やさしさとかげ
あの日のことは忘れたことはない。
すっと目を瞑り、深く息をする。心臓の鼓動がコトコトと聞こえるのをしっかりと感じればするすると服が脱げ落ちていくのがわかる。
目を開ければ、私は服の中にいることがわかる。ブラウスからこぼれ日のように入る優しい光は首元のリボンの影を落としていた。ブラウス、スカートとくぐり抜け出てぶるぶるっと体を震わせ、いつものように四つ脚で歩き部屋の姿見の前ですっと背を伸ばして腰をおとし、「にゃー」とないた。
身体は自分の黒髪のように深く吸い込まれるような黒。クリクリとした大きな瞳に綺麗に整った毛並みは見る人皆を魅了する。
これが、私。もう一つの私。
カリカリと窓を前脚の爪で引っ掻き音を立てながら数センチの隙間を開けて、身体を滑らせるように身体を押し込んだ。
毛並みが窓と窓の縁に押しつぶされながら這い出ては元の形に戻っていく。そんな感触はいつも気持ち良く感じる。
今日はいつもの散歩とは違う。散歩のコースからは外れ、人気のない潰れかけの神社に脚を運んでいき、本殿の床下に座った。
しばらくすると、一人の女の子がやって来た。自分の通う学校と同じ制服を着ていることは確かで日焼けした髪がほんの少し赤茶色がかっている。癖っ毛な髪はふわっと膨らんでいて肩くらいの長さ。
あの子が誰なのかはまだわからない。けど、あの子が何かは私は知っている。
女の子は壊れかけの本殿にごそごそ入っていき、何かをしようとしている。
私も追いかけるように、隠れながら本殿に入ると彼女の雰囲気は少し変わっていた。
ほんの少し小柄な体格になり、制服も少しぶかぶかになっている。そして髪の赤茶色が身体全身を覆っていた。