いつの間にか勇者がネコフ・ン・ジャッタだった話
レイシィが祠に用意してある勇者の聖剣を引き抜いてから、一週間程がたった。
あの日から彼女は神王の剣を肌身離さず持ち歩くようになり、訓練用木剣で素振りをする時ですら背負っているくらいだ。
よほど気に入ってくれたらしい。
なんでも、俺との絆の証なんだとか。
いやぁ、照れるね。
俺もあれだけ気に入ってもらえると、師匠冥利につきるというものだ。
またそれとは別に、今回の件で魔王や勇者といったイベントの設定に興味を持ったのか、彼女は積極的に俺から情報を聞き出すようになってきた。
曰く、この剣の持ち主であった勇者の名前はなんなのだとか、どうやって魔王を倒したのかとか、その時にいた仲間は誰だったのかとか、そういう事だ。
俺も深く考えていた訳ではないので、ここら辺は再度イベントの計画を練り直しておきたかったのだが、あまりに強い彼女の熱意に迫られて答えられそうな所は適当に答えてしまった。
前任の勇者の名、つまりは剣の持ち主、もっと言うならば剣の創造主ということで、ねこふんじゃったの名を借りてネコフ・ン・ジャッタと答えたりね。
まあそんな感じである。
というか誰なんだろうね、ネコフ・ン・ジャッタって。
きっと凄い人なんだろうな。
例えば不老だったり、最高位魔導士だったりするに違いない。
……うん。
現実逃避はここら辺にして、もうちょっと他にやりようは無かったのだろうかと思っている。
だが出した言葉はひっこめられない。
このまま突き通す他ないだろう。
ちなみに、その勇者の名前を聞いたレイシィは執拗にネコフ・ン・ジャッタの名前を反芻して、「ネコフさま、貴女と大賢者アース様との絆に、……少しだけいいです、私も割り込ませてください」とか、「ネコフさま、どうか私に勇気を」とか言って、こちらをチラチラ見てきたりする。
一体、何なのだろうか。
どうしてチラチラ見られているのか、気になってしょうがない。
もしかして、ねこふんじゃったが俺の名前だとバレたのだろうか?
……いや、違うな。
少しだけ頬を染めキリッとしたあの反応はそう、怒りだ。
きっと猫踏んじゃったとか言われて、怒っていたに違いない。
よく考えれば当然の事だった。
やはりこの名前は猫耳少女を前に、少し配慮に欠ける名前だったようだ。
少し反省しよう。
あと、レイシィ的には勇者ネコフは女性という事で決定しているらしい。
よくわからないが、何か思う所があったのだろう。
まあ確かに男が使っていた剣を肌身離さず持っているなんて、色々と外聞が悪いからね。
元々持っていたのが同性という設定にしておけば、そういうのも避けられるし、合理的な判断といっていい。
ああ見えてレイシィも中々に強かなようだ。
「それでは師匠、行ってきます」
「気を付けて行ってくるんだよ? レイシィは強くなったけど、それでも森の中は危険が沢山あるからね」
「はいっ!」
余談だが、現在のレイシィは森で実戦経験を積む事に比重を置いて鍛えている。
神王の剣の装備効果であるステータス上昇(大)により、既に20レベル程にまでに引き上げられた彼女の身体能力はそこらの旅人の比では無いし、それに応じてこの森の魔物ともある程度戦えるようになってきた。
およそ三つ首の犬、ケルベロス相手なら難なく倒せるくらいには強くなったと言っていいだろう。
なにより、そこまで強くなったレイシィを鍛えるには腕立てや腹筋だけでは物足りなくなってきてしまったのだ。
つまり経験値効率が悪いという事である。
故に俺は彼女の修行方針を変え、基本の素振り以外は森の魔物との実践戦闘で経験を積ませる事にした。
とはいっても、戦闘に絶対などというのはありはしない。
どこかで大けがをするかもしれないし、命を落とすかもしれないのだ。
なのでいつもはこっそりと彼女の後をストーキングし、安全に戦えているか様子を見つつも見守っているという訳である。
故に今日も元気に屋敷を飛び出していったレイシィに気付かれないよう、サイレントとインビジブルの魔導を発動し、こそこそと付け回す。
10歳の女の子をつけまわす大人という事で、ちょっと犯罪の臭いがしないこともないが、これは必要な処置だと自分に言い聞かせ納得させる。
絶対にこの事を深く考えてはいけない、絶対に。
またサイレントとインビジブルの魔導だが、これはゲームで言うところの初級職、【魔導士】や【高位魔導士】呼ばれる魔法職が使える魔導だ。
【魔導士】はゲームのプレイヤーが最初に選択できる職業の一つであり、条件を満たすと上位職の【高位魔導士】か【精霊使い】に分岐し、さらに【高位魔導士】極め続けると最高位職の【不老の最高位魔導士】となる。
特徴として、初級職が使う低級魔導はクールタイムが短く持続時間が長いが、効果が弱い。
そのため低級魔導である消音魔法、サイレントはほぼ無制限に使えるといっても過言ではなかったりする。
それに比べて中級魔導である迷彩魔法、インビジブルはちょこちょこと間をおいて掛けなおす必要があるため、効果が切れそうになるたびに身を隠す必要が出てくるといった具合だ。
使い勝手は状況次第だが、この状況への適応力、選択肢の広さこそが魔導士系統の強みといったところだろう。
そんな事を再確認しつつも、いつものようにレイシィの後を追うのであった。