ハンバーグが猫耳の胃袋を掴んだ話
猫耳少女を拾って、徒歩で屋敷まで連れて行く事にした。
「やぁ君、大丈夫? 名前は?」
「ぐるるるる……」
「うーん、おかしいな。言葉は通じているはずなんだけどな」
どうにも警戒が強く俺の話を聞いてくれそうにない。
いったいどうすれば良いというのだろうか。
だがいつまでもこうしている訳にはいかないので、とりあえず不毛な意思疎通は終わらせて、力ずくで檻を破壊する事にした。
「ていっ」
「…………っ!!!」
さすがレベル105の最高位魔導士の力、近接戦闘職ではないとはいえ、鉄格子を破壊するくらいならば造作もない。
少し力を込めると、檻がグニャリと曲がり入口を破壊できる。
「さあ、出ておいで。大丈夫、俺は君に危害を加えるつもりとかないから」
「……ぁ、あぁっ!!」
しかしそうは言ってみたものの、目の前で鉄格子をグチャグチャにされたら恐怖を覚えるだろう。
案の定少女は俺の力に目を見開き、次第に涙を浮かべて後ずさりしていってしまった。
今の行動で、彼女の心を完全に折ってしまったらしい。
猫耳少女と俺の、国交断絶である。
かなしい。
だが意思疎通が出来ていない事は今に始まった事ではないので、とりあえず無理やりにでも彼女を連れて屋敷へと案内することにする。
ここで放置しても犬っころに食われて死ぬだけだろうし。
そう決めて無理やり馬車の中へと押し入り、頭を抱えてぷるぷると震える少女を脇に抱えると、先ほどまで元気に威嚇していたのが嘘のようにグッタリとして、大人しくなってしまった。
この状況に、色々と諦めたのかもしれない。
都合がいいので、このまま運ぶことにする。
それから数時間後、少女の体調を気にしつつある程度のスピードで森を駆け抜けると、森の奥深くに建ててある屋敷まで辿り着いた。
「さあ、ついたよ……、って、気絶してる」
けっこう揺れとかには気をつかったつもりなのだけれど、それでも彼女にとってはかなりのスピードだったらしい。
口から泡を吹いて気絶してしまっていた。
でもまあ、ベッドで横になってればそのうち体調も回復するだろう。
その間にギルドホールから栄養のある料理でも持ってくれば、その匂いで元気になるに違いない。
少女と意思疎通をするのは、それからでも遅くはないはずだ。
◇
ガサゴソ、ガサゴソ……。
一度ホールに戻り料理を取ってくると、ベッドがある屋敷の二階あたりでゴソゴソとする音が聞こえてきた。
どうやら匂いにつられて起きてきたらしい。
さすがにアース・ガルディアの施設力に任せて作っただけはあり、この食事には気絶した少女すらも元気にする力を秘めているようだ。
かくいう俺も、そろそろ腹が減ってきた。
「おーい! そろそろご飯だよ、降りておいでー!」
彼女を緊張させないよう努めて自然に声をかけると、二階から降りてきた猫耳さんが、その猫耳だけちょこんと出して、壁からこちらの様子を窺ってくる。
その猫耳はセンサーかなにかなのか、耳だけでは状況が分からないだろうに。
「大丈夫だ。俺はあの馬車にいた者達とは関係のない、この森に住む田舎者だよ。君を助けたと恩着せがましく言うつもりはないが、それでも敵という事は絶対にない。食事はこちらの善意で提供しているものだから、気にせずたべるといい」
「……っ!」
俺が言い終えると、警戒しつつもゆっくりと少女が姿を現し、おずおずといった感じで近づいてきた。
どうやら少しは気を許してくれたらしい。
「ふふっ」
思わず笑みが零れる。
すると今の対応がきっかけになったのか、意を決した猫耳さんがおそるおそる食事を口にした。
どんな食文化があるか分からなかったので、フォークやスプーンを用意したのだが、どちらにも手をつけず手掴みで食べている。
うーん、別の道具を使う文化圏からやってきたのかな?
「……うぁ、おいしい」
「そうか、それは良かった」
一口食べたら最後、1000年の間に鍛えた俺の料理スキルと、ホールの最高級食材が奏でた最高のハーモニーが少女の胃を直撃し、鷲掴みにする。
この味からはもう逃げられないよ、ククク……。
ちなみに今日の食事はハンバーグだ。
手掴みでガツガツと食べる彼女の表情は必死で、喉に食事を詰まらせながらも流し込んでいく。
そうとう気に入ってくれたらしい。
「……はぁ、はぁ。げぷ」
「もう食べ終わったのか、早いね」
俺も早く食べてしまおう。
それに今なら、食事を終えたばかりで油断している彼女に付け入り、会話をする事が可能なはずだ。
「で、君の名前は? ああ、別に言いたくなかったら言わなくて良いよ。気が向いた時に教えてくれれば良い。ちなみに俺の名前はねこふ──、アース・ガルディアだ。アースと呼んでくれればいいよ」
一瞬ねこふんじゃったと紹介しそうになったが、猫耳少女の前でそれはデリカシーに欠けるだろう。
というかそんな名前が通用するとも思えないので、仕方がなくギルド名を名乗ることにした。
まあ、成り行きという奴だ。
「……アース、さま」
「そう、アース。でも様はいらないよ、そう大した人間じゃないからね」
「アースさま、……ご飯美味しかったです」
「そうか。気に入ってもらえてよかった」
やったぞ!
ついに猫耳少女と意思疎通に成功し、友好国になった!
やはり食の力は偉大という事だろう。
そしてその後は他愛のないやり取りでお茶を濁し、なんとか名前を聞き出す事も出来た。
彼女の名前はレイシィ、外で遊んでいたら人間に捕まってしまった、猫獣人の少女なのだとか。
一度人攫いに捕まってしまった猫獣人は、村に戻っても汚らしい目で見られるので、もうどこにも行く場所がないとか言っている。
なんとも可哀そうな境遇だが、この世界の文化をそう学んでいる訳でもない俺には、これが普通の事かどうかも分からないので追及はしないでおく。
とにかく、しばらくの間は保護しておいてあげよう。
なにせこちらは慢性的に暇だし、何より俺にとって割と重要な聖剣イベントに、彼女なら適応できそうだからだ。
レイシィは世界で初めてねこふんじゃったの加護を得た、ねこ勇者一号となる予定なのである。