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第25話「離別、それとも」:A4

 夜。

 それでも日が隠れるまで幾分か時間の余る中、イナはそこに来た。


 既に悠里一家は用意を済ませて待っていたようだが、特に何か道具が設置されていたりはしない。

 どうやって転移しているのか、少しばかり気になっていたのだが。


「来たね」

「すいません、待たせてしまって……」

「構わないよ」


 誠次は眼鏡をかけ直し、そこに続く言葉を飲み込んだようだった。

 ふと見れば、チカは自分の両親から目を逸らすように俯いていた。


「……それで、どうすれば」

「チカのいる辺りに立ってくれればいい。そこに転移のポータルが置いてあるというイメージだ」


 言われて彼女の足元を見るが、やはり何か仕込まれている様子はない。

 もっと概念的なものなのだろうか。

 ひとまず、言われたとおりに彼女のそばに行く。

 彼女は少しだけ顔を上げて、心配しないでというように微笑を浮かべて見せた。


「ここから、僕が合図を送ると対応する座標に転移させられる。どこに送られるかは定かではないが、すぐに危険になるような場面には送り込まれないはずだ」

(……そこまでは聞かされていないから、か)


 あくまでそう伝えられているだけで、合図がどのように見られているのか、合っているのかもわからないままに行うのだろう。

 万が一の可能性も想定して、すぐに戦闘になっても対応できるように身構える。


「転移してから後は、勿論だがなにも手伝えない。もとより何もしていないも同然だったが……」

「やれるだけ、やってみます」

「それで、『彼ら』も構わないだろう」


 まだ見ぬ『彼ら』、おそらくはイナの生みの親。

 そして、存在するであろう謎の存在、ia。

 どちらを指すのか、そのすべてを指すのか。そこにまだ知らない誰かが居るのかもしれない。

 ただ、誠次の口調から、その『彼ら』に純粋な悪意はないことを信じるほかない。


 急に、不安になってきた。

 その自覚がなかっただけで、自分は今まで大人の庇護の下で生きてきたのだ。

 PLACEでも半ばそうであったから、気にすることはなかったが。

 ここから先は、本当に、自分の下す判断の責任は重いものになる。

 それを、背負えるだろうかと。


 身構えた体が強張るのを感じていたところ、チカが徐に手を取り、力を込めて握った。

 自分の存在を、示すように。


「……一緒に背負う、でしょ?」


 そう言うチカは、やはりどこか余裕が無いように見えた。

 彼女も、やはり子供であり。イナとは違い、本当の両親の元を離れようというのだ。

 全く動揺していないはずがない。


「――では、合図を送る」


 誠次の言葉で、どちらともなく繋いだ手にまた力が入る。

 前触れもなく不穏な風が吹き始め、見えない怪物が襲い掛かるように、二人を暴風がさらう。


 あの日と同じだ。

 反射的に目を閉じた瞬間、イナは悟った。




 そしてその直感が示した通り――二人は、暗闇の中で倒れた体勢で目を覚ました。

 ここがシャウティアのコア内部であることは、なんとなく把握できる。

 ただ、場所が分からない。

 どうにかシャウティアとコンタクトが取れないかと、靄のかかった思考を巡らせていたところ、前触れもなくコアを守る装甲が展開され始めた。


 不思議と久しい外界の光に目を細めていると、隣でチカも同様に気が付いた様子だった。

 辺りを確かめるようにして見渡した後、まずは光の先に向かうべきと、無言で確かめ合う。


「――イーくんっ!?」


 立ち上がろうとした二人の耳朶を、外から響く少女の声が打った。

 数日ぶりのその声の主が一瞬分からなかったが、すぐに自分が塗り替えられるように感覚が戻る。

 この声は。アヴィナ・ラフのものだ。


「イーくん、イーくん!? 大丈夫……なの?」


 AGアーマーで飛んできたのだろう、彼女は装甲に張り付いて駆け込んでくる。

 彼女の声はいやに寂しげで、肩に触れては体のあちこちを見ている。


「どこからも血が出てない……?」

「……あ……」


 チカと顔を見合わせる。

 アヴィナの一言で、時系列がざっくりと把握できた。

 転移する前――チカの阻止にて絶叫したのち、時間はさほど経過していない。


「血の跡もない……シャウティアの言った通りだ」

「シャウティアが……?」

「開けようとしても開けてくれなくて。そしたら言ったんだ、大丈夫だからって」


 シャウティアの意図するところは不明だったが、こうして現に生きている。

 生死が不明なままだったアヴィナは気が気でなかったかもしれないが。


「……こっちもよくわかってない。とりあえず、いま何が起きてるのか教えてくれ」

「うん……えっとね」


 彼女らしくない動揺を落ち着かせながら、ゆっくりと語りだす。


「どこまで覚えてるかわかんないけど、イーくんの通信から少ししてから、エイグがいっぱい出てきたんだ」

「それなら……」


 今からでもシャウティアで迎撃すれば済む話だ。

 幸い体は動く。


 しかしアヴィナは、そう言うだろうと分かっていたように俯いた。


「……よくわかんない武器を使ってた。見えたら、もう当たってる。銃弾じゃなかった」


 おそらくアヴィナも観測はしたのだろう、しかしいまいち脅威が伝わってこない。


「ボクもわからないんだ。わからないし、死にかけのイーくんを頼るわけにはいかない。だからボクらはいま、空の上。日本支部に帰ってる」

「そんな」

「ゴタゴタなんだ。けど確かなことがある」


 アヴィナは俯いたまま、視線を上げる。

 そこに普段の柔らかさはない。


「ボクらは、勝ってない。戦いは終わってない」

「……っ」


 予想はしていたことだ。

 だが、これまでの行為が無駄になってしまったのではないかと思ってしまう。

 アヴィナも気休めを言う余裕もないようだ。


「……レイアさんは? 話をしたい」


 ここで子供だけで話をしても建設的な話はできそうにない。

 しかしアヴィナは、視線を逸らす。


「……いないの」

「え?」


 それはこの場に、という意味かと思ったが違うようだ。


「隊長さんは、足止めの為に残ったの」


 それが意味するところは――と考えてしまうが、あまりに悲観的過ぎて口にするのは憚られる。


「……メッセージの送信は成功してる。応答がないだけ」


 とはいえ、レイアの生存は確かでない。

 行き先も分からない不安に駆られたまま、イナは異世界に帰還したのだった。





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