ココの影
三番目の弟が学校から帰って来た
昼食に柔らかいパンを分け合って食べる
薄茶色の教科書が床に散らばった
三女のココが次女と共に食器を片付ける
壁のほじって付けた金具がさびている
色褪せたポートレートは父が持って来たものだった
絨毯が泥で変色している
窓の向こうから弟達の声がする
次女とココが母の煙草で一服した
さあこれから何をしよう
太陽光線がアルミ屋根の臭いを強くする
砂まみれの洗濯ものだ
サッカーをする子供達は三十二人だった
次女がボーイフレンドと出かけて行く
拳銃がタンスの上から三番目のひきだしに入っている
外の物置きの下に隠した童話集を取り出そう
酔った父が持って来たものだ
童話はココに快い翼を与える
黄ばんで干からびたページが指腹を刺激する
読んだイメージが耳から抜けていく
この時だけ土の臭いが好きになる
くまの子が駆ける野の臭いと同じかもしれないから
ココの髪を風がなでた
飛ぶなら今しかない
体の緊張をときほぐし完全なイメージの世界へ
指の末端までココのすべてを酔わせた
ココに少しばかりの読み書きを教えたのは父だった
文字がココの威を大きくする
目が文字を追う
切断され天空へと吹き飛ばされるのが五感だ
障害なしに直接世界と一体化する
なんとつまらないのが現実というものか
すべて無いかのような顔が見た
澄み切った空が青いのかと
幽霊が土手に整列している
「家族の血統がなんだ」と子供の幽霊が言った
擦り切れたランニングシューズの音により扉が開いた
友とはなんと身の浮つく言葉であろうか
釘が大工のポケットからすべり落ちる
サッカーをやめ天を仰いだのは半裸の少年だ
陽が眩しい
郵便配達人がバイクで路地を通った
腹一杯にすることが少年達の夢だ
ココが薄茶色のスカートの裾をなびかせる
微かに聞こえるざわめきの方へ駆ける
素足で踏んだコンクリートが冷たい
ココを駆り立てるものは童話が与えた好奇心だ
砂ぼこりで空が澱んで見える
家々の屋根が子供達の歓声でたわむ
少女が窓辺でぼんやり空を眺めていた
行こう何も怖れるものはない
水浴びをしに来た鳥の群れが大きく旋回した
水面などどこにもない
おやじがバイクかごに投げ込んだ空き瓶は四十三本目だった
貨物列車に乗った若者はリュックを盗まれた
ココの全身に乾いた風が当たる
蝶々がフラフラとよってきた
焼き魚は大きく口を広げ縄で括られている
鼻に匂いが突き抜ける
海と空が同じ青さだとココが知った
ココの髪を風がなでる
ココの影が異なった動きし太陽に垂直になった
アリが指腹からすべり落ちた
ココの既視感が現在に有効だったのは苦みだけだ
苦みがココの威を強くした
空を仰ぐ
何もせずただただ漂っているのが空だ
ココの周りに子供達が群がる
何もくれてやるものなどないというのに
お面売りのように同じ面ばかりが見る
澄み切った空が悪いのだと
ギャングが土手に整列していた
「家族もろとも皆殺しだ」とギャングの内の一人の白い罪人が言った