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とある国の公爵閣下の話(クレイムント視点)


「閣下、報告致します! つい先ほどB級魔物であるケルベロスの群生地を抜け、死の大森林を突破致しました。これより先はE級のゴブリンか、その前後ランクの魔物の群生地となるため、一先ずの危機は去ったと愚考致します!」

「そうか、良くやってくれた。これでしばらくの間は、殿下を狙う不届き者も追っては来れないだろう」


 私は騎士隊長の報告に溜息を洩らしそうになるのを抑えつつ、死の大森林を抜けたという報告に安堵した。


 ────死の大森林。


 その森の名はこの大陸では知らぬ者を探す方が難しい、秘境とも魔境とも呼ばれる広大な森だ。

どの程度の深さがあり、その深部にどのような魔物がいるのかは未だ未知の領域とされる土地だが、広さだけで言うなら確実にゴドル王国を上回るだろう。


 他国の神話では脅威度Sランクを超えるとされる理解不能の化け物、世界を喰らう巨悪龍が眠っているとも伝えられているし、また一説には数百年前に現れた伝説の戦士、聖剣の勇者がその力を以って巨悪龍に挑んだ場所ともされている。


 勇者に関しては巨悪龍と相打ちになって力尽きたとも、聖剣を依り代にして巨悪龍を封印し生還したとも言われているが、その真相は明らかになっていない。


 なにせその時代にはまだゴドル王国は存在していなかった上に、王国には王国でまた別の伝承があるからだ。

吟遊詩人などが広める歌や、ゴドル王国学院の歴史などで多少は大森林の話題が出るものの、その全容が解明されていない以上は深く追求はしていない。


 私はあくまで貴族であり、歴史学者ではないからだ。


 とはいえ、とにかくそういった伝説や伝承が尽きる事のない謎多き森、それが死の大森林だった。


「しかしまさか、本当に伝承の聖剣が眠っていたとはな……」

「本当だよねぇ。僕もこの目で見るまでは信じていなかったし、そもそも過去に居たとされる勇者なんてのは、運よく魔剣を手に入れた腕自慢の筋肉ゴリラだと思っていたよ。教会が自称している勇者は顔も意識しているみたいだけど、アレはただの政治道具だしね」


 殿下の発言は身も蓋もないが、おそらく言っていることは正しい。

かくいう私自身がそう思っているし、教会が近頃匿っている勇者や聖女などという存在も、言ってしまえばその権威を維持し、民衆の関心を引き付けるためのパフォーマンスだ。


 私も実際に何名か存在する聖女候補の一人を見た事はあるが、所詮は魔力適性が高いだけの凡人だった。


 もちろん全ての聖女を把握している訳ではないし、所詮は候補だ。

中には食に関して不思議な知識と発想力を持つ、神の英知を司ると言われている聖女もいるらしいが、それも噂の域は出ない。


 ようするに教会というのはそういった特別な称号を人に与え、政治道具として活用しているだけというのが各国の認識である。


 それがいけないとは言わないが、伝承により語られている本物と比べれば、どうしようもなく見劣りしてしまう。

まだ世界中に存在する冒険者や騎士といった者達から生まれる、英雄と謳われる実力者達の方が現実味があるというものだ。


 なにせ彼らは幼い頃より頭角を現し実績を残してきた猛者であり、弛まぬ鍛錬とその才能を自分の物にした上で、今もその快進撃を止める事はないのだから。


「だが、あの少女はそのどちらとも違った……。精神的には年頃の少女相応の未熟さを残しつつも、既に実力は英雄と表現しても差し支えが無い程に一騎当千。さらには本当に神が遣わしたと言われても違和感が、……いや、そうとしか言えぬ程に煌めき輝く不思議な聖剣。おそらく、間違いないだろう」


 確証はない、だが確信はある。

勇者という存在にではない。


 確信しているのは、あの剣が真の意味で聖剣だという事についてだ。

そして聖剣、つまりは神が人間に給わした武器に人間が認められたというのであれば、それはもう勇者と表現する以外にはないだろう。


 あの猫獣人の少女、……確かレイシィ嬢といったか。

レイシィ嬢は、間違いなく勇者だ。


「うんうん。そうだよねぇ、あれは間違いなく勇者だよねぇ」

「やはり殿下も彼女に興味が?」

「もちろんだよ! といっても、勇者とか聖剣とか、正直そっちのほうはどうでもいいんだ。僕が気になっているのは、彼女の真っすぐな心の方さ。あれだけの力に恵まれて尚、己惚れない清き心とひたむきさ。……あぁ、良いよ! 良い! どうしても欲しい!」


 ──そして、ぐちゃぐちゃにしたい。


 殿下はそう言って、不気味な笑顔で舌なめずりをする。


 まったく、恐ろしい御仁だ。

腐っても大国の公爵であるこの私が、王子とはいえたかが10歳の少年に恐怖を感じるなど、尋常ではない。


 本来ならばすぐにでも彼の思想を正してやりたいところだが、そういう訳にもいかない。

殿下の影響力は既に王国内では不動の物になっているし、王子という権力のみならず、本人の知性や策略も既に私を超えている。


 たかが、10歳の少年がだ。


 いったいどういう突然変異を起こしたら、彼のような化け物が生まれるのだろうか。

天才とはレザード・ゴドルのためにあるような言葉だろう。


 だがそれ故に、相応に敵も多い。


 そもそもからして、今回この死の大森林を通過せざるを得なかったのも、彼が作ってしまった敵を撒く為なのだ。


 事の始まりは闘技大会。


 このクレイムント・ヴァレスが公爵位の貴族として仕える国、ゴドル王国との同盟を結ぶサガ帝国で開かれた催し物での出来事だった。


 そこで殿下が起こした事件が切っ掛けで、敵に回すには少々面倒な者の関係者を巻き込んでしまったのだ。


 本人の自業自得とはいえ、王子が起こした粗相というのは国の粗相、そう認識される。

どうにか国王と私が場を収める事である程度の収拾はついたが、それでも残した禍根は大きい。


 故に殿下を守るために、こうして優秀な騎士隊を護衛につけた私が彼の傍に付く事になったのだが、……まさかそれでも手に余る強者が襲撃してくるとは思わなかった。


 死の大森林に逃げた事で相手も慎重にならざるを得なかったのか、それ以上は追ってこなかったが、いずれは殿下が存命しているという事がバレるだろう。


 殿下はその性格こそ最悪だが能力は本物だ。

これからの王国のためにも無為に死なせるわけにはいかない。


 最良は騎士隊よりもさらに強力な護衛で、尚且つ殿下の粗相が帳消しになるような、民衆の心を引き付ける者を味方につける事だが、……さて。


 私はどう考えても適任としか思えない、全てを解決できる存在に想いを馳せた。


 そしてその存在こそ先ほど出会った聖剣の勇者、レイシィ嬢だ。


 しかし同時に思う。

もし聖剣を託した神が彼女を見守っているというのであれば、きっと私は、どこかで裁かれるのだろうと。


 だがそれが分かったところで止まれない。

なぜなら私は、王に次ぎ国民を守る役目を負った大貴族、クレイムント・ヴァレス公爵だからだ。


「あの少女には悪いが、これも王国のためだ」


 そう決意した時、窓の外から流れゆく景色を眺めていた殿下が、蜘蛛の糸のように粘つく笑みを浮かべた気がした。


聖剣を生み出し託したのは神ではなく、ねこふんじゃったである。

つまり真の黒幕である(´・ω・`)。

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