ちょっと間抜けな猫耳少女の話(レイシィ視点)
私はレイシィ、猫獣人族の10歳です。
私のこれまでの人生は、これといって特筆することもない程に平凡で、穏やかなものでした。
村の子供達と一緒に森へ遊びにいく、その日までは。
ある日、獣人族の村に定期的に訪れる行商人さんがやって来ているという事で、村に住む子供達だけで小銭を稼ぐために、森へ薬草を採取することになりました。
どの薬草を買い取ってくれるのかという事は、全て行商人さんに聞いたので分かっています。
その時はとても親切な人なんだと思い、感謝すらしていました。
もちろん森には魔物が多く生息するために危険なので、大人たちが許してくれる事は絶対に無いのですが、それでも自由になるお金が手に入るチャンスだという事で、秘密裏に計画を進めていたのです。
そう、子供達だけで。
今思えば、それが全ての間違いの始まりだったのでしょう。
そして作戦決行の当日、子供達だけで森に入り薬草を採取しに行くことになりました。
私は村の子供達の中でも年長さんに分類される年齢だったため、先陣を切って皆をまとめ、薬草採取に励みます。
猫獣人の私は耳が良いため、近くに魔物がいればそれに気づきますし、人と魔物との違いにも気づけるため、かなり油断していたのでしょう。
薬草採取をしている時に近づいてくる気配が人の物だったために、どうやら私達がいない事に気付いた大人たちが探しに来たのだろうと思っていたのです。
大人たちに見つかっても薬草を採取し終えている今ならば、もう村に戻って行商人さんにお金に換えてもらえるはずなので、見つかっても良いと思っていました。
だから私は安心して薬草を採取していたのですが、悲劇は唐突に起こります。
あろうことか、私達を見つけた行商人さんとそのお連れの人達は剣を抜き、こちらに向けて包囲してきたのです。
そして悟りました。
つまり、この行商人さんの裏の顔は、奴隷を扱う商人さんだったという事に。
その瞬間の事は驚きのあまりよく覚えていませんが、私は相当に抵抗したのでしょう。
気付けば私以外の子供達を逃がすのに成功し、結局捕らわれたのは自分だけでした。
それから幾日が経ち、帰り道も覚えていられない程に色んな経路を通って、何度も殴られたりしながら次の町と運ばれていきました。
きっと私は、そこでどこの誰ともしれない相手に売られてしまうのでしょう。
それに一度奴隷として捕まってしまった私が今更みんなの所に帰っても、他人に無理やり犯され汚された、汚物として認識されてしまうに違いありません。
獣人族の村では、そういう認識が当たり前なのです。
助かる見込みは絶望的です。
もう、どうしようもありません。
私は半ば諦めていました。
さらにある日、とある深い森の中で馬車に揺られていると、信じられない程に強力な魔物が現れました。
三つ首のついた、血のように紅い毛をもつ真紅の狼です。
いえ、確かに見た目は恐ろしいですが、魔物と言えばゴブリンやホーンラビットなどしか見た事のない私は、最初はそれが言うほど強力な魔物であるかすら分かりませんでした。
しかしその魔物は馬車から飛び出した奴隷商人の護衛を次々と食い殺し、亡き者にしていきます。
あくどい商売をして相当に稼いでいる商人の護衛が、まるで赤子の手を捻るように殺されていくのです、当然普通の魔物ではないでしょう。
私はチャンスだと思いました。
ここで魔物に気付かれずやり過ごせば、奴隷商人達が全員居なくなったあとで、逃げ出せる機会があるかもしれないからです。
たとえそれが、無いに等しい可能性だったとしても。
そしてしばらくして、息を殺して隠れていた私は魔物が遠ざかるのを確認し、目論見は成功した事を確信しました。
ああ、これでやっと自由になれる。
そう思った私はなんとかこの鉄の檻から逃げ出そうと必死になり、暴れまわります。
ですがその時でした、私が師匠に出会ったのは。
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
「ぐ、ぐるるるぅううう!!!」
なんと、逃げ出そうともがいていた私の前に、奴隷商人の護衛の生き残りであろう人間が現れたのです。
見た目はあの人間達と違って清潔で、服装も比べ物にならないほど高級そうで、下卑た感じがちっと見当たらない凄くカッコいい人でしたが、ここにいるという事はあの商人の仲間に違いありません。
当然そう思った私は最後の気力を振り絞り威嚇を試みますが、……それも無駄に終わったようです。
なにせ目の前の人間は、あろう事か鉄で出来た檻を、粘土のようにぐしゃりと捻じ曲げてしまったのですから。
こんな怪力、太刀打ちできるはずがありません。
村一番の怪力の持ち主だった、熊獣人の大人だってこんな事できないです。
この人は恐らく、逃げ出そうとした私に罰を与えに来たのでしょう。
だからこうやってわざわざ力を見せつけたのだと思います。
そうして完全に心を折られた私は、涙目になりながら男の人に捕まってしまいました。
よほどショックだったのか、その後の記憶はぷつりと途切れています。
そして目覚めると、私は信じられないほど寝心地の良い、柔らかいベッドの上にいました。
はて?
確か私は捕まったはずじゃ……。
それに何だか、とても良い匂いがする……。
ああ、分かりました。
きっと私は死んでしまったのでしょう。
だからここは天国で、私はこれから美味しい食事を頂けるに違いありません。
それに下の階から私を呼ぶ声が聞こえます。
そう感じた私はそろりそろりと階段を降り、良い匂いの下へと降りていきました。
すると、そこに居たのは先ほどの男の人でした。
どうやら、ここは天国ではなかったみたいです。
またもやお先真っ暗です。
しかししばらく隠れていても、男の人は襲ってくる様子はありません。
どうしたのでしょうか?
「大丈夫だ。俺はあの馬車にいた者達とは関係のない、この森に住む田舎者だよ。君を助けたと恩着せがましく言うつもりはないが、それでも敵という事は絶対にない。食事はこちらの善意で提供しているものだから、気にせずたべるといい」
「……っ!」
なんと男の人は奴隷商人と関係がないどころか、食事を提供してくれる良い人だったようで、優しく語りかけてきます。
まだ少し疑心暗鬼ですが、本当に私を襲うのならばこんな事をする必要がないので、良い人で間違いないでしょう。
それに男の人はもしかすると、この深い森に潜む賢者様なのかもしれません。
お母さんから聞いた物語では、どこかの森には賢者様が隠居しており、人里を離れて修行をしていると聞いたことがありますし、きっとそうなのでしょう。
食事も今まで食べた事がないくらい美味しかったですし、ベッドもふかふか、そしてあの力。
これだけ状況証拠が揃っていれば間違いありません。
この出会いはきっと、神様が私にくれたご褒美だったのです。
◇
それからさらに数日後、私は男の人、もとい大賢者アース・ガルディア様に師事する事になりました。
何やら聖剣がどうのこうのとぶつぶつ言っていましたが、よくわかりません。
ですが師匠が求めるものであれば、私の全てをかけてでも成し遂げる所存であります。
なにせ私は命を救われたのですから、当然です。
師匠がカッコよすぎるから気を引きたいとか、そういうやましい想いは一切ありません。
無いったらないのです。
ああもう、じれったい。
今夜はもっと大胆にアピールしにいく事にしましょう。
全ては師匠が素敵すぎるのがいけないんです。