなに置いとくもんか?)


 それも無造作に。よほど大事なもの、にしては保管方法がいささか雑だ。

 整えられた部屋を見るに、ズィークがそういうことをする人間には思えない。

 何か重要な情報でも得られるかもしれないと、恐る恐る封を開く。


 PLACEの代表者へ宛てられたものらしい。

 宛名に何も書かれていない辺り、当時は代表者が決まっていなかったのだろう。

 内容が内容なら匿名で当然とも思うが。


(……PLACEの蜂起のだいぶ前か?)


 書き手は連合軍の諜報部におり、独自に情報を集めていたが、そこでファイド・クラウドの暗躍に気づいたのだという。

 そしてこの手紙を読んだ者を起点としてテロを起こし、PLACEを起こさせたと。


 ファイドの最終的な目的こそわからなかったが、ドロップ・スターズから発見されたエイグを利用し、独自に洗脳した私兵隊を秘密裏に創設しているのを確認したという。それで世界を支配しようとしているのではないか、と推測を立てている。

 人間の製造は技術的に不可能ではない、とは聞いているが、どれも眉唾ものだ。

 その真偽はさておき、私兵隊というのは今の『テュポーンズ』とほぼイコールであり、連合とPLACEが互いに敵としていた存在もソレに違いない。


 突飛だが書き手が嘘を言っているようには見えないし、ファイドなら何かしらの目的でやりかねないという後ろ向きな信頼もある。

 証拠となるデータが同封されていたようだが、封筒内の妙な隙間を見るにそれは抜き取られているようだ。別の場所に保管されているか、盗み取られたか。

 どちらだろうかと考えを巡らせていたところ、報告書めいた文面が終わり――二枚目に移るにあたって、文調が変わったことに眉根を寄せた。


 書き手は突然、家族の心配を書き記していた。

 諜報部であるがゆえにまともに親ができず、それどころか保護した少女の面倒を任せてしまっていたことへの罪悪感。

 どうか大きな戦火に巻き込まれないように、という祈りで締めくくられたその文章は、どうにも自分に宛てられているように思えてならない。


 そう思えば辻褄が合うのだ。

 軍にいた父が消息を絶ったのも。

 身元の分からないイアルが父に連れられて家に来たのも。

 それからいくばくかして、軍人になって間もない自分が、イアルとともにファイド・クラウドの傍に置かれるようになったのも。


 心臓が跳ねて動揺しているのが分かる。

 直接的な証拠を求めて手紙を裏返したりするが、それといったものは見当たらない。

 あとは掠れた封筒の名前。

 これがもし――『アグール・ゼファン』と書かれていたら?


 ――いやなに、似ていると思っただけだ。私の目論見を逸早く止めようと行動を起こすその姿がな。


 思い返されるファイドとの決別。

 自身の中にふつふつと湧き上がるのは怒り。そして、悲しみ。

 どう処理すればいいのかわからない。


(……とりあえず、PLACEを作った大元は親父ってことだ)


 過程どうあれ、この手紙がズィークに渡り、ズィークがPLACEを仕切ることとなった。

 PLACEの面々が――アレットもそうだが――どこまでこれを知っているのかは定かではないが、調査任務とは別にゼライドには得るものがあった。

 ファイド・クラウドへの明確な反抗心。

 これまでは曖昧なものだったが、こんなものを見せられては黙っていられない。


 決意新たに、しかしそれはそれとして任務中であることを言い聞かせて息をつく。

 今ここを飛び出したところで何もできないし、下手に命を散らすのは避けたい。


(にしたって、仮にも敵の本拠地占領してんのに見張りの一つも残さねえって、あるか?)


 外にはマルグリット・ヒュルケンベルクの乗っていた頭のないエイグが野晒しになっているが、完全に機能を停止していた。

 コアの中までは確認できなかったが、ピクリとも動かないところを見るにただの置物になっているらしい。エイグで稀に見かける現象だった。

 それ以外には、本当になにも残っていない。

 どうせ倒せるという傲慢が故か?


(多少の血はともかく死体が転がってないのも意味が分からん)


 どこかに集められているのか。だとしても相当の規模だ、移動させるだけでも苦労するだろう。

 敵なのだから殺す方が簡単だ、賢いやり方とは思えない。

 どんな雑兵であれ、引き金を引けば銃は撃てるし、スイッチを押せばミサイルも飛ばせる。

 倫理を無視していいのならば、ゼライドとてそうするだろう。


『義兄さま』

(なんかあったか)


 彼女に気取られぬようにしながら、妙に緊迫した声に応える。

 動揺と焦りが感じられる。臨戦態勢だが敵がいるようではない。


『格納庫を調査しようとしたところ……その』


 イアルにしては珍しい反応だ。

 しかしこれはゼライドの指示を待っているというよりは、恐れ?

 扉の先に何かがあるとわかっているかのように。


(すぐに行く、待ってろ!)


 AGアーマーでは収納が難しいため、手紙を机に置いたままゼライドは部屋を飛び出す。

 イアルからの情報を頼りに、多少壁や床を歪ませてでも加速してその場所を目指した。







 ――見なければよかったと、今は思う。

 この後、エイグに命じて記憶にロックをかけており、乱雑に事実を記した文書データのみを残している。

 人同士の殺し合いやその跡を見たことは、ある。こうなりうることに手を染めてきたという自覚はあったはずだ。

 それでも、そういうのとは別種の地獄があったのだ。


 扉を開ける前から聞こえてくる悲鳴と残虐な叫び。

 僅かにでも開けた隙間から、血の匂いだとか、死の予感だとか、そういうものを超えたものを全身が予感してしまった。

 気安く立ち入ってはならない。

 そう思いながらも、悲鳴があるということは助けなければならず。

 男も女も、生も死も何も関係ない欲で食い合う坩堝に飛び込み、半狂乱の人間をいくらか救助したはいいが――あとは、どうしたのだったか。

 暴漢を何人か撃った。動きが止まりさえすればよかったが、死亡は確認していない。

 救助した者も意識が定まらず、ひとしきり悲鳴を上げたのち気絶してしまった。


 記憶を切り離してもこびりついたものが残っている。

 あんなものを見れば、レイアが人質だけによらずああいう風になってしまったのも理解できる。

 おそらくは顔見知りも少なくなかったはずだ。

 むしろ、あれを見て尚シエラに善戦したのか?


 いくらか落ち着いた今ならわかる。マルグリットに大した戦闘能力もなかった以上、彼女は陽動だ。

 本命はアレだ。見た者に、消すことのできない傷を残す。

 そして、それを可能にする力を持っていることの誇示。

 危険すぎる。


 何よりも――イナ達、子供にこれを見せるわけにはいかない。

 人を恐れ疑うには余りあるものだ。


 こんなものをどこまで報告したものか。救助した人間のことも考えなくてはならない。

 イアルのメンタルケア、シエラに秘匿することも。




 整理がつきそうになく、空腹を満たす気力も起きずにいた時。

 ここでの戦闘を嗅ぎつけて様子を見に来たであろう連合軍の部隊がここに現れた。

『ブリュード』であったことが幸いして説明の手間は省けたが、PLACEの使いであることが手間を増やしてしまっていた。

 それでも事が穏便に済んだのは、事態が事態であったこと。

 そして、彼らの指揮官――グレイル・スレイド(・・・・)が、理性的に対応してくれていたことのおかげだった。



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