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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第29話「運命を背負って」:A3

《ハッチ解放。バランサーチェック。ハンガーのロック、左右5番まで解除。落下予測地点周辺を索敵、稼働中の熱源を感知、数2》


 疑似人格をリセットされた平坦な音声が、シエラの脳裏に流れていく。

 淡々と事実だけを述べていくAIは心地いい。余計なことを考えないで済む。

 たとえそこにいるのが――


《片方は日本支部周辺での交戦記録があります。件のマルグリット・ヒュルケンベルグのエイグと推測。もう片方は、レイア・リーゲンスによるChiffonと断定》


 敵となった姉だとしても。


『……けっ、やっぱアイツも出てやがるか』


 フランス支部との中継のため繋ぎっぱなしにしていた通信からゼライドの呟きが漏れる。

 シエラはそれに応えようとはしない。

 こうなることは、なんとなく分かっていた。


「出撃します」

『おい、分かってたとはいえ話が違う。もう少し状況を整理してから――』

「これが目的だったんですよ」

『おい待て……くそ、無茶すんじゃねえぞ。ボウズもいるからな!』


 ゼライドの静止も無視し、残りのロックを解除して仰向けの状態で空中に飛び出す。

 この高さから見ることはなかったが、巨大な建造物群――森林の中にあるPLACEの本部たるイギリス支部は巨大だ。

 味方のものならば頼もしく思えるが、今はマルグリットら『テュポーンズ』に占拠されている。

 エイグの姿が見えないが、あまり余裕もない。手が出ない限りはいないものとして考えておく。


 パラシュートもつけないまま空中で体勢を変えて、彼女はまっすぐに地上を目指す。

 普通ならば推進器で勢いを弱めるところだが、身軽な彼女の背部にそれができそうな装備はない。

 そのまま足から衝突するかに思われた彼女は、ガラスのようなものが砕けていく音とともに土煙の中に消える。


 エイグの耐久力ならば大丈夫だろうが、いわば足をくじきうる。

 しかしシエラはそのダメージすら感じさせないまま、ゆらりと立ち上がった。


「随分とおめかししたのねえ?」


 彼女を出迎えたのは、細身の剣を携えた連合軍仕様の緑色のエイグ。

 通常と違うのは、その双眸が赤いことと、ドレスのような追加装甲があることか。

 そしてその搭乗者は、声からしてマルグリットで間違いないだろう。


「けれど貧しすぎて物を持たせてもらえなかったようね! 体裁ばかりを気にして細部に気が回らない、ライグセリス家にふさわしいナリじゃない! アンタの方がよほど後継ぎに向いているんじゃないかしら? ねえ、フェスレイリア?」


 フェスレイリア――レイアは何も答えない。


「さて、約束通りバァカ正直に独りで来たバカな妹よ? 丁重に出迎えて差し上げなさいな、フェスレイリア! あの鳥は……まあ、見逃してあげるわ」


 言われ、レイアは両手に持ったライフルをシエラに向ける。


 こうなるだろうとは、パターンの一つとして考えていた。

 ライグセリス家の殺戮を一種のショーとして仕立てたいマルグリットは、レイアとシエラと殺し合わせ、シエラが勝つのならば改めて宣言通りに自身との決闘を行うつもりなのだろう。

 レイアが土壇場でこちらに寝返る可能性は――なさそうだ。

 両親が人質に取られている以上は仕方ない。


「バカどもの生んだバカ娘二人が殺し合って、ようやくまともな方が残るのよ! そうして残ったまともな方を私が殺して、生贄も私が踏みつぶしてしまえばそれで完遂される! 私がの正しさが証明される! お父様が誤りのもとに死んでしまったと! 貴様らの繁栄など仮初で脆弱で偶然にすぎない産物だということがぁっ!」


 睨み合う二人は何も言葉を交わさない。マルグリットの言葉にも耳を貸していない。

 所詮機械のカメラアイでしかないが、レイアの瞳には迷いがある。

 なればこそ、余計に負けることはできない。


『あのアバズレ……!』

(構いません。このままやってみせます)


 徒手空拳を構え、準備完了を示す。

 開始の合図くらいは、このうるさいだけの女に任せてもいいだろう。


「さあ――泥臭く戦いなさいな!」


 レイアがすかさず発砲する。それで目を潰されればほとんど終わったようなものだが――むろん、そうはならない。

 ヒュレ粒子が集い、彼女の腕に装着されるように透明な板『ルヴェール』が生成され、砕かれながら銃弾を弾いていく。

 それが、彼女がほぼすべての装備を捨てている理由。

 もはやこの状況下においてまで、隠す必要はなくなったモノ。


「! へえぇ……アンタ、ヒュレプレイヤーだったのね! 首は貰うけど体は使えそう! 脳みそくらいなら――まああげてもいいかしら!? 人質も殺さずに取っておいてあげてもいいかもねぇ!!」


(――うるさい!)


 ファタリテに命じて、マルグリットの声量を小さくする。

 正直なところまだプレイヤーの能力に慣れているわけではない。こんなのを聞かされ続けていたら気が散る。


(どうしてこんなことになったっ!)

『……PLACEはイナの力で成立しているようなものだ! ならば私は……人質になった家族の為に動くべきだろう!』


 苦虫をかみつぶす感覚が自分のことのように感じられる。

 レイアにはレイアなりの苦悩があったのだろう。

 しかし。

 だからとて、単純に許せるものではない。


 即席のバリアで銃弾を弾く片手間に、太腿の装甲に格納されたナイフを投擲する。

 当然ライフルに弾かれる。そんなことは想定して――投げるナイフを追加していく。こちらは格納されているものより一回り大型だ。

 まだ実体化を行いながらの戦闘に慣れてはいないものの、見慣れたものを量産するくらいならば余裕がある。


 問題はレイアの対処が素早く対処してくること。

 ファタリテ同様、シフォンの全身各所に備えられた小型推進器を利用してレイアは直撃を避けていく。

 文字通り付け焼刃では牽制にもならない。


(捨てた家に今更戻ってどういうつもり!? 迎えてもらえると思ったの!?)

『今やどちらにも禍根があるのはわかっている! だがイナの力があれば私がいなくとも、お前を守ることもできると――』

(自分の責任全部捨てて正しいことしてる気になって!)

『もはやPLACEに私は必要ない! あそこにいて私に何ができる!?』


 乱暴にないまぜにされた無力感。

 それはシエラも感じていたことだ。

 しかしイナがいるのだから、自分が強くなる必要はない――それは間違いだ。


 彼の負担を軽くしようと考えていたのは皆同じの筈だ。

 土壇場では彼の力に頼らなければ突破できなかった場面があるのも現実である。

 だがそれは。

 彼の力が必要な場面があるだけで、彼が出ずっぱりでなければならない理由にはならない。


(そうだとしても、じゃあ、私は!? 何のために私をあそこまで巻き込んだの!?)

『信頼できる力の傍に置くべきなのは明らかだ! 私の傍にいる方が危険だともわからないか!』


 それも正しい。けれど聞きたいことはそうではない。

 心からの叫びに、彼女は本音を隠している。

 どの言葉もこちらを見ていない。こちらに牙を剝いていない。

 むしろ自分を守るかのように壁を作っていく。


『お前は何も知らないから……! こんなところまで来るべきではなかった!』

(子供だからって何も知らせなかったくせに! それは守ってない、自由を奪って――閉じ込めてるだけ!)


 単純な攻撃が効かないのであれば、手を絡める。

 シエラもただ馬鹿の一つ覚えでナイフを投げていたのではない。

 不意に拳を握り虚空に振りかぶり、レイアの注意をそちらに引いたところで種を明かす。


「なっ」


 驚きの声をあげるレイアはしかし即座に体を動かす。

 だがもう遅い。極細のワイヤーで引かれたナイフが不規則に再び襲いかかる。

 刃が逆側にある以上大した攻撃にはならないことは承知の上だ。


 しかし――そもそもこれは、爆弾だ。

 反射的にライフルで迎撃したレイアはその爆発ですぐ察しただろうが、その時にはすでに彼女にナイフが迫っている。

 そしてワイヤーを通じて簡単な指令を送る。

 爆ぜよ、と。


「ぐううっ⁉」


 レイアに明らかな焦りが見える。

 だが此方としては、これで通用するならば都合がいい。


「アハハハハっ!!」


 もう少し強く押せば――そう思っていたところで、シエラも油断していたせいでマルグリットの声が再び耳に届いてしまう。


「こないだまでザコだった妹にやられていいのかしら? だぁい好きなパパとママが死んじゃうわよ? やっぱり貴方にライグセリスの名前は重かったんじゃない? いいえむしろお似合いね! 貴族を騙って民を騙したゴミの一族の顔としてこれ以上に適任の存在はないわ!」

(……何でそんなに目の敵にしてるか知らないけど)


 この憎悪の根源を確かめたかったが、いずれにしてもすぐにこの女の口を塞ぎたい気持ちに駆られる。

 だが今はそれどころではない。うるさいだけならばまだそれでいい。


(ねえ、お姉ちゃん)


 爆煙の中から放たれた弾丸をバリアで防ぐ。エイグに身を委ね、自分は防壁となるルヴェールの生成に注力する。


(嘘を、ついてるよね)


 銃弾に切り裂かれた煙が晴れてゆくとともに、射撃の勢いが心なしか強まる。

 その一方で、見当違いな方向へも弾丸が放たれていく。


(私を安全な場所に置いておきたかったっていうのは、本当だけど、それが逃げたいちばんの理由じゃないでしょ?)


 少しずつ彼女の方へ歩み寄る。レイアは何も言わないどころか、踏み込む妹から逃げるように後ずさる。


(都合のいい理由があった。自分が弱いのがバレてしまうから、それが嫌で――)


 言葉を遮るように、銃弾に混じったグレネードでバリアが爆発する。

 銃弾以外に何が飛んでくるかまでは気が回らなかった。


『……それ以上、言うな』

(ううん、言う)


 煙を払い現れたシエラに諦めたように、それ以上の制止はなかった。


(つらかったんでしょ? 自分の思うように、他人に見てもらえなくて)


 自分は陰に隠れて見ていただけだから、レイアの心情をどこまで正確に把握できているかはわからない。

 だが無理をしていたのは明らかだった。

 イナが現れてから顕著ではあったが、そもそもがPLACEで実力を示したからといって荒く使われすぎていた。


 しかしこの場所を維持するため、シエラを守るため。

 戦い続けなくてはならないと自分に言い聞かせていたのだろう。

 元よりそういうことに向かない性格だったのだから、そんな虚勢がいつまでも張れるはずもない。

 責任感が強すぎるあまり、責任を負うことに恐れを抱いていたのだ。

 そんな人間がいつまでもあの立場にいられるだろうか?


(他人なんて思い通りになるわけがない。わかってても、勘違いはされたくないよね)


 言いながら、勝手にイナのことが思い浮かぶ。

 彼と険悪になりたいわけではなかった。

 それでも自分の感情を素直に出して、それで自分の思った反応を得られるかなど、わかるわけがない。


 レイアも、ただ必死だったはずだ。

 しかしいつからか、それが当たり前として求められてしまった。

 そしてそれに応えなければ、居場所がないと自分を苦しめてしまっていた。


『……シエラ』


 レイアが飛びあがり、上空からライフルを撃ち下ろす。

 すぐに戦うフリだと気付き、駆けて回避しつつ防御する。


『ならば、どれが私だ? どこに私がいる!?』


 マルグリットの目を欺くため、いくらか本気を込める。

 推進器の力も借りて高く跳躍し、射撃のいい的になるかと思われたところで宙に板を生成し、それを蹴って軌道を変え、レイアへの飛び蹴りを狙う。

 しかしレイアも奇妙な挙動に射撃を止めつつ、即座に右手のライフルを投げて蹴りの勢いを弱め、その隙に太腿のナイフを取り出す。


(……どれがどうかなんて知らない! 私の目の前にいるあんたが――私のお姉ちゃんでしょうがっ!!)


 握った拳を開きながら振り上げ、実体化した黒い球をレイアとその周囲に向けて投げつける。

 むろんただの球などではない。それは炸裂し、プラズマを伴う黒煙が彼女の両視界を奪う。

 そこへ更に実体化した長剣を構え突撃したところで、ファタリテが警告を鳴らす。

 咄嗟に腕で頭を守りはしたが、飛来した鉄塊に弾かれる。

 混乱で集中力が欠かれるが、なんとか背後に板を実体化して落下の勢いを殺していく。

 戻った地上から晴れた煙を確認すれば、中から装甲の一部が剥がれたシフォンが姿を現していた。

 エイグを守る装甲を意図的に弾き飛ばしたらしい。


『戦うことをやめて、人の前に立たなくなった私を、それでも皆は私を認めるのか⁉』

(無理して演じて自分を殺して、そんなのが望みじゃないでしょ⁉ 心を開けない人を大事にしなきゃいけないって思うより、心を開ける人を探した方が良いに決まってるっ!!)


 脆弱な部分をさらしてしまった以上、戦闘を長引かせるつもりはないらしい。

 互いに次が最後と言うように、刃を構えて踏み込んだ。


(私を見ろ! ずっとあんたを見てきた人がここにいるでしょ!!)


 傷つけようとする意志は本物として長剣を振りかぶる。

 牽制のため再びナイフの爆弾を投げ、弾かせて爆発で気を逸らす。

 露になったエイグの肉といえる黒いボディを狙う――そう思わせて、速めに振り下ろした。

 狙ったのはナイフを持った腕。

 その意図を読まれ動かれるが、肘を狙ったのが手になっただけのこと。

 斬り落とすことはかなわずとも――持っていたナイフを弾くことには成功した。

 左手にはライフルを持ったままだったが、撃とうとしない辺り、もはや攻撃の意志がないか、そもそも弾丸が残っていないのだろう。


(逃げるななんて言わない。けど、お姉ちゃんを心配してる人のことも、考えてあげて。苦しいなら、私やディータが傍にいるから)

『……そうだな、そう――』


 息を切らしつつも、戦いの終わりを確信しようとしたとき。

 それがまた油断を生んでいたと知らされることとなった。


 完全に戦意の削がれたレイアの胸を、横から細剣が刺し貫いてしまったのだから。


「…………っ!!?」


 何が起きたのか脳が理解を拒み、飛来してきた方向に目をやるのが精一杯だった。


「殺せ、と言ったのよ。いつまでカビ臭い茶番を見せるつもり?」


 マルグリットのエイグがやったのだと、そんなのは明らかだ。


「私の手間を増やさないで頂戴。でなければ余計に血が流れることになるわ? まあどっちにしても殺すのだけど! 私とて慈悲深い貴族の女! 貴方が死んだ後でなら悲しむこともないでしょう? これが最後で最大で最良で最善で最澄で最上の譲歩と知りなさいな!!」


 うるさい。

 うるさい、うるさい、うるさい。

 周りが正しく把握できない。


 いま自分は何をするべきだ?

 怒りに任せマルグリットを全力で殺しにかかるべきか?

 駄目だ、両親が殺されてしまう。


 ならばこのまま棒立ちで状況に流されるべきか?

 そんなのは――嫌だ。


『――おい、嬢ちゃん! 聞こえてんならボーッとしてんじゃねえ!』

「っ!」


 眩暈とともに全てが遠くなっていくような感覚の中、脳裏に針をねじ込むような刺激が走る。

 ゼライドの怒号。


『コアの直撃は外してるみてえだ、死んでるわけじゃねえ! だからあと少し――ほんの少しだけ時間を稼げ!』


 通信に乗せて意図が伝わってくる。

 ――『彼ら』が、来る。


 ならば自分が今すべきは。

 マルグリットに従うフリをして、今度こそレイアを殺すこと。

 恐れから手が震える。

 ここにいないものを信じろと。あれだけ溝を生んでしまった相手を信じろと。

 やはりそんな突飛に身を置くのは、万が一が怖い。


 視界の隅でもう一振りの細剣を、シエラ目掛けて投げようとするマルグリットが見える。

 失敗すればすべてが終わる。


 半ば自棄になりながらも、振り下ろしたその刃が心臓に届くその前に。




「――――――――――――ァァァァァァァァァァァァウトォッ!!!!」




 辺りに響く甲高い金切り声が次第に、翡翠色を帯びた少年の絶叫に変わっていく。

 それを認めると同時に、顔面を殴られたらしいマルグリットが林をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。

 気付けば握っていた剣も折れている。


 正気を手放さざるを得なかった。

 これが彼だ。

 これが、シャウティアだ。

 都合のいいときにしか現れない、絶対的な力の持ち主。


 今度は彼の力を借りずに済ませたかった。

 けれど、緊張しっぱなしだった身体は思うように動かない。


 また彼に助けられてしまった。

 少しは成長できたと思っていたのに。


(……ううん)


 希望にすがる弱者のようだと言われてもいい。

 膝から頽れていく中、今は彼を信じたい気持ちに溢れていた。




(……『あなた』も、どうか――)



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