第27話「悪意でないのなら」:A2
日本支部より大型輸送機の出撃が確認され、壮年の男――ファイド・クラウドは足を逆に組みなおした。
フェーデ・ルリジオン中将の管理する戦艦型エイグ『エキドナ』内にて、彼は静かに世界を俯瞰している。
勿論今から命令を出せば、懸念事項を確実に減らすことができる。
PLACEの面々もその辺りは警戒しているだろうが、ファイドにとってはどちらに転んでもよい所だ。
もっとも、攻撃しないという意味ではないが。
「マルグリットは?」
「『玩具』に夢中のようで、鎮静処置も要らず概ね落ち着いているとのことです」
この艦の長ながら、副官のようにしてファイドの傍に立つフェーデ・ルリジオン中将が答えた。
状況を鑑みれば概ね予想通りだが、同時に運用しているものの不安定さを再確認する。
(しかし質を求められるほどの余裕もないか)
デスクにあるタブレットを手に取り、ネットワークに繋いで資料を更新する。
ひとまずは試行回数を増やす方針に変えたのは自分の判断だが、こうもまともな成功例がないと――
(――彼らに処分を任せるのもいいか)
あるいはもう一人の乱入者に。
それは遣わされたことは明らかだが、目的がハッキリとしない。
こちらの戦力を減らしたいようだが、だとすれば純粋なPLACEの協力者ではないのだろう。
PLACEに勝利をもたらしたいのなら、おそらく所在を知っているファイドの下に現れ、その首を狙えばいい。
そうしないのは、それが自分の役目ではないか、あるいは。
もう一つの可能性に思わずほくそ笑む。
おそらく現状の襲撃も、有利な状況を選んでやっている。
それも戦う相手が自分より劣っているからできることであり、多少頭を使った戦略やより強力なものを用意するだけで簡単に退けられるだろう。
被害の少化と時間稼ぎが精々と言ったところか。
そう考えれば、余計にこちらから奇襲は企てるべきではない。
戦力は強力ながら、余裕があるわけではないのだから。
仮に紅蓮――シャウティアと同時に相手取る状況になれば、下手に浪費するだけの可能性も大いにある。
(今は筋書きに従えと……そう言うのだな?)
既に崩壊しているこの世界で。
あくまでそんなものは礎に過ぎないと。
より大きなものを救うためには、こんなものはいくらでも腐らせてよいと。
『救世主』が聞いて呆れるだろう。
これを伝えてしまえば、簡単に引き入れることができるかもしれない。
それもまた一興、手間も大きく省ける。
(まあ……そこは急ぐところでもなかろう)
最初から全て自分でやろうとしていたことだ。
ひとまず今は静観し、展開に合わせて予定を組みなおすのでもいい。
(しかし、いたく残酷なものだ)
自分の言えたことではないが、それを棚に上げても言いたくなることである。
15そこらの少年に世界を左右させ、その様子を観測させるなど。
正直、趣味ではない。
むろん、彼を苦しめる大きな要因を作っているのは自分だが。
それを無理に見せるかどうかは、自分の意志によるところではない。
(成長のための苦痛、大を活かすための小の犠牲……受け手に左右される制限の多い言語を使い出したかと思えば、そんな詭弁ばかりを並べる)
全く理解できないものではないが、使う時と場合によって意味合いを変えてしまうのでは誤解を深めるばかりだ。
それを用いて平和的解決など、思い上がりも甚だしい。
解釈は歪曲し、それを相互に把握しないまま、勘違いが約束される。
「して、次は如何様に?」
「イギリスの本部へ向かう腹積もりだろう、そのままマルグリットに任せればいい」
「は……あれで大丈夫でしょうか」
「彼女が心地よいのならそれでいいではないか。私は見たいのだよ――人の有りようを」
それらしくフェーデに微笑して見せる。嘘は言っていない。
今更国の一つ二つ滅んだところで気になるものではないし、PLACEに対するお披露目を兼ねた実験としてもいい機会になる。
(既に君も目にしているだろう? イナ君)
人が本性をあらわにし。
それまでの何時よりも活き活きとして。
尊厳を捨て、くびきから解かれた姿を。
人が人たる所以を問う前に――人は生物であるのだから。
人の可能性や希望を説く前に、実際はそんな本心を隠している。
(どうせ目の当たりにするのなら、絶望したまえ。そして、馬鹿なことは考えない方がいい)
救うことに意味はない。
自分が救おうとしているのは、そして救おうとする自分は、そんな愚かなものなのだと。
願い、希望、可能性。
小奇麗な言葉で人間を煌びやかに飾ろうとも、その本質は欲望である。
それを開放すればこそ、それが人間らしさとも言えるのではないか?
(そう――そうだな。君の意見が聞いてみたい)
幼拙であることは承知の上で、未来を生きる予定の者がどう思うのかを知りたい。
目の前の現実に疑問を抱き、自分なりの答えを出し、それを聞かせてほしい。
それが望ましい物であるのなら、共に世界を滅ぼそう。
それが望ましい物でないのなら、命を懸け死合うまで。
そういう風に考えれば待機のもっともな理由にもなるし、この状況を用意した者達の思索がわからないでもない。
だとすれば、随分と壮大で虚無な舞台を用意したものだ。
しかし今は自分も演者の一人でしかない――出番までは退屈だが、それを凌ぐものが見られるはずだ。
(せめて華々しく散ってみせろ、マルグリット)




