弟子の演技力に完敗した話
「聖剣、ですか?」
「そうだ、聖剣だ。この地にはかつて魔王を倒した勇者が封印したとされる、聖なる武具が眠っている。俺はその聖剣を守るために、いままでこの森の中で守り人の役目を負っていたのだ。だが、最近封印の力が弱まってきていてな……。これはもしかすると、魔王が復活する前兆なのかもしれない……」
「ま、魔王…………」
話を聞いたレイシィはノリノリといった感じで顔面蒼白になる。
彼女も意外と演技が上手いな、本当に驚いているように見えるぞ。
案外、こういう設定が好きなのかもしれない。
俺も負けては居られないな。
ちなみに魔王というのは俺が考えた架空の人物である。
復活どころか、この世界の過去に魔王がいたのかどうかすら俺は知らない。
とりあえず、聖剣と相対できそうなくらい強そうな奴をイメージして、魔王と言っているだけである。
「だから今日は祠へと赴き、聖剣の状態を確認することにする。あわよくばそこで試練を受け、聖剣の所有者が見つかればいいのだが……」
「所有者……。で、では師匠は!? 師匠は聖剣には認められなかったのですか!? あれほどの力があれば、認められるのではないですか!?」
おお、良い質問だ。
確かに今まで師匠として力を振るってきたからね、魔導は見せていないにしろ、それでも十分過ぎる程に強いと思われても仕方がない。
でもなぁ、それだと話が終わっちゃうんだよね。
「俺はダメだな。なにせこの森に引き籠ってずいぶんと長くなるが、聖剣を抜くどころか、一度たりとも触れることすら出来なかった。資格がなかったのだろう」
「そんな……。では、魔王が復活したら……」
「ああ、想像の通りだ。もし仮に、このまま聖剣が誰の手にも渡らずに魔王が復活してしまえば、この世界は終わりだな。皆まとめて、あの世行きだ。だから封印が弱まっている今、たとえゼロに近い確率でも、試さなくてはならないのだ」
まあ、本当に世界を終わらせるとかそんなヤバイ奴がいたら、あんな剣一本でどうにかなる訳がないんだけどね。
いくらギルドホール製の剣が桁外れに高性能と言っても、所詮は剣だ。
戦士が一人で戦うっていうのには、限度というものがあるだろう。
たとえば最強の戦士が一人魔王に立ち向かったとして、世界を滅ぼす程に強大な敵までどうやって辿りつくというのだろうか。
敵地まで赴く為の食料は、連戦する体力は、毒などに対する対処法は、などなどいくらでも弱点が浮かんでくる。
なにも魔王だって一人で戦う訳じゃないだろうしね。
と言う訳で、絶対無敵の伝説の剣なんていうものは存在しないのだ。
「師匠でも、ダ、ダメだったなんて……。う、うぅぅぅ。ど、どうすれば、どうすれば良いんですか!」
「もしもの時は、諦めろ。なぁに、俺の命を引き換えにすれば、多少の時間稼ぎくらいにはなるだろうさ」
「ぅ、うわぁぁああああん!!」
「え、……えぇ?」
俺の話を聞いたレイシィちゃんが、急に泣き出してしまった。
まさか彼女の演技力は、自分の涙すらもコントロールするというのだろうか。
くっ、なんて役者なんだ、俺とは格が違う。
もはや女優顔負けといってもいいだろう。
師匠としては少し悔しいが、……負けを認めるしかない。
……いや、でもやっぱりちょっと悔しい!
「し、死んじゃ……、死んじゃダメでず! わ、わだじは!! 師匠に拾われて、命を救われまじだっ! 体も、心も……、全部救われたんです!! なのにごんなことって……、ぐすっ」
「くっ……、やりおる」
「ぐすっ、ぐす……。だ、だったら……、わだじが聖剣を抜きまず!! わだじ、絶対に諦めまぜんから! ごんな所で終わるなんて、絶対に嫌でず!! わだじ、諦めたくないんでずぅうううう!!! うあぁぁああああんっ!!」
一流女流も真っ青な白熱の演技で、場の雰囲気を完全に掌握したレイシィが聖剣を抜く理由の、そのお膳立てまでしてきた。
完璧だ、完璧すぎる筋書きだ。
なんて凄まじい才能なんだレイシィ……。
ああ、わかった。
認めるよ。
レイシィ、お前がナンバーワンだ……。
ここまでされちゃあ、このまま演技を続けるなんて、恥ずかしくてできそうもない。
なにせ演技力に、大人と子供ほどの差があるんだからな。
よって、芝居はここまでだ。
まあとはいえ、聖剣のご褒美をケチるほど俺の器は小さくないので、しばらくこの設定には付き合ってもらうけど。
「分かった、俺の負けだよ……」
「し、師匠?」
「お前の勝ちだと言ったんだ、レイシィ。だからもう、泣き止んでくれ。これではあまりにも俺が惨めだ。だからまあ、聖剣には期待しておけ。きっととびっきりの剣が手に入るぞ」
「…………っ!! は、はい……!!」
脱帽した俺は素直に負けを宣言することで、少しだけ大人の余裕を見せる。
そしてその敗北宣言を聞いたレイシィは、さきほどとは打って変わってとびっきりの笑顔になった。
まったく、末恐ろしいとはこの事だな。
次また何かのイベントをするなら、今度こそ弟子に負けないよう練習しておくとしよう。
そう思いつつ、せっかくなので用意した聖剣イベントの道具をこれみよがしに使いながら、祠を目指すのであった。