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悍ましい宴の話(魔王視点)


 ゴドル王国王城の一角、第二王子レザードの部屋では世にもおぞましい、地獄のような光景が繰り広げられていた。


「どうだい魔王、生け贄の味は。これでもその生け贄を集めるのにはかなり苦労したんだけども」

「ああ、美味いぞレザード。特にこの聖女とかいう教会の女は魔力の密度が最高だ、先ほどの貴族も良かったが、やはり力を持った女は食いでがある」


 魔王と呼ばれた魔人が少年の問いに答える。

部屋には手足を縛られ魔法陣の上に乗せられた生け贄、意識のある少女や女性たちが並べられていた。


 彼女らはそれこそ見目麗しい貴族の令嬢だったり、教会に所属している聖女だったり、王族の身辺を護衛する女性騎士だったりと、見る者が見れば分かる高貴な女たちだ。


 その女たちが今一斉に食卓に並べられ、魔王という人知を超えた悪意の怪物に生きたまま魔力を啜られている。

魔王に力を啜られた者はだんだんとその身体が枯れ木のようにやせ細らせ、やがてミイラのようになっていった。


「ああ、それは良かったよ。でもここには僕と君しかいないとはいえ、名前で呼ぶのはやめてくれと言っただろう? こういうのは役職で呼ぶ事に慣れておかないと、いつかポロリと隠さなきゃいけない場面で名前が出てしまうものなんだ」

「そうか。それは悪かった大錬金術師殿。……クククッ」

「はははははっ、とても言いづらそうだっ!」


 そう言って愉快そうに笑う二人は、何も知らない者が見れば仲の良い友達の談笑ように映っただろう。

しかし実際にこの場で起きているのは生け贄の試食会という、この世の悪意をこれでもかという程に凝縮した最悪の光景だった。


「ふむ、だいぶ女共の魔力も啜ったな。我が眷属もこれだけの数がいれば、とりあえず十分だろう」

「おや? もういいのかい魔王。まだこんなに生け贄を用意してるのに」

「いや、必要以上に眷属を増やせばそれだけ我にも負担がかかる。数日おきに増やすならばともかく、一度にやるにはこのくらいが丁度良いだろう。人間の魔族化というのはそれだけエネルギーを消耗するのだ」


 そう言って魔王は皺くちゃになり枯れ木のようになった女に近づくと、何やら呪詛のようなものを唱えた。

するとどうだろうか、その膨大な魔力を含んだ言葉は可視化され、文字となって女の額に刻まれていくではないか。


 そしてこれこそが魔王が魔族を生み出す秘術、質の良い人間という生け贄を媒介にした【眷属化】である。


 一度人間の中身を吸い取り、そして別の中身を注入するかのような光景は、まさに神への冒涜でしかなかった。


「なるほど、それならばこの生け贄は明日のために生け贄小屋に保管しておくとしよう」

「ああ、そうしておいてくれ。いずれまた眷属を補充する」


 そうして【眷属化】による最後の仕上げを終えた魔王は、新たに眷属となった魔族を一人立たせ、その場で跪かせる。


「お初にお目にかかります、我が主よ。私のように非才な者を貴方様の血肉に加えて頂き、これ以上ない光栄でございます」

「ふむ、どうやら自我はあるみたいだな。この魔力量からすると、おそらく上級魔族といったところか。……どうだ、人間だった頃の記憶はあるか?」

「確かにありますが、そのような醜くも卑しい時代の記憶など今にも消してしまいとうございます。愚かにも我が主という至高の存在を前にしながら、くだらぬ神に祈っていたなどと、あまりにも愚かにすぎる……」


 そういう女はかつて教会の聖女と呼ばれていた、魔王には及ばぬものの人間にしては優秀な魔力量を持つ者だった。

しかし今の彼女にはその面影すらなく、黒く染まった肌に生えた翼、牙、尻尾、そして人格共に生まれ変わってしまっている。


「素晴らしい! 素晴らしいよ魔王! こうも簡単に魂の領域まで踏み込めるなんて!」

「この程度、どうという事もない」

「はははははははは! いいよ、これはいい! この力であの時に出会った少女、……女勇者を手駒に出来たらなんて考えると、興奮がとまらないよ!」


 レザードは自分の妄想に浸り、恍惚として笑みを浮かべる。


「ふむ、大錬金術師よ。その事だが気になっていた事があるのだ」

「なんだい魔王」

「そのレイシィとかいう女勇者が持っていた聖剣なのだが、本当に虹色の光を放っていたのか?」

「ああ、そうだよ。それがどうかしたの? 顔色悪いよ?」


 魔王には思い当たる節があるようで、額に汗をかきながら何かを思い出そうとする。

それはまるで、思い出してはいけないことを思い出そうとしているような、そんな表情だった。


 しかし考えても結論が出なかったのか、諦めた様子で一度深呼吸をする。


「いや、何でもない。もしそいつの持っている武器が本当に聖剣ならば、かつての復讐をしてやろうと思っていただけだ」

「そうかい。まあでも殺すのはナシだからね、あれは僕が欲しい」

「ああ、分かっている」

「ならいいんだよ」


 レザードはそう話を締めくくり、一度この場を切り上げるのであった。

そして去り際を見た魔王は誰にも聞こえない声で独り言を呟く。


「(完全なる復活を終えた今だからこそ、少しだけ思い出せる。あの勇者達との最終決戦の最中、我に致死の一撃を与えたのは奴らではなかった。最終的に我を一瞬にしてこの世から葬り去ったのはあの────)」


 ────あの、まるで散歩でもするような気軽さで登場した、謎の魔術師だった、はずだ。


 その最悪の光景を思い出した魔王は、今にも吐き出しそうな顔で闇に姿を消すのであった。





ねこふんじゃったとかいう引き籠りが魔王という被害者を生み出す、そんな悍ましい散歩物語の第二幕、その幕開けであった……(バリトンボイス)

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