剣が抜けちゃった話
俺が武器に弾かれた事で、一転して絶望の表情を浮かべるレイシィ。
もはや夢も希望もありませんといった具合だ。
「やっぱりこの聖剣に認められるには、俺では資格が足りないらしい」
「こんな、こんなのって嘘です! きっと何かの間違いです! きっともう一度やれば絶対に……」
「いや、無駄だろう」
「……っ!!」
ハッキリと無駄だと口すると彼女は目に涙を浮かべ、ぷるぷると震え始めた。
きっと、次は自分が剣を手に入れる場面だから緊張しているのだろう。
いや、もしかすると嬉し泣きかも。
まあ、とにかくシーンを次に進めなきゃね。
「では、次はレイシィの番だよ」
「……無理です」
「え?」
「む、無理です! 私が、私なんかが聖剣に認められる訳がありまぜん! お師匠様でも無理だったんでづよ!? 無理に決まっていまづぅ!!」
レイシィは怯えた表情を見せ、泣き崩れてしまった。
そして、小さな声でぶつぶつと何かうわ言のように「もうお終い、何もかも。もうお終いなんだ……」と呟き、俺にしがみ付く。
なんだなんだ、この甘えん坊さんめ。
もしかしてこのイベントを利用して、最初から師匠とのスキンシップを図っていたのかな?
ほっほっほ、愛いやつよの。
彼女はまだ子供だから、親の愛に飢えていたのかもしれない。
そりゃあ10歳で両親と離れ離れになったら、ホームシックにもなるよね。
これは彼女の精神状態を考慮していなかった、俺の責任と言えるだろう。
しかし、ならば仕方ない。
ここはレイシィに合わせてあげるとするか。
俺はできる限り優しい力で彼女の猫耳を撫で、囁く。
「大丈夫だ、レイシィ。お前ならきっとできるさ。だって、レイシィはこの俺の弟子なんだぞ? こんな錆びた剣の一本や二本、どうという事はない」
「師匠……?」
「俺は知っているぞ。レイシィはとても頑張り屋さんで、優しくて、勇気がある可愛い女の子だって事をな。だから、大丈夫だ。聖剣の一本や二本くらい、何て事は無いさ。ほら、手を貸してごらん」
「ぁ……」
そう言ってレイシィの手に自分の手を重ね聖剣に近づけ、その柄に手をかける。
すると聖剣はその手に包まれた瞬間、どこか間の抜けるような「ピロリン♪」という音と共に、暖かな装備エフェクトを放ち始めた。
よし、これでこの神王の剣はレイシィ専用の装備となったな。
最後のアドリブは予定には無かったが、時にはこういうのもアリだろう。
なにはともあれ、ねこ勇者レイシィの誕生という訳である。
ちなみにこの聖剣に限らずユニーク武器全般に言える事なのだが、鞘から引き抜き装備している状態だと、常に光の装備エフェクトを纏い暖かなオーラを発し続ける。
特にこれといってステータスに影響のない飾りなので戦闘では役に立たないが、見た目はとてもカッコいいのだ。
「……嘘。し、師匠、これっ!!」
「ああ、この輝きは聖剣に認められた証だよ。よかったなレイシィ。これからは、この神王の剣がお前の新しい力だ。さあ、抜いてごらん」
「ぇ、うぁっ!!? すごい、なにこれ! 力が溢れてくる!?」
何が起きているのか分からないと言った様子で、呆然自失としたレイシィが剣をしっかりと掴むと、力の本流のようなものが彼女に取り込まれ剣が勝手に祠から抜け出した。
ふむ、どうやらいつくつかある装備効果の一つである、【全ステータス上昇(大)】が影響を及ぼしているようだ。
余談だが、全ステータス上昇というのはプレイヤーの戦闘力に加算される能力値のようなもので、ゲームキャラクターの能力基準で言うなら、(小)で3レベル、(中)で5レベル、(大)で10レベル程の上昇効果が見込める。
よってレイシィの今の総合レベルは、元の10に加算して20レベルといったところだろう。
これは国軍に所属する一般的な正騎士のレベルを大きく超える力だ。
さらにその上、曲がりなりにもユニーク武器の性能を持った剣を所持しているとなれば、英雄に片足突っ込んでいるといっても過言ではない。
俺からしてみれば産廃のあのユニーク武器であっても、あの剣本来の性能は50レベルくらいのプレイヤーが所持していてもおかしくない程の代物なのだ。
しかしレイシィの驚いた表情が心地いいな。
まさか彼女も、こんなすごい剣をプレゼントしてくれるなんて思ってもみなかっただろう。
思わず笑みが零れる。
「ふふふっ」
「ほ、本当に抜けちゃった」
「ああ、抜けたな。まあ、レイシィが抜けるのは分かり切っていた事だが。その力が、レイシィにはあったというだけの事さ」
だって戦士職なら誰でも装備できるしね。
経験値増幅効果を持つ訓練用木剣が早々に装備できた事からも、間違いなく戦士職だと思っていたのだ。
「いえ、それは違います!」
「ん?」
「私は感じたんです。師匠が手を重ねてくれたあの時に、勇気という力で私を後押ししてくれたのを。あの後押しが無ければきっと、このオーデンを手にする事はできなかったと思うんです」
そういったレイシィは剣の柄をぎゅっと抱きしめ、目を閉じる。
うーん、そうか。
そんなに嬉しかったのか。
そんなに喜んでくれるなら、もうちょっと強い剣を用意しても良かったかな。
なにせ剣を飾り始めた当初は弟子が出来るだなんて思っていなかったし、適当な人に手渡して暇つぶしするつもりだったのだ。
だが、まあ……。
「喜んでくれてよかったよ」
何はともあれ、プレゼントというのは本人が喜ぶというのが一番大事なのだ。
すると俺の言葉を聞いた彼女は目から零れ落ちる涙を手で拭い、満面の笑みで返事をした。
「はいっ、師匠!」