そろそろ聖剣イベントを始めようと思った話
レイシィを拾ってから5ヶ月程が経った、ある日の午前。
まともな人間が少女にやらせるとは思えない、そんな異常な修行を一通りこなし成長した彼女に、とある提案を持ち掛けることにした。
そう、ねこ勇者誕生のための聖剣イベントに関連した提案である。
いやね、予定ではもうちょっとゆっくり鍛えて、少しずつこの地に眠る聖剣の秘話を明かしていくつもりだったのだけど、想定以上に彼女の成長が凄まじかったのだ。
なにせ拾って三ヶ月ではレベル5程度だった彼女の実力は、さらに2ヶ月の修練を積んだ今、おおよそレベル10くらいの猛者に鍛え上げられていたのだから。
なんと、倍である。
まあレベル105の俺に比べてしまえばヒヨッコもヒヨッコで、オンラインゲーム基準で言ってもレベル10なんてのは初心者まるだしの駆け出しなのだが、大事なのはそこじゃない。
ただの村人だった彼女はゲームの世界ではなく、この現実の世界の修練によってレベル10という大きな力を身に着けたのだ。
この世界で生きる上で、それほどのこの事実は重い。
ゲーム時代の基準で言えばレベル5で一兵卒、レベル10で正騎士、レベル30で成りたての英雄と謳われる程と、凄まじい実力を持つ。
だというのに、この5か月でレベル10である。
この成長速度、異常という他ない。
もちろん普通の鍛え方をしたらこんな結果にはならないだろうし、彼女が成長を促進するよう、経験値増加アイテムや装備を駆使して鍛錬させていた事も大きいだろう。
だが、それを含めてもこの結果は、彼女の頑張りによるものとしか言いようがない。
いくら経験値3倍が付与された課金アイテム、戦士職レベル5から装備可能な訓練用木剣を装備していたとはいえ、というやつだ。
素直に称賛するしかないだろう。
ちなみに英雄についてだが、レベル30になると国家救済クエストというゲームのメインとなるストーリーが受注可能になり、それを何らかの形でクリアする事で英雄の称号を手に入れることが出来る。
だからレベル30が称号の最低ラインというだけであって、別に英雄の実力が30程度で収まるという訳ではないので、そこは勘違いしてはいけないところだ。
話を戻すが、ようするに俺は感動したのだ。
5ヶ月の間ひたすらに鍛錬を続け、文句も言わずに修行をこなし続けた彼女に、最大のご褒美をあげたい。
ご褒美とはそう、俺のお手製聖剣の引っこ抜き企画である。
「レイシィ、少し話がある。洗い物が終わったら俺の私室に来てくれないか」
「……は、はい! すぐ終わらせます師匠!」
俺がそう言うや否や、顔を赤らめたレイシィがそそくさと去っていき、雑用をこなしに行く。
なぜ少し嬉しそうなのかは分からないが、きっと彼女もご褒美がもらえると直感しているのだろう。
さすが獣人族だ、勘が良い。
そんな事を思いつつも、この日のために用意していた地図とアイテム、装備を取り出していく。
これらは全て、いずれ来る聖剣イベントのために俺自らが用意した、ギルドホール製の特殊アイテム達である。
そして用意が完了ししばらく経つと、レイシィが階段を駆け上がってくる音が聞こえて来た。
ちょうどいいタイミングだ。
俺は部屋の扉に背を向け、彼女が入室してくるのを待つ。
「師匠、洗い物は終わりました」
「そうか、……では入れ」
「失礼します!」
今日はちょっと特別な日なので、いつもよりも威厳を保つような物言いを心掛ける。
扉とレイシィを背後にして腕を組んで話すのも、そのためのパフォーマンスだ。
なんだか緊張してきた。
「レイシィ、まず君に言わなければならない事がある。俺は、君にずっと隠し事をしていたのだ。そしてこれからも、全てを話すことはないだろう」
「…………」
「だから先に言っておく、すまない」
そう言いつつ陰のある表情で彼女を振り返り、その目を見据える。
完璧だ。
これこそが俺の目指した聖剣の守護者、森の大賢者アース・ガルディアの真の姿勢といったところだろう。
まあ隠し事があるのは本当の事だし、その事についてはとてもじゃないが真実を述べる気にはなれないので、言っている事は嘘じゃないだろう。
それに何も、この話は彼女に害があるような提案ではない。
修行で頑張ったご褒美として、ちょっとこの世界ではオーバーテクノロジーの聖剣を手渡すだけだ。
俺が弟子だったら、狂喜乱舞するね。
すると彼女にもその意図が伝わったのか、こちらの言葉を聞き終えると同時に見事な微笑みを讃えてきた。
やはりご褒美が貰えると察しているのだろう、むしろ確信したといった感じだ。
しかしこの表情、おそらく、出会った頃からいつかご褒美が貰えると思っていたに違いない。
なるほど、彼女は故意犯だったのか。
だからこそあの厳しい修行にも耐え、この時を待っていたと。
ククク……。
この高度な心理戦で俺に勝つとは、お主も悪よのう。
「謝らないで下さい、アースさま。私も最初から知っていて、ずっと黙っていたのです。あなたが俗世を離れ森で隠匿した大賢者だというのにも拘わらず、どこに行く当てもないのを良い事に、あなたの優しさに甘えて今日まで過ごしてきたのです。覚悟は、できております」
え、なんだって?
俺の考えた大賢者設定がバレているだと?
……まさかここまでとは思わなかった。
さすが5ヵ月も俺と一緒に暮らしていただけのことはある。
もしかしたら聖剣の話をした時にそれっぽい事実を察し、こちらの思惑を読み取っていたのかもしれない。
いやはや、あっぱれだ。
だがだとしても、彼女がこのまま俺の思惑に乗ってくれるというのであれば、否やはない。
一緒にこのイベントを楽しめばいいだけである。
それに聖剣の性能自体は本物であり、歴とした一級武具なのだし。
「そうか……。では、多くは語るまい。さっそく聖なる祠に向かい、聖剣の試練を受けるとしよう」
「はい、とうぜ……、え?」
「え?」
ん?
なに、どうしたの?