第2話「居場所、無き者」:A5
翌日、曇天が辺りを包むこの日も、イナは復興支援に精を出していた。
この日出発したのは先日と同じ六機ではなくそこに四機加えた十機だったが、イナの見える範囲で作業をしていたのはやはり六機。
着手前の軽いミーティングにもいなかったため、彼は別動隊なのだろうと勝手に結論付けた。
「随分早い慣れじゃあねえか、新入り。やっぱ若さにゃ勝てねえか」
22番機の男が、首を左右に動かしながらぼやく。
両脇に倒木の束を抱えながら、イナは「いや」と優しく否定する。
倒木をエイグ用のナイフで切断し、主に燃料としての木材に再利用できるように数か所に纏める。
単純な作業だが一つ間違えば木が転がり落ち、集落や周辺の森林にまた被害を出しかねず、気は抜けない。
機体サイズの関係で無駄に細かい作業を強いられているものの、重機でやるよりは早く、人間では無駄に疲労を重ねるばかりである。
それならば、大して疲労もなく力の出せるエイグでやった方がいい――とのことだが、未だに腑に落ちてはいない。
とはいえ、そんなものを疑ったところでどうなるわけでもない。
「見よう見まねが精一杯ですよ」
「そうか? まあ、これからに大いに期待してるぜ」
これから。その四文字が、やけにイナの中で引っ掛かる。
ほかに手段がないために始めたこの復興支援であるが、その終わりはいつか来るはずだ。
いまこの世界で起きている戦争が終わり、エイグに兵器としての役目がなくなってしまった時――自分はどうなってしまうのだろうか?
そんなことを考え始めて、イナの作業の手が止まる。
――この活動に意味はあるのか? いや、無いとは言えない。けど、戦争に利用させないために集めたエイグを、戦争が終わった後にはどうする気なのか……。
杞憂であればそれに越したことはない。
だがイナには、こうなるだろうという推測を立てるための判断材料がいくつか足りない気がして、そのせいでさらに疑いが深まる。
「ん……どうした新入り? 腹でも下したか?」
「……あ」
22番機から声を掛けられ、イナははっとなる。
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか? まあ、雨降る前に終わらせてさっさと休もうぜ」
「……はい」
明らかに何かがあるということを示唆するような声音で返事をし、イナは再び自分の仕事をこなしていく。
と、ふと彼の目に、集落にある人だかりが見えた。
視界をズームして見てみるが、支援物資の受け渡しではないようだ。
中心に、黒いスーツを着た何者かがいる。
「ん? 今度はどうした新入り――って、あれか」
「あの人、有名人か何かですか?」
「有名人なんてもんじゃねえ」
そう言う22番機はどこか誇らしげだ。
「立場的に俺たちのことをどうこう言えやしねえが、あの方こそが今の俺たちを作ってくれた人……ファイド・クラウド国連事務総長だ」
「コクレン、ジムソウチョウ……」
その単語くらいは、架空・現実問わずに耳にしたことがある。
だがむろん、イナにとって身近なものではなく、いまいち現実味がない。
与えられた任務に関しては詳しくは知らないものの、大きな力を持っていることは確かなはずだ。
さらにズームして、イナはその顔をじっと見つめる。
ファイド・クラウド――短い白髪を生やした、中年ほどの男。
柔和な笑みを浮かべて住民と接しているが、どこか食えない感じがするのは気のせいか。
むしろ、その笑顔は仮面であるかのようにも思える。
人肌に溶け込むほどに自然なつくりをした仮面に。
「《エキドナ》に乗ってるとは聞いてたが、でかいだろ、アレ。なかなかお目にかかる機会がありゃしねえ」
「……あれは……!」
22番機の言葉は、イナの耳の穴をスッと通り抜けていく。
彼は魂を抜かれでもしたかのように、ファイドにくぎ付けになっていた。
何故なら。
一瞬こちら側を向いたその瞳が、彼と同じ淡い薄緑の光を発していたのだから。
「ッ!」
「お、おい新入り! 何してんだ!?」
――あの人は何かを知っているのか! 俺のことを! この目のことを!
光に惹かれるように、イナは木材を手放してシャウティアの腰を下ろす。
そして胸の装甲を展開し、コアから飛び出そうとして――傍でおきた爆発が、彼の注意を引いた。
「ッ、ぐぅっ!?」
「何だ、戦闘かッ!?」
《入って、イナ!》
コアの中から、AIの声が響く。
「けど!」
《国連のじゃないエイグが近づいてるの!》
「……クッ!」
考えられる可能性としてもっとも濃厚なのは――PLACE。
となれば、このあと起こるのは戦闘に間違いない。
イナはなんとなくわかっていても、ファイドのことが気になって中々コアに入ろうとしない。
集落では既に避難が始まり、ファイドももうそこにはいないだろう。
《……私たちも早く避難しないと!》
「ほら行くぞ新入り! 巻き込まれるぞ!」
「……クソッ!」
AIと22番機に急かされ、イナは渋々コアに戻ってシャウティアを再起動する。
「多少木を倒しても気にすんな、直すのは俺らだ!」
(んなこと言ったって……!)
最初にするなと言われたら馬鹿真面目に従おうとするのがイナだ。
数本倒しながらも《エキドナ》に向けて走るが、中々辿り着きそうではない。
ふと後ろを振り向くが、敵らしきものは見えない。
ひとまず逃げることを最優先に――そう思った矢先だ。
「ボウズ」
どこからか、ゼライドの声がした。
正面ではない。
足元にいるにしても、エイグに乗っていない人間の声はそうそう聞こえることはない。
で、あるとすれば。
「――ガッ!?」
突如、背にハンマーで殴られたかのような衝撃と痛みが走る。
ダメージを与えられたのは確かだ。
だが、誰が。
その可能性を信じたくないイナは、顔を上げて周囲を見渡し――その影に気づく。
全身を蒼に塗り、無駄な装備を省いたかのようにスマートなシルエットになっているエイグ。
速さを全身で体現したかのようなエイグが、そこにいた。
その影は、あの夜に一瞬だけ見たものと同じ。
搭乗者は……推測したとしてもすぐ、確信に変わるだろう。
「……ゼライド、さん……!?」
「ああ、そうさ」
それがどうしたと言わんばかりに、彼の響かせた言葉は冷たい。
「な……なんで……」
よろめきながら立ち上がれば、いつの間にやら蒼いエイグ――ゼライドの手にはナイフが握られていた。
それを素早くイナの肩に向けて投擲するが、むろんその刃は触れることなく。
と言いたかったが。
カンッ、と甲高い音が響く。
次いで地面に落ちたナイフは、刃が半分ほど消滅していた。
どうやら、シャウティアに搭載されているらしいバリアが正常に機能していないようだ。
「ボウズ。お前はPLACEの送り込んだスパイなんだと」
「は……?」
ゼライドが呆れながらに発した言葉は、イナには理解しがたかった。
その間に22番機は既に格納庫に入り、《エキドナ》は離陸の準備を始めているようだ。
復興部隊の者達も、それを知っていたということか。
「あんなとこにいて、カスタマイズされたエイグを持ってて、記憶喪失のフリかどうかは知らねえが、わざわざ仲間一人を犠牲にして《エキドナ》に潜入して、ファイド・クラウドの暗殺を謀った……」
「ちょっと待ってください! 俺はそんな――グッ!?」
反論しようとすると、今度は小さな鉄球が飛んでくる。
否、エイグの視点であるがゆえにそう見えるだけで、実際にはかなり大きく、重いはずだ。
それも中途半端に削られ、イナに軽く衝撃を与えて地面に落ちる。
「ホレ、バリア使ってみろよ。便利なモンがあんだろ?」
(どうしたんだ! 防げるんじゃないのか!)
《ダメ……》
「なんで!」
思わず、心の声が表に漏れる。
《イナが、あの人を信じているから……!》
(何をわけのわからないことを――!)
シャウティアとやり取りをしている間に、ゼライドはイナとの距離を一気に詰めていた。
その腕にはいつの間にか、ボクシングのグローブのような大きなパーツが増設されている。
遠慮のない彼の拳はイナに触れる前にいくばくか削られるが、それでも確かに装甲にたどり着き、有効打を与えていく。
無抵抗のイナは《エキドナ》とは逆方向の山にたたきつけられ、土煙に包まれる。
「俺の教えたことが何にも活きちゃいねえ。やっぱお前、戦いに向いてねえわ」
イナの思考は濁り、何から処理すべきかも分からなくなっていく。
抵抗する意思すらも、ほとんど生まれない。
――ああ、そうだよな。
ゆえに、イナは思考を放棄した。
現状に身を任せることにした。
――俺には、何もないんだ。居場所も……
曇天の空を見上げれば、ポツポツと雨が降り始めようとしていた。
徐々に雨粒は増え、いつの間にか、それが地面を叩く音で辺りが包まれ始める。
シャウティアの装甲にも雨粒が落ち、そのせいか緑の塗装が剥げ元の赤色が顔を出す。
「てめえの居場所はここにはねえ。帰れ」
「……帰る場所なんか、ない……」
「曰く、あるんだそうだ! 文句はお偉方に言うんだな!」
再びグローブを付けたゼライドはイナの首を掴み、さらに遠く、別の爆発音が響く方へと投げ飛ばされる。
おまけに、黒い楕円状の物体が3つほど。
地面に落ちたイナの周囲にそれらも落ち、間もなくして爆発する。
熱風と衝撃が彼を襲うが、今度はバリアが働いたらしく、大したダメージではない。
「……死んだな」
独言めいたゼライドの言葉は、イナの耳に確かに届いていた。
ただ、聞こえてはいなかった。
裏切られた。
いや、信じすぎただけだ。
甘えすぎただけだ。
こんなにうまく行くわけがないんだ。
この目のせいだ。
この薄緑の目が、すべてを奪っていく。
こんなことなら、やっぱり生まれてこない方がよかった。
――そんなことを言って、どうせ明日を迎えるくせに。
心の中で響く声も無視して、イナはまた、シャウティアの中で意識を手放した。
□ □
戦火の落ち着いた、その場所の上空。
レイア・リーゲンスは自らが駆る赤紫のエイグ、シフォンが探知した反応を探していた。
雨と煙で視界が悪いが、その中でも目立つ赤色は視界の中で強く自身を主張しているのが認められた。
レーダーと合わせてその赤が目標であると理解したレイアは、背部と脚部の推進器をそれぞれ弱く噴かせながらゆっくりと着地する。
眼前に来れば、見まがうはずもない。エイグだ。
ただし一般的なエイグとは違い、人の手が加えられている特別な機体であるようだ。
であれば、搭乗者は相当の手練れであるはずだが。
(……シフォン。生体反応は)
ある、と青年の声が響く。
《けど、意識を失っているようだ》
(国連のものか?)
《どうだろう、この辺りではそれほど激しく戦った痕跡はないし》
であれば、戦闘に巻き込まれた野良エイグという可能性が高い。
(……いや、これは……)
ふと彼女の視線は、赤いエイグの周囲にある爆発の痕跡を見つける。
いずれも赤いエイグの傍にあるが、直撃には至ってないし、エイグならば十分に耐えられる威力だと思われる。
(……ひとまず、連れて帰る。推進剤は)
《エイグ一機を運ぶくらいなら、十分に》
シフォンの返事を聴いたレイアは赤いエイグに向き直り、抱きかかえるようにして持ち上げる。
そして推進器を噴かし、未だ雨を降らす曇天の彼方へと消えていった。




