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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第26.5話「幕間④」:A

 ディータの宣言通り、事は迅速に進んでいた。

 先の交渉の後、イナがやったことと言えば、輸送機へのシャウティアの積み込みくらいのもの。

 あとはハッキリ言って、適当に食って寝てを繰り返しているだけだ。

 気になることはいくつもあったが、すぐには解決できないことばかり。それに、イナもあれこれと考えられるほど器用な脳ミソはしていない。

 チカもイナを気遣ってか、最低限の接触に留めている。

 彼女の場合、周囲に馴染むことに苦心しているのかもしれないが……ひとまず、人懐こいアヴィナとはうまくやれているようだ。


 自分以外に視線が向いていることに多少の寂しさはあったが、彼女はイナの所有物ではない。

 それに珍しく、イナにも用事が出来ていた。




 隊員や避難民のほかに混ざって日本政府からの派兵がうろつく中、イナと――デルムがそれらを見下ろせる居住区のバルコニーに立っていた。

 今度は取り巻きの隊員連中もおらず、穏便な様子が見て取れる。

 しかし何を言われるのかという不安で、イナは彼の言葉を待ち、体重をかけるたび僅かに軋む床の板目をじろじろ見つめるばかりだった。


 それから数分経ったかと思う頃、ようやくデルムが口を開いた。


「……じっと黙ってても仕方ねえよな」


 話がある、としか伝えられずに呼ばれただけだ。

 言うべきことはわかっていても、中々口に出せないような内容なのだろうか。


「俺、お前が羨ましかったんだよ」


 細い雲の流れる空を見上げながら、デルムは呟くように言った。

 金髪であることも相まってか、その姿はシエラを想起させる。

 彼の事情を知る隊員、ザックも言っていた――嫉妬だと。

 自分の必要がなくなることを恐れるあまり、あのような行動に出てしまった、そんなところか。


「どうにもなんねえことをどうにかできて、ビビってようが自分のやるべきことをしっかり果たして帰ってくる。そんなの、なれるならなりたいに決まってる」


 ちらと見たデルムが拳を強く握っているのが見えた。

 憧れと嫉妬が混ざり、自分でも感情をコントロールできなかったのだろう。


(でも、そんなの……)


 八つ当たりもいいところだ。

 イナに構わず自分を律して戦えるように努力するのが、彼のすべきことだった筈である。

 事実、彼の不在の際、デルムの決死の攻撃が日本支部を守ったと聞いている。

 本来は()()()のだ、彼は。


「……だからって、大人げない事をしたと思ってる。だから」


 デルムは一瞬視線を落として、イナの方に向き直る。

 イナも彼の方を見るが、その妙に憑き物が落ちたような――あるいは今に落ちそうな――表情を直視できず、すぐに別のところに逸らしてしまう。


「あの時のこと、許してほしい。これからは、俺なりにやれることをしたいって思ってる。どれだけあるか、分からないけど」


 デルムは明らかな年下に対して、正直な態度で頭を下げる。


 しかし一瞬、イナの中に疑問がよぎった。

 どうして、許さなくてはならないのか?

 許したところで、イナの気持ちは晴れない。

 こちらはで必死だったというのに、馬鹿にされて、一方的に不快な思いにされただけだ。

 それを、今になって許してほしいだとは、身勝手にもほどがある。

 後悔をずっと抱えさせたままの方がいいとすら思えてくる。


 この妙な理不尽は――幼いころに覚えがある。

 明らかに相手が悪いというのに、互いにいがみ合っていたから、「先生」という絶対的な調停者に促され、互いに互いを許さなくてはならなくなった。

 許さなければ、お前が悪になるのだとでも言わんばかりに。


 そんな幼稚な考えが、イナの眉間に皺を寄せる。

 加えて、正直、デルムのことはどうでもよかった。

 おそらくはこの先、立場的にも彼とは積極的に交流することはない。したいとも思っていない。

 どこまで行っても、彼の自己満足に付き合うだけになる。

 そう思うと余計に、許したいという気持ちは素直ではなく、仕方のない気持ちになっていく。


 それでも。

 イナがこの矮小な自尊心を抑え、ただ一言、許すと言うことで。

 彼が救われるのなら?


(なんで、子供の俺が)

 ――少しくらい、痛い目を見せてもいいんじゃないか。


 邪悪な感情が湧き上がるのを感じる。

 それは紛れもなく本心の一端だ。


 だが。


 ――チカは俺を知って、変わろうとしてくれたのに。お前だけ変わって、俺は変わらなくていいっていうのは……なんか、違う気がした。


 記憶の中にある自分の言葉。チカと、人と少しずつでも向き合うことを決めた時の言葉もまた、彼のなけなしの本心だった。


 だから、イナは応えた。

 それは完全な本心でも、固さのない笑みでもなかっただろう。

 許すことで、いつか自分が許してもらえるかもしれない。

 そんな邪な気持ちもどこかにあったかもしれない。

 デルムには、それがわかってしまったかもしれない。




 それでも、その嘘は。

 二人の心を、少しだけ優しくした。




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