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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第27話「悪意でないのなら」:A3

 PLACE日本支部選抜部隊の空の旅は、無事であった。

 ディータやアヴィナへの負担は大きかっただろうが、それでも戦闘が発生しなかっただけでもお釣りがくる。

 目的地のイギリスが徐々に近づくにつれて安心感も出、油断している自覚もあったが――如何せん、イナも気を張り続けてロクに眠れないままであった。


 それでも、やれる限りの会話は交わしていた。

 チカとは元の世界で見た『絶響機動シャウティア』の話を共有したが、チカもそれを把握していたことを知り。

 アヴィナとは記憶のことをそれとなく尋ねてみたが、なんともないとはぐらかされただけで、それらしい収穫はなかった。




 そういうわけだったので、イナは珍しくさらに行動を起こした。

 はっきりとしないが、『登場人物』に大して「この世界が創作されたものかもしれない」などと伝えるのはかなり危険だ。

 そう思っていたが、珍しくひらめくことがあった。

 あの時見た小説の中にはおらず、この世界には存在している人物が一人、近くにいたのだ。


(……なあ、ディータ)


 その人物に大して、イナは恐る恐る通信をつなぐ。

 他の搭乗者のメンタルケアや機体制御もあり、会話の余裕などないと思ってはいたが。

 一つ気が付くとそればかりに思考を割かれ、後回しにし辛いのが彼の難点だ。

 ゆえに後ろ髪引かれる思いを乗せつつも、彼はディータにコンタクトを取っていた。


《私の方はお気になさらず、案外と退屈しているものですから。何か問題でもありましたか?》

(……元の世界にいた時、気になるものを見たんだ)


 シャウティアに命じ、イナの中にある小説のデータを送る。

 一瞬の沈黙――現実時間ではそう形容するほども経過していないが――の間、イナは心臓がいまにも止まるかと思うほど跳ねるのを自覚していた。


《大まかな意図は伝わりました。この世界において、テュポーンズとは別の脅威が存在する可能性があると》

(……それに、テュポーンズはその小説には出てきてない。ファイド・クラウドの生死もはっきりしてないし)

《根本的に、登場人物の有無や立ち位置の違いを考えると――我々はこの物語とは別の道筋を進んでいると考えるべきでしょう》

(そう……そうだ! 主人公の『シオン』は……)


 ディータの言から思い出し口にしようとするが、あまりにも根拠に乏しく語勢が失われる。


《今更少々突飛であったとて、疑ってばかりもいられません。イナ様は確信めいたものを感じたのでしょう?》


 思考で頷く。


(シオン・スレイドは……連合軍にいた。いまはどうなのかわからないけど)

《シャウティアの搭乗者であった者が、シャウティアに似た力を持つエイグに乗っていたと……偶然と考えたいところですが、その出所によっては意図的でしょう》

(ファイド・クラウドが?)

《無関係とは言えないかもしれません。……いずれにしても、ここに酷似した世界を作品として描写しているものがいるということは、世界を俯瞰するものが存在するというのは間違いないでしょう。問題はそれと接触する手段がないことですね》


 イナは何も言えなくなってしまう。

 同時に気付く。不安の種をばらまいただけで、情報の共有どころではなくなっていると。


《いえ、接触はできずとも、これは安心要素であるかもしれません》


 訝しさから眉をひそめる。

 未知なものに観察されている可能性が常にあるというだけで、かなり不安になりそうなものだが。


《ハッキリ言って、ファイド・クラウドはいつでも我々を撃墜できるでしょう。しかしそうはしていません――少なくとも現在に至るまでは》


 それは、出発時にアヴィナも言っていたことである。


《その理由は、要約すると『つまらない』からかもしれません》

(……『つまらない』?)

《イナ様の見た小説を書いた者がこの世界を俯瞰しているモノとイコールとするならば……そして、シャウティアに乗る者が主人公と定義するのなら》


 唐突に話の次元が変わってしまった気がするが、ディータの例えはイナにも想像しやすいものだった。


(キーになるキャラクターが勝手に死んだら困るから、ファイドは手を出せない……ってことか?)

《俯瞰しているモノが確定していない以上、あくまで仮説に過ぎませんが……そうだとするならば、イナ様の命は保証されていると言えるでしょう》


 本来喜ぶべきことなのだろうが――素直にそうできなかったのは、確証がないからではない。

 ディータの仮説が真だとして、周囲の人間の保証はされていないからだ。

 イナの見た小説の中では、呆気なくアヴィナ達は死んでしまった。

 テーブルの埃を手で払うような乱雑さで。


《そちらの懸念も確かにありますが……皆様の抱えているモノが解決されるべきと設定されているのなら、今焦る必要はないでしょう》

(……物語上の『役割』があるから)


 ディータが首肯した。

 イナもそれで一応溜飲を下げたものの、案の定見落としている不安要素がある。



 ――『死』がその人物に与えられた『役割』だとしたら?



 考えただけでイナの頭はパンクするだろう。


(……ごめん、こっちから話を振っておいてなんだけど)

《いきなり自分を含めて物語の駒だと認識するほうが無理があります。ひとまずは眼前の目標に集中しましょう》


 それはディータも同じことであるはずなのに、彼女は変わらず落ち着いた様子でイナを諭す。

 イナも調子を整えるように息を長めに吐いて通信を終えた。


「……どうかしたの?」


 実際に経過した時間は定かではないが、隣に座るチカはイナが急に溜息を吐いたように見えたのだろう。

 上体を屈めて覗き込んできていた。


「……小説の話。分からないことが増えただけだったけど」


 近くで機器の操作をしているアヴィナに聞こえないよう、声を潜めてあえて具体的な言及は避ける。


「誠次さんたちは何か教えてくれてたりしないのか」


 チカは首を振る。

 自身をメッセンジャーだと言っていた悠里夫妻が肉親、それも当事者に何も伝えていないというのはおかしな話だと思うが――知ることに大した意味がないのだろう、としておく。


「でも、お父さんたちはイナにこう話してたよね」


 ――君が『選ばれた』のは、最終的に『彼ら』とって望ましい行動を取ると思われたからだ。


 発言の一つ一つ自体は正直うろ覚えだが、幸いにもシャウティアが記録しており参照は容易だ。


「だからその、神様みたいなのは複数人いる、っていうのは確かなんじゃないかな」

(……iaだけじゃないってことか?)


 誠次達があの場面で嘘を言っていないとすれば、その可能性は高い。

 おまけに玲衣の言う『奴ら』は、解釈によっては。


(……俺の本当の両親が、関わってる?)


 すべてを明らかにするためには情報が足りない。

 その上あえて言うならば、『今はその時ではない』のだろう。

 真実はおそらく、おのずと彼の前に提示される。

 それまでは、この世界を――


「――――ッ!?」


 決意を固めようとしたイナの脳裏にノイズが走る。

 異常、緊張、敵意に似た何か。

 頭の中を、目の細かいヤスリでなぞられたような不快感がそう解釈される。


「ぼちぼちイギリス支部見えてくるから、降りる準備を……ってイーくん? どったの?」

「何か感じたみたい。おかしなものは見える?」


 イナは感覚の源を探ろうと集中するあまり、会話ができないどころか呼吸も忘れている。

 呑気だったアヴィナの表情もいくばくか険しくなり、静かに目を閉じなおす。




――――――


《β機アヴィナ、みんなにつーたつ。レーダーにまだ反応はないけど、イーくんが何か感じたっぽい。少し迂回して様子見しない?》

「………」


 ディータの事務的な連絡のほかは音沙汰の無かった通信が、久しくシエラへ届いた。

 具体的なデータもなく曖昧にもほどがあるが、アヴィナにとってはイナの直感が部隊を動かすに値するものなのだろう。


 正直、理解はできなかった。試しにレーダーで周囲を索敵しても何も映らない。

 範囲外の敵を『感じた』というのなら、余計に突飛だ。

 突飛、突飛、突飛。


 いったい自分が何に付き合わされているのか、分からなくなり始めていた。

 仮にこれから戦闘が起こるとして、おそらく自分にできることはない。

 とても口外できるようなことではないが――イナを命がけで守れという指示に従いたいとも思えなかった。

 聡いディータには、それを見透かされているかもしれないが。


(……イギリス)


 レーダーを地図に切り替え、その形に思いを馳せる。

 つい数年前までは、その国土でレイアと過ごすのが当たり前だった。

 それが世界のすべてだと思っていた。

 兄もいて、父も母もいて。

 たまに厳しい教育から逃れたレイアと一緒になって遊ぶのが好きだった。


 でも――戦争が全てを変えた。

 何もかもを奪ってしまった。


 自分の心境が大きく変化することを予測できていたわけではない。

 それでもこうなってしまった以上は、もうそこを帰るべき場所だとは認識できない。


(お姉ちゃんは。帰りたくなったから、黙って帰っちゃったの?)


 試しに行方の知れない姉に向けてメッセージを送る。

 相変わらず返答はない。


 はずだった。


《………………逃げろ》


 ノイズ交じりに一瞬だけ聞こえたその声は、間違いなく。


(お姉――)


 今一度呼びかけようとしたシエラを、警報が制止した。

 判断が鈍っていたことを自覚する。イナが何かを感じたというのが本当であるのなら、『何か』が起きたときには警戒を強めるべきだった。


(でも……でも!)


 自分の中で考えがいくつも生まれてはぶつかり合い、まとまらなくなる。

 同じ容器に一気に水と油を注ぎ込んでいるような。


《α機ディータから各員へ。此方を狙ったと思しき射撃を数発確認しました。正確な発射位置は不明ですが、動きを読まれている様子です。イギリス支部への進路は抑えられていると考えるべきかと》

《β機アヴィナ~。戦闘は避けてフランス支部に行くってのはどお?》

《――――α機ディータ、フランス支部アレット・バシュレ司令の許諾を得ました。各員へ、これより両機ともフランス支部を目指します》


 動揺が生まれる中で、頭の回転の速い二人がエイグの通信を活かしてトントン拍子に事を進めていく。

 しかしレーダーをより詳細に表示してみれば、今もなお数発ずつながら弾丸が周囲を飛び交い、機体を掠めたりもしている。

 段々とその間隔が短くなっている。

 つまり?


 それを発射するモノが徐々に接近している――レーダー上で名前を隠匿されたそれを確認したと同時に、奇妙なことが起こる。

 輸送機と接近するエイグの間に、まったく別の反応が突如出現したのだ。

 電子迷彩の類でなければ、そんな芸当ができるのは、知る限りイナのシャウティアだけ。

 しかし確認してみても、イナが出撃している様子はない。

 焦るように窓に張り付き、ソレがいそうな辺りを見る。

 雲と重なりはっきりとその姿を見ることはできないが、その端的な印象を述べるならば――


(黒い……シャウティア?)

「……!」


 それまで離れた座席で沈黙していたミュウが、突然シエラと同じ方角に引き寄せられるように窓へ近づく。

 彼女も黒いシャウティアに気付いたのだろうか。


 ともかく。

 ともかく、それは異質なものだ。

 味方か、襲ってきたモノに仇なすものであるならばまだいい。

 その矛先が此方へ向くのであれば――次の瞬間に命はない。


 緊張のあまり、心臓が止まったかのように感覚が薄くなる。

 レーダー上のエイグが動きを見せないのが不気味でならない。

 もう行動を終えた後だろうか? いま何秒が経過しただろうか?

 自分はまだ、生きているのだろうか?


《心配しなくていい、シエラ》

「……っ⁉」


 無防備にした覚えはないが、個人間の通信が繋げられて語りかけられる。

 聞き覚えのない、壮年の男性の声だった。

 確証はないが、あの黒いシャウティアに乗っている者だろう。

 そんな人物から自分の名前を呼ばれたショックで、再び思考が硬直する。


《お前たちの『居場所』から、奴らに何も奪わせはしない》

(待っ……て。あなたは)


 絞りだした問いかけに、男は応えない。


《なにあれ、どうにかしなきゃな感じ?》

《今のところ、此方を攻撃する様子は視られません。援護してくれるというなら甘受しましょう》


 通信にイナの動揺が混ざってくる。

 今にも飛び出してしまいそうな勢いだったが、どうにかそれを抑え込んでいるようだ。

 シエラもあの黒いシャウティアを信じてほしい、と言いたかったが、確証がない以上は下手に口にするのははばかられた。

 既にフランス支部への進路変更は決まっていたのだ、これ以上のことは到着してからでいい。


《フランスも似たような感じだったらどーするの?》

《自前で航続の為の補給は可能ですが、これ以上の航行は避けた方がいいでしょう。強行突破も視野に入れます。フランスまでそう時間はかかりませんので、各員は戦闘及び降下の準備をお願いします》


 そんな場合でもないのに、一息をついて座席に身を預ける。

 短い間に色々なことが起こりすぎている。


 レーダーの反応も偽装されていた上に目視したわけではないが、姉は生きており――理由は不明ながら、イギリスにいる。

 突如現れた黒いシャウティアは味方で、何故かこちらのことを――おそらくPLACEのことも知っている。


 疑問は尽きないが、前者については根拠のない確信があった。

 今までに何度も話題に出てきていたが、その気になれば敵はこちらをいつでも落とせるはずである。にもかかわらず、今回はやる気のない攻撃で威嚇するに留まっていた。

 そんなことをやりそうなのは、この状況では姉くらいしか考えられない。


 ならば、なぜレイアはそこでそうしているのか。

 単純な裏切りとは考えにくい。

 何か脅迫を受けたとか。

 例えば、人質――そう思い至った瞬間、自分の中で点と点が繋がれた。


 イギリスには、未だ両親がいる。どう特定したのかはわからないが、それは性根の優しいレイアを意のままにするには十分な材料だろう。


(……ディータ)


 縋るように従者へと語りかける。


《お嬢様。私も概ね同じことを考えています》


 ならば。自分たちは、どうすればいい?

 何が正解なのか?

 誰が一体そんなことを。






『突飛』から逃げるなとでも、言うのだろうか。




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