第29話「運命を背負って」:A2
『――ああ、愚かな人民たち。PLACEを名乗る凡愚ども! もはや貴方たちに勝ち目などないと知りなさい。けれども、ああ、ああ! 果敢にも私マルグリット・ヒュルケンベルクに挑み栄誉の死を遂げたいのであれば、受けて差し上げましょう!』
警報ののち、アレットを通じてエイグ搭乗者らに送られてきたのは、不快なほどにけたましい女、マルグリットの音声。
おそらくは、レイアの家庭に私怨を抱き暴走している件の人物。
イナにもそれくらいの連想はできた。
要約すれば、相手からの決闘の申し出。
勝てると踏んでのことだろうが、ならば余計に受けて立つ理由はない。待ち伏せでもされていると考えるのが普通だ。
しかし、彼女が妙な条件を加えたことで話は妙な方向へと向かう。
『いるのでしょう、ミシェーラ・エミリア・ライグセリス? あなたの姉や両親は私が捕らえているわ! 私を殺してみせれば返すこともやぶさかじゃない。貴方ごときが勝てると思うのならね! 勿論邪魔なんか入れないわ、ライグセリスの首を取るのは私でなくてはならないもの! 当然、貴方がたも余計は茶々は入れませぬよう』
願ってもない好機だ。わざわざ向こうから勝利条件を提示してくれたのだから。
問題はシエラがそれを達成できるかどうかだが。
――そう思いながら格納庫へ向かい準備をしていたのだが、意外なところから賛成の意見が出ることとなった。
「任せてみりゃあいい」
子供を前に出すべきでないと言っていた筈のゼライドが、意見を一転させていた。
「そもそもお前が出るのが仕方ねえと言ってる時点で矛盾してんだろ。それにまったく勝算や策がないわけじゃねえ」
自嘲気味に言う彼の表情から、どことなく呆れの滲む自信が見える。
そこへ、直前までゼライドと話していたらしいアレットが歩み寄ってきた。
「とりあえずレイア妹にあのバカの相手をしてもらう。坊やはもしもの時の保険だ。モニタリングしといて、危ないと思ったらはるばる飛んでっておくれ」
「……時間はかかるんですよ、あれ」
ぼやきこそしたが、それができるのだからその方が良い。
下手に敵陣近くで待機して襲撃されればたまったものではない。
しかしシャウティアを搭載していくほうが話が早い、という悩みも依然としてある。
「言いたいこたあ分かるが、虎の子だって散々言われてんだろ。だからお前にゃ悪いがここで待っとけ」
シャウティアのそばでもどかしくしながら、輸送機に収容されていくエイグを見送っていく。
そこであからさまな違和感に目を凝らす――何か見覚えのない橙色のエイグがいる。
(あれは……シエラのか?)
これといった装備がない特徴からゼライドの駆るヴェルデかと思ったが、あれは蒼色だ。
ほかのフランス支部の隊員が乗るカスタマイズエイグの可能性もあるが、他に搭載が準備されているエイグがないところを見るに。
「嬢ちゃん用にカスタマイズしたエイグなんだとよ。まあ、いらん装備剝ぎ取って小型のスラスターつけて見た目を整えたくらいのもんらしいが」
ゼライドから送られたデータ曰く、ファタリテというらしい。
謎が複数生まれる。これまで彼女との溝から詮索する気が起きなかった自分のせいでもあるが、彼女がこれほどの扱いを受ける理由がわからない。
装備がないのもそうだが、カスタマイズを受けるのは選ばれた隊員のみに許されたものであるという認識だった。
お世辞にも強い印象のない彼女が、なぜゼライドのお墨付きで送り出されることになっているのか?
「1週間そこら見ただけだが、お前らバケモンの卵を抱えてたってことだよ」
「は……?」
「アタシもちらっと見たが、あれを補欠扱いしてたのは愚策だったね。ま、今更責められんが」
「はあ……」
おそらく『実は強いと判明した』と言いたいのだろうが、その印象がない以上は反応に温度差も生まれる。
ちょうど輸送機に乗り込むシエラを怪訝に見つめていると、遠距離ながら目が合った気がして気まずく視線を逸らす。
「見てりゃ分かる。言うより見た方がいいだろうよ」
真偽はともかく、危ないと感じたら出撃すればいいだけのことだ。
問題は、イナの援護を狙って策を講じられている場合、ぶっつけ本番になるほかないこと。
『んにゃ~~~ん』
その時どうしたらいいか――などと考えていると、通信で間延びした猫のような声が割り込んで来る。
こんな声を出すのはアヴィナくらいしか思い当たらない。
(な……なんだ?)
『ボクも新兵器があればお手伝いできたのにな~~って』
発言に添えられたデータは――何やらやたらと大きな砲らしきものの設計図だろうか。
サイズから性能まで、子供が考えたようなことしか書かれていないのが気になるが。
『すーぱー超長距離キャノン砲なのだ』
(これで遠くから狙い撃つのか?)
『結局のところこれがいっちゃん強いじゃん』
意識外からの一撃には対処のしようがない。それはシャウティアとて逃れがたいものである。
実際に有効射程の広さはそれだけ戦場における優位性に繋がりやすく、単純だがアヴィナの発想は間違いではない。
が、今ここにないのなら策に組み込むことは無理だ。それに加え、大きすぎるがあまり運搬に向かない。
『ま、なんかあってもエンリョなくいってら。ちゃんと帰るとこは守っとくからサ』
(……ん、頼む)
イナはあくまで起こりうる保険としての役割を全うする必要がある。
何だかんだといって、こちら側に戻ってから初めての出撃と戦闘になる。
休んでいる間も、シャウティアの協力でシミュレーションをしてはいたが。
(いざって時は、やっぱりお前が頼りだ。……ごめんけど、頼む)
ふがいない自分を恥じながら、イナは愛機に向かって胸部装甲の展開を命じる。
(……そういえば)
ディータの姿が見当たらない。シエラが出撃するのだから、見送りに来るのではと思っていたが。
彼女は彼女で、日本支部の代表として忙しなくしているのだろうか。
「ボウズ、嬢ちゃんが遠足から帰れるかはお前次第だ。中継すっから昼寝すんじゃねえぞ」
「……はい!」
あまり気を散らしてもしょうがない。気になるのは自分が見ていなくともどうにかできる人間ばかりだ。
自分が彼女らの負担となる方が望ましくない。
《BeAGシステムオールグリーン。動作拡大率再測定――更新。Verdeとの通信接続完了。Fataliteの映像データ、送るね》
久しいAIのチカの声も不思議と懐かしい。
心なしか声音を冷たく感じるのは、気のせいではない。
声や口調こそ同じだが、やはり彼女はあくまで『シャウティアのチカ』。
いま傍にいるチカとは別なのだから、ちゃんと話してくれた方が安心できる。
《……ごめんね。やっぱりあんまり混乱させるとよくないかなって》
(無理強いしたいわけじゃない。とりあえず、サポート頼む)
《うん》
少しだけいつも通りに戻った気がして、安堵で緊張がほぐれる。
ひとまずはシエラが事を構えるまで、もうしばらくは気楽でいれるだろう。
間もなくして出撃した輸送機を見送り――無事にイギリス領土内への侵入を確認したのは、数時間と待たない頃だった。




