第27話「悪意でないのなら」:A1
一昨日の宣言通り、イナを始めとする6名は輸送機の前に集合し用意を済ませていた。
未明とあってかわざわざ見送りに来る隊員はまばらであったが、一瞥すればザックやデルムといった知った顔も認められた。
それよりも多かったのは、事前に計画を伝えていた自衛隊員。規則正しく並び、一歩前に立っているのはあの時と同じ代表者だろうか。
こちらは見送りというよりは、約束通りに行われているのかの監査の意味合いが大きいだろう。
「2機の輸送機にそれぞれ3人ずつ乗り込み発つ、というのは事前にお伝えした通りです」
当然のようにディータが仕切る。その身長差も相まって、明らかに遠足にでも向かう学生と教師といった構図だ。
およそその目的地が戦地の最前線という雰囲気ではない。
「α機には私、シエラ様、ミュウ様。β機にはイナ様、チカ様、そしてアヴィナ様が搭乗してください」
そしてその都合上、どちらか1機は子供だけで扱うこととなる。
いくらか経験のあるアヴィナはともかく、シャウティア以外には疎いなどと言うレベルではないイナ、戦闘の経験は皆無と言えるチカを同乗させるのは悪手ではないかとは思う。
せめてミュウとチカを交換できれば、とは建前だけでも伝えてみたのだが。
「通信での意思疎通は常に行えるし、メンタル管理の面を重視した」と伝えられては、グウの音も出せなかった。
此方に戻ってきてからというもの、チカと離れる時間は思ったより多く、イナがそれを不安に思わなかったといえば嘘である。
それを抜きにしても、シエラとミュウはとても不安定な状況であり、それをβ機側の面子がうまく面倒を見られるかと言えば――難しいところだろう。
と、理由は一応納得できるものだった。
「輸送機はミュウ様発案によるエイグの思考制御機能応用により運行します。その都合で戦闘にはまず参加できませんが、元より襲撃を受けることを想定してはいません」
それは、襲撃を受けた時点で『最悪の場合』が起きる可能性が非常に高いということ。
「仮に襲撃を受けた際は各自の判断にお任せします。努力義務としましては、イナ様の生存を最優先として行動」
言葉が重くのしかかる。
裏を返せば、仲間を見捨ててでも目標地点――イギリス支部を目指せということだ。
勿論そんなことはしたくないし、それを迫られる状況になってほしくもない。
しかしそんな甘えが許される場所にいないことは、彼なりに理解している。
ゆえに今更、口に出すような反論はない。
「生活物資は事前に用意してありますが、短期間での移動を予定しているため潤沢とは言えません。『よく考えて』お使いください」
ディータの意味ありげな視線がイナに向けられる。
ヒュレプレイヤーがいるのだからと、当事者以外もいる場でそれを言及しては一昨日の話がひっくり返ることとなる。
あくまで今回移動するプレイヤーはディータだけということになっており、イナは書面上はそうでないことでひとまず通っているからだ。
「では、各員搭乗ののち所定の位置へ。準備が出来次第出撃します」
「は~い」
アヴィナだけは元気よく返事をし、イナも会釈だけを残し、先を行くアヴィナにチカと並んでついていく。
ディータの方をちらと見れば、見送りに来た隊員たちに深々と頭を下げてから二人を誘導していた。
――――
「や~、なんかワクワクするなあ」
「……さすがに呑気すぎないか?」
「今回ボクらだけじゃん? なんかこう、トクベツ感? お泊り会的な?」
いつ死ぬか分からない上に、前回の作戦よりもかなり小規模な移動となる。
緊張しやすいイナはともかく、まったくその様子を見せないどころか楽しんでいるようにすら見えるアヴィナに少し異常を感じる。
今に始まったことでもないが。
「……ていうか、ただの確認なら通信でもできるのに。なんでああしてたんだ?」
「コトダマってやつでしょ? 紙っペラであれこれ指示されるより口頭の方がホラ…………温もり♡ がさ?」
「がさ? って言われても……まあ、言わんとすることはわかるけど」
「真面目なハナシ、あの兵隊さんたちに見せるためのパフォーマンスってトコじゃない?」
変わらない調子のまま、エイグの通信で伝えられた機内の確認事項を着々とこなしていく。
内容をよくわかっていなくても身体が勝手に動いてくれるのは、エイグの補助によるものだろう。少し違和感はあるが、慣れれば便利だ。
「そういや、思考制御ってずっと張り付いてなきゃなのか?」
「ん? ん~……シアスが手伝ってくれるけど、そーだなあ。手はずっと動かしてなきゃみたいな感じ? オハナシとか歩き回ったりはできるけど、ちょっと反応悪かったりするかも」
マルチタスク、というやつだろうか。
ひとまずイナには難しいということはわかる。
それを丸1日かけて続けるのなら、なるべく邪魔をしない方がいいだろう。
戦闘への参加も、確かに期待できそうもない。
「理屈としてはほら、ボクとか手に持ってない肩キャノンとか発射したりするのにこれが使われてるらしいんだけど、その応用なんだってさ」
「そこらへん便利なんだから、エイグが勝手にやってくれればいいのに」
「まあ所詮機械ってことっしょ。そんなわけで基本ぼけ~っとしてるから、それをいいことに二人でぐっちょぐちょしてちゃ駄目だゾ~っ?」
「なんだ、ぐっちょぐちょって……」
そういうことなのだというのは分かるし、おそらくチカもやぶさかではないのだろうが、一応は誤魔化した方が良いと思い、イナはそうした。
アヴィナには当然お見通しなのだろうが。
「ね、チーちゃん」
「へっ、あ……うん?」
話を振られたチカは、今まで聞いていなかったかのような反応を見せる。
まだこの世界の空気やここまでの展開について行けていないのかもしれないが、それも仕方のないことだ。
慣れろという方が無理がある。
「ま、その辺もイーくんがんば。一応はこっちのリーダーだし」
「…………まあ、やれるだけは」
アヴィナのことも気にかけつつ、チカの様子も見なければならない。
余裕があれば情報交換もしたいところだ。
なお、そこに加えてディータと随時連絡をする必要がある。
(……けっこうハードじゃないか?)
アヴィナと替わりたいとは思えないし、ディータはおそらくこれ以上の負担だ。
泣き言を言ってはいられないが――つらいものはつらそうだ。
「ボクのこたぁほっといても大丈夫だよ、自分の面倒くらい見れるからさ」
「……少しだけそれに甘えるよ」
「ご、ごめんね、なんか」
「いいんだよ、数日で馴染んでる方がおかしいんだ」
随分と馴染んでいるイナもおかしいと思うが――誰もそうは言わなかった。
食料等の生活用品、機器類のチェックも完了し、事前に言われていた通りに座席に座ってシートベルトを装着する。
あとはディータと確認し合い、互いの準備が終わっていれば出撃するだけだ。
(ディータ)
《こちらもつつがなく》
通信で短くやり取りし、アヴィナにアイコンタクトを送り、発進を指示する。
徐々に機体が小刻みに揺れ出し、身体にかかる力で前進していることを感じる。
(動き出した)
《このまま所定の高度まで上昇しますので、そのままベルトを着けていてください。そのあとのことはアヴィナ様にお任せして構いません》
(わかった。……そっちは?)
単なる状況確認ではない、乗組員のことだ。
暴れたりはしていないだろうが、いざという時に動けるのか心配でならない。
シエラもそうだが、非戦闘員たるミュウのことも特に気がかりだ。
《見た目よりも強い方々ですから、イナ様が思うようなことにはなりませんよ》
(……なら、いいんだけど)
やはり、万が一戦闘状態になった時のことが気がかりだ。
特に空戦の備えをしているわけでもない。
無抵抗のままやられるだけとなったら――
《悪い方にばかり考えても仕方がありません。ですが心配であれば、少し気を張ってレーダーを見ていてくだされば》
(……何もしないよりはいいか)
機械で見える範囲など高が知れているが、それでも周囲が安全であると確かめられる。
どうせ寝ている余裕はないのだ、その方が気が紛れるだろう。
《航行中は冷えますので、可能であれば体調管理にもご注意を。いざとなればエイグに搭乗すればその辺りは紛れるでしょう》
(わかった、気を付けとくよ)
通信が切れ、感覚が現実に戻る。
隣の席に座るチカには、少し呆けていたように見えただろう。
「私も、いざとなったら戦うから」
こわばるイナの手に、彼女の手が優しく重ねられる。
あの時は暴走していたからこその脅威だったが、現在はどれほど戦力になるかは未知数である。
おまけに鹵獲した彼女のエイグは、連合軍のもので、不明な点も多いという。
罠の可能性を考えれば、彼女を戦列に加えるのは悪手だ。
それ以前に、彼女を失うリスクが大きくなるのは、避けたい。
(……俺が、頑張らないと)
彼女がそんなことを思わないように声をかけたなどとは露も思わず――イナは危険な決意を、ひとり固めようとしている。
実際、彼が窮地を転しうるのは事実だ。しかしその力が通用しない時が来たとすれば、一瞬で戦線は崩壊する。
既に崩壊しているといっても過言ではないだろうが。
「んまぁ、まだイーくんが死んだわけじゃないしぃ。とりあえず全部うまくいく前提で話進めてこーよ、最低限でいいからさ」
今も輸送機のコントロールをしているはずだが、アヴィナは寝言のように会話に混ざってくる。
最低限。生きてさえいればなんとかなるといったところか。
言うのは簡単だが、やはり不安はぬぐえない。
「いっそ抱いちゃえっ」
「またそんなことを……」
冗談だろうが、意識してしまい顔がゆるむ。
だが実際のところ、何か別のことで気を紛らわせた方がいい。なるべく、不安の種にならないようなことで。
なので、アヴィナの提案はあながち間違いでもない。
「ま、これじゃ気が晴れないだろうけど、ボクの考えを伝えとくね」
どこまで本気で言っているのかわからないが、こういう時は真面目なトーンなのだとはわかるようになってきていた。
アヴィナは続ける。
「最悪の最悪の状況を考えるなら、ボクらはとっくに撃ち落とされてる。あるいは出発すらできてない」
「あの自衛隊の人たちが……ってことか?」
「それもだし、ダンマリな韓国支部が寝返ってるって可能性もある。情報専門のアソコから全部漏れ出てるなら、奇襲なりなんなりしてとっくにやられてるハズ」
「じゃあ、泳がされてる……?」
チカも自分なりに情報を噛み砕いてか、会話に加わってくる。
「余裕だから後回しにしてるのか、まだ勝てないから準備中か、はたまたとってもロマンチストか」
「なんだ、ロマンチストって……」
「一対一の決着がしたいとかぁ?」
知らないけど、とばかりに虚空を見つめながら肩をすくめる。
「でもファイド・クラウドが自分で言った限りではさ、『こっからまた始まる』ってんじゃん? 少なくとも、すぐに終わらせようって気はないように見えるなぁ」
「……なんで?」
「じわじわやりたいサディストなんじゃなぁい?」
当然アヴィナが知っているはずもないが、こんな事態を引き起こしている時点でファイドは狂人だ。
サディストの可能性もゼロではない。
「ま、とりあえず祈っとこーよ。カミサマに頼るっていうよりは、いったん落ち着くためにさ」
しかしながらイナに手を合わせて祈る習慣はない。
それでもとりあえず、深呼吸をして――ディータに言われた通り、集中できる限りは気を張っていることとした。
「そーら、2機とも無事に指定高度とうたーつ。シートベルトを外してもオッケー、愉快な空の旅をお楽しみあれ」
これが戦争でなければ、そうしたいところだった。




