今度のターゲットは健気な盗賊少女だった話
その後、魔力検査の次にギルドでの実力試験を行ったが、こちらの方は特に騒ぎにもならず滞りなく終わった。
やった事は主に下位の冒険者との模擬戦だが、俺もレイシィもそんな相手に本気を出すまでもなく、適当にあしらって終わりだったからだ。
確か試験役をかって出てきたのはD級冒険者の戦士で、D級パーティー鉄壁の盾に所属する、感じの良い青年だ。
ギルドとしても頻繁にある入団試験くらいで上級冒険者の手を借りる訳にはいかず、かといって試験を行わなければ羊皮紙に記入された能力の全体像が見えてこない。
故に、駆け出しから一皮剥けた程度の下位冒険者に試験を担当してもらうというのが、この世界の冒険者ギルドの一般常識なのだそうだ。
ちなみに冒険者のランクはSを最上位とし、次にA、続いてBCDEFの順で下がっていく。
もちろん登録したての時、俺達のランクはFだ。
当然である。
しかし順調に進んだのはここまでで、問題はケルベロスの魔物素材を売却する時に発生した。
いや、別に買い取ってもらえないとかそういう話ではなかったのだが、なんとこの魔物、単独のB級冒険者か、パーティーを組んだC級冒険者が相手にするような強者だったようなのだ。
確かにこの世界の旅人がよわっちぃのは知っているが、まさかたかが野良犬がB級だとは誰が想像できるだろうか。
そんな事いったらあの森、生息しているほとんどがA級の魔物という扱いになっちゃうのだが。
まあそんな事もあり、俺がギルドに提供したケルベロスは大変驚かれたという訳だ。
しかもなんと、一匹相当の素材の売却値段が銀貨5枚。
これはそこそこ物価が高い町にある上流の宿に、三食つきで5日間も泊まれる程の値段である。
この町の物価を知ら無さそうな俺に対して、受付の人がそう言っていたので間違いない。
とりあえず魔犬を1ダース程売却しお金を受け取ると、換金後に金貨6枚を手渡されたので、銀貨10枚で金貨1枚と見て間違いない。
そしてだいたいの感覚だが、上流の宿が一泊銀貨一枚である事を踏まえると、銀貨1枚は1万円と認識しておけばそう認識がズレる事もないだろう。
世界によって物価が違うからなんとも言えないが、予想ではそれくらいの金銭価値であると思われる。
「ではレイシィ、今日はこの宿でしっかりと休み、明日に備えておけ。俺は大事な用事があるので出かけるが、まあ朝までには帰ってくるから大丈夫だ」
「分かりました師匠」
「あ、朝帰りだからって、細かい事は気にしなくていいからな! 本当だぞ」
「……? はい、師匠がそういうのであれば、それが一番良いのだと思います」
ウッ、レイシィが良い子過ぎて涙ちょちょぎれそう。
素直過ぎるだろこの子、人を疑わなさ過ぎて将来が不安である。
それにこんな可愛い女の子を部屋に一人残して朝帰りなんて、なんてダメな大人なんだ俺は。
しかし俺としてもここは譲れない。
なぜならばこの後、俺には現時点で最優先にしなければならない大事な用事、ねこ勇者レイシィの最初の仲間加入イベントを始めなければならないからだ。
勘違いしてもらっては困るが、朝帰りだからといって、別にいかがわしい店に出入りしようとしている訳じゃないぞ。
娘も同然となる弟子が居る手前で、そんな愚行に走るほど愚かではないと思っている。
よってこれは必要な事なので、許してほしい。
ちなみに新たに仲間に加えようと思っている人材には、既に心当たりがある。
なにせ暇があれば次のイベントの事を考えていた俺だ、もちろんあの森の屋敷を出る前からこの町の人材情報には目を通していた。
毎日夜になると自室からギルドホールに戻り、転移部屋の俯瞰視点とにらめっこして各町に様子を探っていたのである。
その結果、森の近辺にある町ではこの町のとある人材が最も優秀であり、新たに仲間に加えるに相応しい人物だと判断したが故に足を運んだのだ。
そうでなければ、わざわざここには来ていない。
余談だが、仲間となるのはレイシィと同じ10歳の女の子で、名前はリーズ。
恐らくスラム街と思われるボロ小屋で毎日を精一杯生きる、赤髪の少女だ。
どうして10歳なのかとか、なぜ少女なのかとか、そんな事は聞いてはいけない。
なぜならば我が娘といっても過言ではない可愛いレイシィの仲間に男、つまりは悪い虫がつくなど到底許せるはずも無いからである。
だから同年代の少女という条件、これだけは譲れない。
もしレイシィが自分で気に入った相手を見つけてくるならば、俺は血の涙を流しながらその提案を受け入れるだろうが、間違っても俺からそんな男を連れてくるとかそういうのは有り得ないという訳だ。
悪い男にひっかからないように未然に防ぐのも、師匠の役目という奴だろう。
また、それでもなぜ数多く居る候補の中からその少女を俺が選んだかと言えば、それは彼女が10歳にして【盗賊】の職業を高レベルで獲得しているだろう事が窺えたからだ。
彼女が身に着けた日々を生きる知恵と力、スリの技術やその逃げ足による逃亡力、さらには身を隠す能力など、完璧すぎると言っても過言ではない程に洗練された技術を揃えていた。
しかもその子はそういった自身の能力で得た財産を独り占めせず、自分が生活する最低限の財産だけ残し、残りの9割を生きる力の無い少年少女達に分け与えていたのだ。
性格も当然、合格ラインである。
しかも健気な事に、そのスラムの盗賊少女リーズの夢は、将来真っ当な冒険者になって大金を稼ぎ、稼いだお金でいつか孤児院を立ち上げる事だ。
おそらく力なき仲間達を救いたかったのだろう。
なんとも泣ける話である。
故に俺はこの少女のターゲットを絞り、ついでに夢を応援するために行動に移ったという訳だ。
「さて、資金よし、課金アイテムよし、なんか怪しい感じの仮面よし。……行くか」
そしてその後、正体を隠すために謎の仮面をつけた俺は、ゴドル王国ラグナ町の夜を疾走し、今日も働き疲れて眠っているリーズちゃんの下へと向かったのであった。