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悪魔に騙された話

息抜きに書きました。


 整頓された白いオフィスに無機質な机に椅子、何やら小難しい内容の書かれたホワイトボードには、先ほどまで延々と話していたにも拘わらず、纏まらなかった会議の話が書き記されていた。


 俺はそのホワイトボードの文字を消しながら、軽く掃除をする。


 この会社のオフィス内には30人程の席が用意されているが、俺を除いてもう残っている者はいない。

部屋の跡片付けや掃除は新人の仕事なのだが、どうせ誰かがやらなければならない事ならば、朝早く来て殊勝な態度で雑用をこなすあいつらの為にも、少しくらい手伝ってやったところで罰は当たらないだろう。


 今となってはこの会社に勤めて始めて9年も経ったベテランの俺だが、22歳で大学を卒業し、新入社員として研修を積んでいた時期は同じように掃除をやらされていた。


 この程度の跡片付けくらい、どうという事もない。


 そうして5分ほどの間一人で片付けに没頭していると、俺の掃除していた部屋の灯りがチカチカとなり出した。


「なんだ、この蛍光灯もそろそろ寿命か」


 そういえば、最近この周辺のビルで怪奇事件が連発しているらしいと同僚の噂で聞いた事があるが、この蛍光灯の現象も……、なんてまさかな……。

いや、こんな噂を気にするなんてやはり疲れているのだろう。


 まあ長い事使っていたんだ、そろそろ取り換えの時期なのかもしれない。


 しかし取り替えるのは明日でも良い。

もう夜も遅いせいか、夏だというのに妙に気温も下がってきている。

今日のところは早めに帰った方が良いだろう。


 情けない事に、運動不足の体で動いたせいか汗もびっしょりだし、風邪を引いたら同僚に迷惑が掛かる。


 そう思い掃除を切り上げようとすると、ふと背後に仄暗い、冷たい気配を感じた。


「……?」


 しかし、振り返っても誰も居ない。

気のせいだったのだろうか。


「いや、気のせいじゃないね」

「──っな!? だ、誰だ!!」

「まあ、そう驚かないでよ」


 声が聞こえた方角、背後の斜め上にある部屋の天井へと目を向けると、そこには天井に足をつけて真っ逆さまに立っているスーツ姿の男がいた。

いや、ハッキリとした性別は分からない。


 男のようにも見えるし、女のようにも見えなくもない。


 ただ、そいつが普通の奴じゃない事は分かる。

不法侵入者なのは勿論そうだが、それ以前に取っ掛かりのない天井に足をつけてぶら下がり、肌が青紫色をしていて角が生えているのだ。


 そしてそれは、コスプレ等の作り物というにはあまりにリアル過ぎた。

とても現実の世界に存在できるような者とは思えない。


 故に、この存在を一言で表現するとするなら、それはおそらく──


「あ、悪魔……」

「正解」


 悪魔と呼ばれたそいつはニヤリと笑みを作る。

どうやら当たっていたらしい。


 自分でも何を言っているんだという思いはあるが、それでもそいつの存在が悪魔と言う以外に、表現する手段がないのだ。

それくらい、奴の雰囲気は常軌を逸していた。


 理屈を抜きにして、物語の中の存在をあっさりと信じてしまうくらいに。


「……なぜ」

「なぜ、悪魔がこんな所に、かい?」

「そうだ、なぜ悪魔がこんな所にいる」


 聞いたところでどうなるとも思えないが、聞かずにはいられない。

奴の目的は一体なんなのだろうか。


「うーん。まあ、言ってしまえばゲームに負けたからだね」

「ゲーム?」

「そう、ゲーム。この世界の神と、数名の人間の魂を掛けてとある勝負をしていたんだ」

「……なんだそれは」


 ゲーム?

いや、ゲームとはなんだ?


 俺のところにその悪魔がやってきたということは、俺もそのゲームとやらに巻き込まれていたという事なのだろうか?


「そんなに緊張しなくていいよ、人間の本能としては正しいけどね。まあ安心しなよ、ゲームの内容は僕が勝てばランダムに10名の人間の魂を頂ける、神が勝てばランダムに10名の人間の願いを叶え、僕の力で幸せにする、というゲームさ。まあ、僕がゲームだと思っているだけで、この世界の神はそんな事思ってなかっただろうけどね。あいつはクソ真面目だから」


 という事は、俺の前に現れたこの悪魔は、俺の願いを叶えに来たという事だろうか。

なんだか宝くじに当たったみたいな気分になってきた。


 とはいえ、神が負けていれば魂を美味しく頂かれていた訳だから、危ない所ではあったが。


 しかしそう考えると、神に負けてのこのこと現れたこいつがちょっとだけ可愛く見えてきた。

少しだけ頭も冷静さを取り戻す。


「その願いっていうのは、なんでも叶うのか?」

「まあ、大抵の事はね。でも、あんまり無茶なお願いは無理だよ。なにせ僕は神に負ける程度の力しかないからね。だから神をも超える力とか、そういうのは出来ない」

「まあ、それはそうか」


 神に負ける奴が神を超える力を与えられるわけがない。

それは矛盾という奴だろう。


 だが、いざ願いが叶えられるという状況になると、何も思いつかない。

事前に考えていればよかったのだろうけど、急に言われてもといったところだ。


 無茶な願いは叶えられないと言っている辺りで、どの程度までが可能なのかもわからないし。


 まあせっかく拾った権利だ、適当に色々思い浮かべていこう。


「んー、何々? 若く優秀な肉体に、それも老いない体? あ、それとイケメンにして欲しい? その上、不自由なく暮らせる財産? はー、君も案外俗物だねぇ。まあ、可能だけど」


 色々と願いを思い浮かべていたら、こちらの思考を読み取ったのか、悪魔がつらつらと語りだした。

いや、その中のどれにしようかという意味で迷っていたんだけど、悪魔からしてみれば、どれも大した事のない願いだったらしい。


 特に問題もないといった雰囲気で、どこからともなく取り出したメモ帳に内容を書き連ねていく。


 そうだ、それならどうせだからもう一つくらいお願いを追加してしまおう。


 何、別に大層な願いではない。

ちょっと最近やっていたオンラインゲームで無双したいだけだ。


 毎月の給料をつぎ込んでガチャを回したが、ハズレアイテムしか出ない現状にイライラしていた。

少しだけストレスを発散しても文句は言われないだろう。


「っていうのも可能か?」

「ああ、このキャラクターで無双したいって事だね。勿論可能だよ。むしろこの願いに先ほどまでの全てが集約されている分、楽なものだ。……で、願いは以上かな?」

「うーむ……、まあ今思いつく限りではこんなものだ」


 俺は別に世界を征服したいとか、そういうヤバイ事を考える人間ではない。

故に、誰に迷惑をかけず暮らせるだけの財産と肉体があれば、特に問題はないのだ。


「分かったよ。それでは希望通りの願いを叶えるとしよう。少しだけ意識が遠くなるけど、まあ害は無いから安心して身を任せてくれ」


 そう言って悪魔が手を振りかざすと、俺の意識は遠のいていった。

ああ、明日から少しだけイケメンになった俺が出勤するのが楽しみだ。




 そして気づくと、俺は豪華絢爛な謁見の間にいた。


「……は?」




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