第28話「交わる蒼紅」:A1
「大した出迎えもできなくてすまないね」
反連合組織PLACEフランス支部の司令室にて、ミュウを除いた日本支部の面々は、ここを仕切る女性隊員アレット・バシュレと一列に並んで対面していた。
直接の面識があるのか動揺のないアヴィナやディータはともかく、イナは立派なデスクに直接腰掛ける彼女の佇まいに少し警戒している。
チカもおそらくはそうだろう。シエラは――相変わらずそれどころではないようだ。
ともかく豪胆そうな印象を受けるアレットは、赤味を帯びた長い茶髪を無造作に揺らすように頭を掻き、ため息を小さく吐いた。
「……前々から聞いちゃいたし、前も通信で見たけどさ。いざ目の当たりにすると異様な光景だね。ココは避難所じゃないよ?」
「存じております。無礼を承知の上で、こうして受け入れてくださってありがとうございます」
「それも仕事だしねえ。ほんで……まあ、そこの坊やが虎の子だろ? 生で見るのは初めてだね」
イナは自分が注目されていると分かり、一瞬だけアレットと合わせた目をすぐに逸らす。
アレットもこんなのが切り札だとは信じがたいのだろう、顔を顰めるのを隠すように窓の外を向く。
「とりあえずは現状の共有だね。あんたらが見た通り、イギリスは占拠されてるし通信も遮断されてる。どこまでどうなってるのかもわからないけど、とりあえず手は出せず終いというわけだ」
「偵察も出せない感じなんですかぁ?」
相変わらず自分のペースを崩さないアヴィナが、物おじせずに質問を投げかける。
彼女自身その答えを分かっていそうだが、イナやチカに理解を深めてもらうための道化だろう。
「ああそうだね、専用のドローンなり何なり飛ばしてみたが漏れなく墜とされた。そんなんで人を向かわせるのは憚られるし、何もわからないまま。我ながら情けない話さ」
「こんな状況で出撃する方も気の毒ですから、責めることはできません」
「まあ、敵方がバカなのかなんなのか、バカでかい声であれこれ喋ってたのは聞いてる。イギリス支部はもちろんのこと――政治中枢も抑えられてそうだね」
アレットがそう言った途端、視界の外から奇妙な吐息が聞こえた。
すぐに振り向くと、そこでは顔を青くしたシエラが肩を震わせているのが認められた。
それを見たアレットはというと、特に心配する様子も見せていない。
ディータがすかさず体を支えたから、というわけでもなく。
まるでそれを分かっていたかのようだった。
「……アンタ、どこまで話した?」
「いいえ、ほとんど何も」
「そうかい」
それがさほど重要なことではないのかはっきりしないが、ならば仕方ないとばかりにデスクを離れ、アレットは腕を組みなおす。
「端的に言う。PLACEに所属しているそこの嬢ちゃんの正しい名前はミシェーラ・エミリア・ライグセリス。イギリスで政治やってるライグセリス議員の次女だ」
(……じゃあ……なんだ?)
唐突に明かされたことへの混乱を払いつつ、そこから何かを導き出そうとして夢中になる。
少なくとも容易く分かるのは。
(レイアさんはその長女ってことで……なんか、言ってたよな?)
制圧作戦の途中、ハワイの基地で補給を行うために立ち寄った時のこと。
レイアと面識のあるらしい男は、口を滑らせたように言いかけていた――「フェス」なんとか、と。
おそらくレイアというのは偽名で、その「フェス」なんとかというのが正しい名前なのだろう。
問題は、これが明らかになっただけでは話が前に進まないということ。
イナはなんとか意識を現実に戻して、話の行く先を見守る。
「そのライグセリス議員はPLACEと協力すべしという態度をとってきたんで、狙われたんだろう……と、あくまで推測だけどね。なんかそのバカの様子からして、私怨マシマシって感じだったけど」
今にも倒れそうなシエラを壁に寄りかからせながら座らせたディータが、思い面持ちで口を開く。
「襲撃を受けた際、かすかながらシフォン――レイア様のエイグの反応をキャッチしました。状況から察するに、首謀者は私怨を込めて『ご主人様』の身柄を盾に、お嬢様を意のままに動かしている……というところでしょうか?」
「概ねそんなところかねえ」
もとよりこの会話に混ざれようはずもないが、いまのイナは背景を推察することに脳のリソースを割きすぎている。
大事なことではあるのだが。
(元からメイドがいるのも変だったけど……じゃあ、正しくはレイアさん達の親が『ご主人様』で、お目付け役に遣われたってことか?)
その辺りの詳しいいきさつは分からないが、忘れかけていた違和感が解消に近づいた。
そしてそれを一旦思考の外に置けるようになって、襲撃当時に思い出せることがあることに気づく。
(じゃあ、あの黒いシャウティアはなんだったんだ?)
緊迫した空気が続き、チカにも共有できていなかったが。
今のところあれが脅威であるかは分からないため、話すべきかどうかもわからない。
(……ディータが、それに気づいてないわけがないよな)
彼女の思惑など知る由もないが、必要以上に情報を出して混乱させるべきでないというのなら、少なくともイナは同じ意見だ。
ここは黙っておくべきだろう。
「目下様子見。アンタらってか、虎の子の坊やをホイホイ動かすわけにはいかないね」
「………」
そんなつもりはなかったが、抗議の視線に見えたのだろう。
ただその理由が気になるイナを諭すように、アレットは言葉を続ける。
「アタシも全部が全部理解できてるわけじゃあないけど、どうやら相手はビームを撃ってくるらしいんだ」
イナの眉間に皺が寄る。
ビームと言えば、映像でだけなら見慣れたものだが。実在するものという印象は全くない。
「あくまで便宜的にそう呼んでるだけだけど、撃ったら即着弾、装甲は溶けて易々貫通。データが少ないから何とも言えないけど、いつでも迎え撃つ用意はできてると思っていいだろうさ。攻められたら仕方ないけど、そうじゃない今は下手に出ていくわけにはいかない」
それだけでは正直、イナは納得できていなかった。
自分が突撃すれば済むのではないか。その思考が正しいと思ったが、相手を納得させられる論理が思いつくはずもなく、押し黙る。
「めんどくさいけど一応言っとくよ。アタシらはこれでも組織だ、必要とあらば切り捨てることもする。勝てない戦いに挑んで全滅なんてシャレになんないからね」
アレットの言い分は、人の上に立つ者としては間違いではない。
間違いではないが、正しくもない――シエラのことを想うとそうも考えてしまう。
(……でも、待ってたって状況が好転する保証もない)
ビーム兵器。それが登場する作品の設定にもよるが、光速に準ずるものだとしたら、不意打ちには対処のしようもない。
研究でその策が立てられるとしても、いつ来るともしれないタイムリミットに迫られたままでは落ち着いてもいられないだろう。
そう思うと、アレットが実はそこまで深くは考えていないような気もしてくる。
無難なことを言って煙に巻いているような。
「とりあえずアタシからは以上。ちゃんと整えてなくて悪いが、空き部屋を使ってくれて構わない。そういや、指揮はどういうつもりで来てんだい?」
「日本支部司令アーキスタ様は現在行方不明ですので、こちらに従うつもりでいます」
「行方不明ぇ? ……ウチの男どもはなんでこうも好き放題かね」
アレットにもそれなりの苦労があったのだろう。
ほかの司令についてはそこまで詳しくはないが、しっかりとした規則もあまりなさそうな組織で人を管理している時点で、その苦労の大きさは測るに余る。
「まーとりあえず以上以上。なんかあったら伝えるよ。アタシはとりあえず寝る」
言われなくても勝手に寝てそうな印象を受けるが、こちらとしてもこれ以上伝えることはない。
せめてあの黒いシャウティアか、レイアと直接話ができればいいのだが。
後者はかすかな可能性があっても、前者はまったくその気配がない。
(俺にできることはないのか?)
「イナ、行こ?」
「……ああ、うん」
皆が部屋を出始めていたことに気づき、慌ててチカと共に仲間の背を追う。
当然ながらこの部屋で一度も喋ることはなかったが、彼女はどこまで理解できたのだろうか。
わかっていなくてもいいような気もするが、彼女自身がどう考えているかは定かではない。
ただこの場にいるにもかかわらず、ずっと置いてけぼりのままなのは可哀想だとは思ったが。
(……シャウティア。お前は、まだ何も言ってはくれないのか)
黒いシャウティアのこと。テュポーンズのこと。
そして――iaのこと。
ここまでにべもない反応であれば、嫌でも自分で考えたくなる。
その結果が無謀な突撃ならば、止めたくもなるが。
(でも。俺に選べっていうんなら……何したって、間違いじゃないんだろ?)
隙を窺うように、ちらと振り返ってアレットを見る。
彼女は既に端末を起動し、イナのことなど気にも留めていない様子の彼女。
フランス支部が襲撃を受けていないのは偶然か? 彼女はどこまで考えを巡らせている?
疑っても仕方はないのだが――自分の意見と合わない者を無条件で信じられるほど、イナは穏やかではなくなっていた。
(……言えないならそれでもいい。イギリスまでのルートを検索してくれ。あとは……レイアさんの反応が追えるなら、探しててくれ)
シャウティアから端的に了承の旨だけ伝えられ、イナは司令室を出る。
が、何やら隊列の進みが悪いことに違和を覚える。
何事かと体をよじらせて様子を見ると、そこには見慣れな――いや。
そこにいるはずのない人物が視界に入れば、嫌でも一度理解を拒んでしまう。
なぜなら、そこにいたのは。
かつてイナの面倒を見ながら追放し、戦場でも火花を散らし。
連合軍の身を置き、立場上は『敵』であるはずの二人。
『ブリュード』が、一行を待つように立っていた。




