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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第28話「交わる蒼紅」:A2

《イーくん、みんなこの人知らないんじゃない?》

(えっと……)


 振り向いたアヴィナからの通信に言葉を詰まらせる。

 当然と言えば当然か、交戦の経験があっても生身で対面するのは、イナ以外はこれが初めてになるはずだ。

 ――アヴィナも見たことはあるだろうが、あの時はライフルのスコープ越しだ。

 正直に言って一触即発の空気にならないかと心配になるが、男――ゼライドと視線が合い、何かを促されていることをなんとなく察する。

 あちらから動く方が警戒を強めてしまうから、仲間の方からの方がいい。そんなところだろうか。


「『ブリュード』のお二人、ゼライド・ゼファン様にイアル・リバイツォ様……で、合っていましたか?」

「ん……ああ、そうだ。情報が早いな」

「フランス支部司令、アレット・バシュレ様から聞き及んでいます」


 イナが躊躇している隙に、どこから知ったのか、ディータが代わりに発言する。

 アヴィナやシエラがピクリと身を動かしたのはイナでも分かったが、お互いにその気はないだろうとある種の祈りをしながら状況を見守る。


「イナ様は、ご存じなのですよね?」


 話を振られ、何か悪事を働いたような気分になり、黙って首肯するほかない。

 初めてPLACEに来た際、それまでのいきさつを語る時に彼らの名前も出しているので、面識があること自体はある程度は知られているだろう。


「どこまで話されてるか知らんが、上の命令で保護したのをちっとばかし面倒見て追放したぐらいのもんだ。あとはご存じの通り」

「連合軍に怪しい動きが見られ、先の大規模戦闘に乗じてPLACEに投降した次第です」


 ゼライドの半歩後ろに控えるイアルが抑揚なく補足する。

 怪しい動きというのは、『テュポーンズ』に関わることで間違いないだろう。

 しかし過去PLACEに甚大な被害をもたらしたという『ブリュード』が投降を受け入れられたというのは、幸運というほかないだろう。


「ま、ヒュレプレイヤーなのが幸いしたな。監視の目はずっとついてるが」

「して、何用でしょうか? 紹介だけではないと思いますが」

「ん、いや……」


 ゼライドの視線は一瞬イナの方に向くが、それからじっと見ていたのは――チカ、だろうか。

 新顔が増えていることが気になったのか、あるいは連合軍に囚われているときに面識があったのかもしれない。


「……今度は仲良くしようってんだ、顔を突き合わせなきゃ悪いと思ったんだが」

「いえ、大事なことだと思います」


 年長者同士の会話はひどく穏やかなようで、陰であれこれとやりとりしているような危険さを感じさせる。

 元よりエイグの通信があれば並行して会話もできるのだ、表面上の会話をどこまで鵜呑みにできるのか。


「それはそうと、私共の中にはあなた方と話したい方もいるようです。監視の方々さえよければ、その時間くらいは作って良いかと思いますが」

「……まあ、そうだな」

「じゃあボクはぁ、そっちのおね~さんと話がしてみたいなあ」


 アヴィナは身を乗り出して挙手する。

 同じような装備のエイグを駆る者同士で合う話があるのだろうか。

 命のやり取りをしていた人間とそんなに明るく話せる気はしないが――アヴィナはそうではないのだろう。

 誰が言ったか、戦っているのはエイグであって目の前の人間ではない。

 いまのイナもそう感じていたが、あまりゼライド達に対して警戒心を持ってはいない。

 ゼロ、というわけでもないが。


「私は構いません」

「じゃああっちいこ~」

「なら俺は――」


 トントン拍子にこの場を離れていった二人を尻目に、ゼライドの視線が再びイナに、と思った矢先。

 意外な人物が声を上げた。


「……あの!」


 弱弱しくも何か決意を込めたように、彼女――シエラはゼライドを呼びかける。


「私を、強くしてください」

「……あァ?」

「強い人なんですよね。お姉……姉から度々話を聞いてました」


 ゼライドの目が細くなり、いくぶん険しくなったように見える。

 子供に迫られてうざったい、という風にも見えるが。


「お断りだね」

「どうしてですかっ!」


 シエラの声音には怒りと焦りがにじんでいる。

 明らかに冷静でない人間の面倒を見たいなど、ふつうは思わないだろう。


「にわか仕込みが一人増えたところでどうにかなんのか? そっちのボウズを鍛えた方がまだマシな気がするがな」

「っ……それでも! それでもっ!」


 彼女が食い下がる理由は、やはりレイアのことだろう。

 血縁者であるからこそ、自身で対峙して意図を明らかにし、自身の手で止めたい。そういう風に考えているのかもしれない。

 気持ちとしてはわかる。イナも同じ立場であればそうしたいと思う。


「姉とやらに執着して戦いに出るってか? 冗談きついぜ、戦争はドラマやショーじゃねえんだ。それにお前が良くても俺は子供を死線に送る手伝いした大罪人じゃねえか。自分のことを配慮しろっつうなら、俺のこともちったあ省みてくれよ」


 イナにも刺さるものはあったが、ゼライドの反応はひたすらに正しいものであったし、概ね想像通りだった。

 この状況に慣れてしまっていたものの、テロ組織で子供が前線に出ているなど、問題以外の何物でもない。

 ゼライドとしても、既に最高戦力として数えられ戦果を挙げ続けているもの――アヴィナ、それにイナもそうだろう――は幾分仕方なくとも、これ以上新たに子供の戦力を加えるのは避けたいのだろう。


 シエラに背を向けられている恰好のため、その表情まではうかがえない。

 しかし微動だにしないところを見るに、固い決意でゼライドに訴え続けているのはわかる。

 その体を支えるディータの心中はいかほどか。


「――護身術程度なら、お願いできませんか?」


 意外にも彼女はシエラを宥めるのではなく、むしろそれを応援するようなことを言った。

 発言自体に妙なところはないが、やはり何か本音を隠しているような気がしてしまう。

 これに対しゼライドは、少し考えるように視線を逸らしてから。


「……まあ、それくらいならいいか」


 と、諦めたように息を吐いた。

 彼女は何か裏で弱みでも握っているのか。

 日本支部での自衛隊との会話でも思ったが、その場の会話を全てコントロールする能力でも持ち合わせているような気がする。


(小説の話したの、間違いだったか?)


 あるいは彼女がiaの側にいる人間だったとしたら――彼女自身が『ia』だったとしたら?

 直接聞けるはずもないが、これだけで疑うのはどうかしている。


「まずは休んで体調を整えな。話はそっからだ」

「い、今からでも!」

「教えを乞うならある程度は従えよ。その辺は礼儀の話だぞ」


 シエラは不満そうにしながらそれ以上は何も言わない。


「では、私はお嬢様を部屋までお連れしますので。これで失礼します」

「……はあ、ようやくお前らの番と言いたいところだが」


 残った3人、特にイナとゼライドは真っ先に話をしたいところだっただろうが。

 いざその時になると、何を話せばいいのかわからない。

 ゼライドの謝罪を求めているわけでもなければ、彼の行いについて問い詰めたいわけでもない。

 彼は職務を全うしていただけだし、イナの生存は彼の意図がなければありえていない。

 だからと言って、戦場で構え合った相手に謝罪というのも、妙な気がした。


「ま、元気にやってんならよかった」

「……そう、ですね」


 あの時とはなにもかもが変わってしまった。

 先ほどの会話を聞いていたせいで、自分が最前線で戦っていることも負い目であるように感じられてしまう。


「無理すんなっつってもそれが難しいんだろうけどよ。戦力的にはまあ……頼りないかもしれんが。少なくとも考える頭は一つでも多い方がいいだろ? 話くらいは聞けると思うぜ」

「……はい」


 どう応えるのがいいのかわからず、控え目な言葉しか出せない。

 ゼライドも困惑を滲ませている。彼も言葉選びに苦心しているのだろう。


「ま、その嬢ちゃんで十分ならそれでいいさ。ともかく頼むぜ――と、握手は駄目なんだった」


 差し出そうとした手をすぐにひっこめられ、イナは首をかしげる。


「握手の瞬間にAGアーマー着て握りつぶしてみろ。そういうことができる身体なんだから、事前にボディタッチは禁止されてんだよ」


 それ以前に、何か行動を起こした時点ですべて手遅れな気がしなくもないが。

 その辺りはひとまずの信頼で成り立っているのか、何か策を用意しているのか。


「なんかそういうおっかない隊員がいるんだとよ。いつでも俺の首なり腕なり飛ばせるらしい」


 物騒なことを言う割には、あまり怯えている様子もない。

 対処できる自信があるからか、そんなことをするつもりはないという意志の表れか。

 ともかく過去のあれこれは置いておいて、彼を疑おうという気にはならなかった。

 少なくとも気兼ねなくとまではいかないものの、自身に害をなす危険がある風には受け取っていない。


「動くくらいの自由は貰ってる。あの嬢ちゃんの面倒も見なきゃならんからいつでもとはいかんが……呼べば行けるようにはするさ」

「ありがとうございます」

「……そういや、あの嬢ちゃんのことなんだが」


 話題が変わる。さすがにあそこまで食い下がられては、背景が気になりもするのだろう。

 おそらくレイアの敵対に関しても、彼は知っていないのだろうから。


「チビッ子の方は何度かやり合ったってのはわかるんだが、あの嬢ちゃんは全然わからねえ。予備戦力かなんかか?」

「……たぶん。あんまり前に出る感じじゃなかったと思います」


 一緒に出撃したことはないが、初めてイナが飛び出した時――シエラを助けに行った際も、他に多くのエイグが出撃していた。

 あの時はあくまで補佐的に、実戦の空気を知るためだけに出撃していたのだろう。


「ただの素人をここまで運ぶのもよく分からんが……」

「……家に帰したかった、とか?」

「あのメイドさんがか?」


 イナはなんとなく思いついたことを口にしただけだが、そこから一応続きを考えてみる。

 本人のいないところで個人情報を漏らすのも憚られたが、ゼライドならいいだろうと判断する。


「詳しいことは知らないんですけど。あの子、政治家の娘らしくて。そこに仕えるメイドがあの人だから、PLACEの本部に行くついでに家に帰そうとしたんだと思います」


 もとよりあの精神状態でなくとも戦力には数えられないはずだ。


「……ま、それなら多少は身を守れるようにならんとな。ちったあモチベができたわ」


 じゃあな、とゼライドは手を振りながら去っていく。

 イナは急な会話の終わりに言葉を見つけられず、とりあえず手を振り返し、彼の背が遠くなっていくのを見送る。


「とりあえず、用意してくれた部屋に行こっか」

「……そうだな」


 これまでずっと会話に参加できず退屈だっただろうが、チカは平気な様子で次の目標を定めてくれる。

 彼女は彼女でストレスをため込んでいないか心配になる。


「私なら大丈夫だよ。イナも無理しないでね」

「……うん」


 応えつつもいざ苦しいときに頼れる自信はなかったが、そう言ってくれるだけで少し気は軽くなった。

 軽くなったが故の突撃思考なのだとしたら、いいことばかりとも言えないのかもしれないが。


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