第28.5話「幕間⑤」:A
「……ずいぶん準備に手間取ったようだね?」
日付も忘れたある夜のこと。
睡眠薬や胃薬を飲むのもやめて、食事を取るのもやめて。
空腹に耐えかねていたところに、その来客はあった。
窓の外に視線をやっているが、無言で静かな入室であったことからすぐに察することはできた。
自分の番が来たのだと。
「手洗いも済ませている。汚物は減らすように努力したつもりだ、スマートに頼む」
思っていたより声が乾いていており、自分で苦笑してしまう。
「言伝を預かっている」
自分の語り口に耳を貸す様子はなく、来客は淡々と近づいてくる。
椅子の背もたれ越しに銃が構えられたことだろう。
死を目前にすれば怯えて仕方なくなると想定していたが、『見えない』というだけで意外にも恐怖心はない。
「『君はあまりに知りすぎてしまっている』」
「これはまた、在り来たりなセリフだね」
知りすぎてしまっている――好きでそうなった覚えはないが。
だが、この役を引き受けたのは事実だ。
仕方ないことだったとしても、やっている以上はその責任を負う羽目になる。
「死ぬことを想定して、何かあれば遺言を聞くようにとも言われている」
ここから死ぬ以外の道筋は見えないが、もしここで何かの邪魔が入るのだとすれば、『神』に愛されている。
そうでないのだとすれば、自分の役割は終わったということ。
「ある種、君たちの指導者とは仲間だと思っていたのだけれど。……いや? まだそう思ってもいいのかもしれない」
刺客は応えない。
あるいはこのまま延々喋り続ければ延命できるのでは、と考えたが、現実的ではない。
その上――これを受け入れるつもりでいたのだ。
今更、部下として付き合ってきた者達に顔向けできるようなことはしてこなかった。
基地を掌握されたこのタイミングがちょうどいい。
犠牲も既に出ているだろうが、どうせ数だけでしか語られないモノに何の意味があるのか?
自分の死を悼むものがいるとすれば、それはしばしの間心中に留めていてほしい。
この荒んだ世界でそれでも生きようとする者がいるとするならば――同情はする。
無責任と言われようが、自分はここで死ぬ。
先に面倒ごとから逃れられることに感謝したいくらいだ。
……なるほど、死を前にして変に落ち着けているのはこのせいか。
「共にセカイの礎になろう。共に罪人として首を差し出そう」
立場の違いから、直接的に話し合うこともなかった。
けれども世界各地で起きる出来事で、お互いの考えを示し合わせていたと思っている。
ゆえに許されてはならない。
その正義感の刃で、共に貫かれてしかるべきだ。
(そうだ――僕たちの死こそが、貴方への一番の反抗になるはずだ)
選択の間違いを示す証に。怒りを燃やすための種火に。
そうならないのならば、やはり自身の存在には自分の思っているほどの価値はないということに過ぎない。
「神の歪みが罰されることを、貴方もまた願っていると。信じるばかりだ」
いつからか肘掛けを叩いていた人差し指の動きが止まると同時に。
最後に認識したのは、胸と頭蓋を槍のような銃弾が突き破っていく感触だった。
死ぬと人はどうなるのだろう。どこへ行くのだろう。
少なくとも――碌な場所ではない。
神の居る場所に近づく、というのであれば!
笑えないのが、残念でならなかった。




