レイシィが不良になったかもしれない話
「はぁぁああっ!!」
「ギャン!?」
魔犬の群れに単身で飛び込んでいく戦士を助けるため、背負った神王の剣を抜き放ち、全力で駆け抜けたレイシィが魔物を一刀両断する。
そのあまりに唐突な闖入者に場に居た全員は目を見開き、硬直した。
しかしその間にも、光の装備エフェクトを纏った彼女は次々と魔物を切り飛ばしていき、まるで舞うように華麗な体捌きで制圧していく。
剣を振るうごとにエフェクトが線を引くその光景は、剣の軌道が残像となって眼に残り、彼女が舞う軌跡を縦横無尽に描き始める。
うーん、ビューティフォー。
さすが聖剣、一撃で勝負が決まっていた今までに比べ敵の数が多い今、これ以上ないくらいにレイシィの戦いを引き立てているようだ。
感動した!
「な、なんだ……。いったい、何が起きて……。それにあの美しい光を纏う少女は一体」
「…………」
それまで悪戦苦闘していた戦士達には何が起こったのか分からないようで、茫然自失とした様子でレイシィが乱舞する姿を見つめる。
まあ光を纏う少女が突然現れて、自分達でさえ苦戦していた魔物を屠り始めたらそうなるよね。
よくわかる。
しかし唖然としたのも束の間。
さすがは立場ある人物を護衛する戦闘のプロ集団なのか、いち早く立ち直った囮役の戦士が自分に喝を入れ、周りに向けて大声で指示を飛ばした。
「何ボサっとしているんだ! 今がチャンスだ。あの少女が大立ち回りしている間に、残りのケルベロスを全部片づけるぞ!」
その声で我に返ったのか、他の戦士達も自分達が置かれていた状況を思い出し戦いに参戦する。
もしずっと彼らが口を開けたままだったら、さりげなく投石で魔物を間引こうと思っていたのだが、この調子なら大丈夫そうだ。
とはいえ、先ほどの不意打ちによって大半の犬は倒してしまったので、この残数なら彼女一人でも問題はなかったかな?
それにこのくらい優勢なら、牽制程度の投石で済むだろう。
そしてねこ勇者レイシィの登場により形勢逆転したこの戦いは瞬く間に収束し、結局誰一人として死者を出さずに終わりを迎えた。
多少傷を負い血を流している者も居たようだが、彼らが事前に用意してたと思われる道具で応急手当を行い、一命を取り留めていた。
流石、やんごとない人物につく護衛達だ。
どうやら準備にも抜かりはなかったらしい。
すると戦闘終了後、ピリピリとした空気で成り行きを見守っていたレイシィに、戦士の一人が近づき接触を試みた。
あっ、たぶん今近づいたら──。
「そこの方、どこの誰かは存じませんが、助太刀感謝致します。私はゴドル王国正騎士団の──」
「感謝を伝える相手が違います!!」
パァン!!
戦士、いや彼が言うにはゴドル王国の騎士が自己紹介をしようとした時、突然レイシィのビンタの音が響き渡った。
ああぁぁぁっ!!
なにやってるんだレイシィ!?
弟子が、弟子が不良になってしまった!?
なんて事だ、やはり教育に悪い光景を見せたのがいけなかったのだろうか。
昨日まではあんなに可愛い猫耳少女だったのに、今は修羅のような表情で騎士達を睨んでいる。
毎日の癒し、もとい俺の天使はいずこへ……。
もしこれが切っ掛けでレイシィが反抗期になろうものなら、俺はこいつらを許せないかもしれない。
それくらい、今の俺は動揺している。
「なっ、何を……」
「まだ、分かりませんか。貴方たちは先ほど、何をしようとしていました? 皆を救うため、たった一人で魔物の群れに立ち向かった勇気ある者を前に、自分達だけ逃げ出そうとしていたのではありませんか」
あ、怒ってたのそこだったのね。
なんだ、レイシィは不良になってなかった。
よかった、よかった。
あっ、でもこれって、その勇気ある者が死にそうな時にコソコソ隠れていたのがバレたら、俺もレイシィに愛想をつかされるのか?
……何てことだ。
この時点で、絶対に後をつけまわしていた事がバレる訳にはいかなくなったぞ。
だがもしかしたら、いまのビンタが理由で不敬罪に問われてバッサリ切られてしまうかもしれない。
もしもの時のために、俺が愛想をつかされるのも覚悟の上で、助けに入る準備はしておいた方が良いだろう。
「し、しかしそれは……」
「分かっています。あの時はそうするしか無かった事は、私にも伝わりました。ですが、それであっても本当に感謝を伝えなければならないのは、命を懸けて助けてくれたあの方ではないのですか? あの方の勇気は、そんなに軽んじられるものだったのですか?」
「…………確かに、貴女の言う通りだ」
レイシィの説得を聞いた騎士は真顔になり、さきほど囮になっていた騎士の前で腰を折って頭を下げた。
えっ、なんかビンタされた騎士さんめちゃくちゃ感動してるっぽいんだけど。
えっ、不敬罪は無し?
流れる涙がその証?
なんだ、優しいじゃないか君。
見直したぞ名も知らない騎士殿。
「これで良いだろうか、誇り高き戦士よ」
「はいっ」
どことなく晴れ晴れとした騎士と、とても嬉しそうなレイシィの返事が響き渡る。
ちょっと小声で「アースさまなら、きっとこうしていたはず」とか聞こえてきたけど、俺は権力者にビンタとか絶対にしないチキンなので、きっと別のアースさんだろう。
どこのアースさまかは分からないが、立派な人もいたもんだ。
「……素晴らしい、素晴らしいぞそこの者!!」
するとその時、馬車の方から盛大な拍手が聞こえてきた。
見ると馬車からは金髪碧眼のダンディなおじさんと、その子息と思われる、これまた金髪碧眼の10歳くらいのイケメン少年が現れ手を叩いていたのだ。
少年の方はとても興奮した様子で頬を赤く染めており、熱に浮かされた様子である。
ちょっと、いくらレイシィが可愛いからって嫌らしい目つきはダメだぞ少年。
女性っていうのはそういうのに敏感なんだからな。